Episode6.1 魔力中毒
街の中央上空に大型鳥類の魔物が現れた時点でさっさと街から逃げ出すべきだったと、ソルティアは自身の判断を後悔した。そうすれば、今目の前で、街を囲うように結界が張られる前に抜け出せただろう。
ドームのように張り巡らされた半透明の結界を見上げて表情を曇らせる。
「無駄に純度が高い……」
サンクチュアリの結界は、魔法使いから直接伝授された正統な結界。しかも媒介に純度の高い魔晶石を使用しているようで今のソルティアでは好き勝手に出入りすることができない。魔力にものを言わせて結界を突破することはできるが、それでは魔法使いがいると言っているようなものだ。
「状況が最悪すぎます」
近くに誰もいないことをいいことに、ソルティアは独り言ちる。
結界が張られる前に感じた街を囲うように蠢く魔物の集団に、街を攻撃しようとした大型の魔物、そしてそれを一瞬で仕留めた手練れの魔狩り。これらがソルティアの周りに存在するなど、頭が痛いどころの話ではない。
街の中心部に意識を向けると、何やらサンクチュアリの人間たちが動き回っているのを感じる。先ほどの魔物の出現で怪我人でもでたのだろう。
「街の住人でもない私が単独行動してるって、もしかして怪しいんじゃ?」
森に近いここトロックは、近くに街がない。そのため、目的もなくただ偶然通りがかる人間は少ないはずだ。だから街の広さに反して、部外者は意外にも目立ってしまう。深いため息をひとつついたソルティアは、少し思案して足を広場の方へと向けて歩き出した。
広場では仮設テントがいくつも張られて、サンクチュアリの隊員たちが忙しなく動いていた。だが、彼らにできることはさほど多くないようだ。なぜなら、ここで足りないのは医術の心得を持つ人間だから。
「医者はもういないのか!?」
「この街にいる医者はすでにここにいるだけですっ」
「おーい! こっちに来てくれー!」
ソルティアは飛び交う会話と、広場に充満する魔力でおおよその状況を掴む。普通の街中では感じない魔力の濃さだ。確実に原因はさきほど倒された大型鳥類の魔物だろう。
サンクチュアリの隊員たちは魔力耐性がそこそこある人間が多いため動けているが、街の住人はほとんどが魔力と接する機会などないため魔力にあてられたはずだ。テントで横たわる人間たちはきっと住人たちだろうとソルティアは判断した。
「あれっ? お嬢さんも気分が悪いんですか!?」
「えっ、いや……!」
その様子をただ見ていると、すれ違った隊員がソルティアに話しかけてきた。咄嗟に否定しかけて思いとどまる。自分の状況を考えると、住人たちと同じように振る舞った方が得かもしれない。そう考えたソルティアは唐突に口元を抑えて頷いた。
「ええ。少し」
「やっぱり! こっちです」
その隊員は心配そうな表情を見せ、ソルティアをテントへ案内した。
中には、ベッドの代わりに薄い毛布を冷たい石畳の上にしき、その上にぐったりとした住人たちを横たわらせていた。苦しそうにうめく人や完全に意識を失っている人が何の治療も受けられていないままの姿に、ソルティアは訝しんだ。思わず隊員に聞く。
「医者はいないんですか?」
「え? あ、ああ、申し訳ない。人手が足りていないんです。すぐ医者を呼んできます!」
「結構です」
「えっ……あ、ちょっ!」
医者を呼びに行こうとした隊員を止め、ソルティアは平然とテントを出た。気分が悪いと言ったことなど嘘のように軽い足取りで隣のテントに入る。
「うぅっ! そんなっ……!」
入ってすぐに聞こえたのは女性の泣き声だった。女性の隣には医者が立ち、その目の前には誰かが横たわっている。若干、苛立ったような態度の医者が何やら女性に説明していた。
「ただでさえ生まれつき体が弱いだろう? だから……」
「最近は新しいお薬のおかげで元気だったんですよ!? なのに何でこんなことにっ」
聞き覚えのある声にソルティアは真っ直ぐに女性の方に歩いていく。冷たい地面に横たわる他の人間たちには一切、目もくれない。
「その新しい薬というのも疑わしいんだがな。流れ者の薬師の処方なんぞ信じるべきじゃない」
「そんなっ……!」
「――治療できなかったくせに何を適当なこと言ってんですか?」
医者の言葉に、ソルティアは思わず口を挟んでいた。
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