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「じゃあ、私、そろそろ帰りますね。久しぶりにいろんな話を聞いてもらえてありがとうございました。幹さん」
そう幹にお礼を言ってから、鳩は自分の家に帰る準備を始めた。
「別になんの役にも立ってないよ」
幹は言う。
「そんなことありません。幹さんに話を聞いてもらえて、すごく気持ちがすっきりしました」
鳩は本当にすっきりとした顔をして幹に言った。
それから二人は雨降りの家の外に出た。
鳩が帰る時間になっても、窓の外ではまだ、雨が降り続いていた。
幹は自分の傘を鳩に貸そうとしたのだけど、幹の家の玄関のドアを開けると、いつの間にか門のところに立っていた白い傘をさしながら雨降りの空を見ていた燕が玄関から出てきた二人に気がついて、二人を見て「やあ」と言って、幹と鳩に声をかけた。
燕は自分の傘のほかにもう一本の赤い傘をその手に持っていた。
その赤い傘はもちろん妹の鳩のための傘だった。
燕は随分と長い間、その場所に立って雨降りの空を見ていたのか、黒色の学生服はところどころが濡れていた。
髪の毛も少し水気を帯びていて、体が冷えてしまったのか、少し寒そうにしているように見えた。
鳩はそんな燕のところに駆け寄って、すぐに自分の赤色の傘を受け取った。
それから燕のことを見て、「ごめんなさい。お兄ちゃん」と鳩は燕に頭を下げて謝った。
「もういいよ」とにっこりと笑って燕は言った。
そんな二人の光景を少し遠くから見ていた幹はなんだか今、高校三年生と高校一年生の二人の姿が、ずっと小さいころの自分たちがまだなにも知らない(今もそんなにいろんなことを僕たちは知っているわけじゃないけれど)小学生のころに戻ったような、そんな不思議な光景を見ている感じがした。(小学生に戻った二人のことを見ている幹も、やっぱりいつの間にか小学生のころの幹に戻っていた)
「妹が迷惑をかけてごめん」と燕は幹に言った。
「別に迷惑なんてかけてないよ」とにっこりと笑って幹は言った。それはお世辞ではなくて、実際に幹はなんの迷惑もかけられていないと思っていた。
それから燕と鳩はそれぞれ白い傘と赤い傘をさして仲良く二人で一緒に雨の中を歩きながら、近所にある自分たちの生まれ育った家に帰って行った。
そんな二人の後ろ姿を幹は少しの間、自分の青色の傘をさしながら家の前から見送った。(燕は振り返らなかったけど、鳩は少し歩いてから、後ろを振り返って、幹にばいばいと傘の下で笑顔で手をふってくれた)
傘をさしている二人の後ろ姿を見て、幹はなんだか少しだけ複雑な気持ちになった。
この数日間、彗星は孤独であるのか、そうじゃないのか、ずっと考えていた幹はやっぱり彗星は孤独である、と言う考えで結論を出そうと思っていた。(やっぱり彗星は孤独だよ、と、そう燕に話そうと思っていた)
……でも、今、幹の視界の中にいる二人は孤独ではなかった。
孤独なのはむしろ、どちらかというとひとりぼっちの幹のほうだった。
幹はすぐに家の中に戻らずに、きっとさっきまでずっと燕がそうしていたように、家の門の前に立って、そこからしばらくの間、雨降りの空を眺めていた。
家の中に戻った幹は燕の話していた『彗星は孤独であるか』の質問の答えを保留することにした。その答えはきっと、もっと長い間、僕たちが大人になって、それからもっともっと長い時間が立ってからじゃないと出せないくらい難しい質問の答えなのではないかと幹は思った。
降り出した雨は夜になる前にあがった。
だから、その日の夜には、夜空には(あるいは宇宙には)とても綺麗な美しい星空が広がっていた。
彗星の軌道(改編) 雨世界 @amesekai
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