Episode5.1 襲撃

 

 白色と赤色のコントラストが美しい街並みのトロックに入ってすぐ、世界動植物保護協会サンクチュアリの人間たちは住人たちに歓迎されながら植樹祭が開催される広場まで案内された。すでに多くの住人たちが集まっており、便乗して開かれた露店で買った肉や菓子を片手に談笑をしている。式典の準備は万全で、すぐに植樹祭の開催式が始まった。


 そんな想像以上の活気に、特殊要員として派遣された特殊部隊のネルは物珍しそうに辺りを見回した。


「ひぇ~! 森に近いので、てっきり閑静な街かと思ってました~」

「魔物用の麻痺薬トイトイの原料であるトイシュンの花が栽培される重要な街ですから、中央支部うちのサポートは手厚いんですよ」

「相変わらずその“トイトイ”ってネーミング可愛いですぅ」

「……ははは」


 麻痺薬などの開発は全てサンクチュアリの研究班に所属する研究官が担当する。彼らのセンスにポジティブな反応を示すのは少数の人間だけだ。そのため、ネルの『可愛い発言』に話し相手になっていたトスは乾いた笑いを返した。


「……お前ら、俺のありがてぇ話聞いてただろうな?」


 サンクチュアリ代表として式典の挨拶を終えて席に戻ってきた第二部隊副隊長のプラトンは、眉をひくつかせながら二人を見る。もちろん聞いてなどいないトスは無言で爽やかな笑顔を見せたが、プラトン相手にそれは通用しない。


「今回の報告書はお前の担当な」

「……報告書作成で役割分担なんてしたことないじゃないですか」


 トスは口を尖らせながら小さく不平を漏らしてみたが、プラトンの耳には届かない。一方、そのやり取りを間近で見ていながらも、ネルは今にも風で飛んでいきそうな軽口を叩く。


「お疲れ様ですぅ! 素晴らしきスピーチでした~。ぱちぱちぱち~!」

「おいこら、お前もアリサーみたく周囲の警備に回すぞ」

「ひゃんっ! それは嫌ですぅ。首都生まれ首都育ちの私にはこの街を見て回る宿命があるんですから~」

「堂々と観光宣言してんじゃねぇよ…………」


 いつにも増して緊張感のないネルの態度に、プラトンは片手で顔を覆ってうな垂れた。そこでふと、プラトンは肌寒さを感じて空を見上げた。


「なんか雨でも降りそうな天気だな」

「確かに微妙ですね……じゃなくて、式に集中してください。皆さん見てますよ」


 つられて話に乗ってしまったトスが、周りの住人たちの視線に気づいて姿勢を正した。トロックの街にサンクチュアリの人間が来ることは珍しくないが、漆黒の制服を着る特殊要員である特殊部隊の隊員はさぞ珍しいのだろう。ネルだけ違う制服を着ていることに興味津々といった視線を幾人もの住人から感じる。


「わ~、かわいいですぅ」


 しかし、当の本人は姿勢を正すどころか小さな子供相手に呑気に手を振っていた。


「プラトン副隊長。周囲の警備にアリサー隊員とフェナンド隊員ではなく、せめてフェナンド隊員とネル隊員を交代させるべきだったかもしれませんね」

「俺は最初からその方がいいって言って――」


 言いかけ、プラトンは直属の部下であるショウに肩を叩かれた。小声で『副隊長』と呼ぶ声が僅かに強張っているのは気のせいではないだろう。不測の事態が起こったのだと直感した。


「どうした」

「緊急事態です。街を中心に約一キロメートルの位置に魔物の集団を確認しました。包囲されているようです」

「あ? 森からじゃなく包囲だと?」


 魔除けの役割をしていたメタの木を伐採したことで、森から魔物がやってくる可能性はゼロではない。その対策はしている。しかし、人為的な襲撃は完全に予想外だ。サンクチュアリが守護する街を襲うなんてまずありえないことだから。


 プラトンとショウのやり取りが聞こえていた周囲の隊員たちの纏う空気が、一瞬でがらりと変わる。


「メタの木がないことをいいことに、どこぞの馬鹿が喧嘩を売りに来たってか? ――トス!」

「はい」


 先ほどまで退屈そうに座っていたプラトンは事の重大さに、大きく椅子を蹴って立ち上がった。椅子が倒れる音とトスを呼ぶ声に、今までスピーチをしていた街の役人と観客たちが何事かと注目する。


「申し訳ないが、少々問題が発生した。植樹祭は一旦、中止だ」

「えっ? それはどういう」

「詳しい説明は私からしますので、ひとまず住人の皆さんは落ち着いて行動してください」


 隊員たちの様子に、スピーチをしていた役人が困惑した。周りの住人たちも互いの顔を見合わせている。“問題”という単語に皆、ピンときていない顔だ。しかしそれも仕方のないこと。未開拓の部分が多い不可侵の森が近いといっても、魔物の脅威を肌で感じたことのない世代が多いため戦闘職のサンクチュアリとは違って、一般市民が普段の生活で命の危機を感じることなどないに等しい。


 一方、プラトンの指示のもと第二部隊の隊員たちが住人たちの避難を始めるが、隊員たちの間には緊張が走っていた。


「ショウ、魔物の規模は」

「『千はゆうに超えるため至急、一級結界を』と、特殊部隊所属のアリサー隊員からの伝言です」

「せっ……!」


 想像をはるかに超えた魔物の数にプラトンは絶句した。明らかに異常な数だ。まるで戦争でも起こすかのような数である上に、一体どこからそんな数の魔物が現れたのか、そしてどんな目的でトロックの街を包囲しているのか。疑問と焦りが増すばかりだ。


「特殊部隊員3人がいたところでその数じゃどうにもなんねぇ! トス、支部に応援を要請しろ。ショウは二班を引き連れて第一級魔晶石を街の四か所に設置するんだ。急げ!」

「「はい」」


 トスよりもプラトンとの付き合いが長い長身のショウは指示を受け、すぐさま広場を飛び出した。彼をリーダーとする班員五名がそれに続いて、結界の維持するための純度の高い魔力を有する第一級魔晶石を片手に、ショウの後を追う。

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