第3話:進化
伊賀は思い出していた。いつぶりだろうか。自分が赤子だった時以来かもしれない。人にものを食べさせてもらっているのは。
「はい!あーん♡」
玲はにっこにこの笑顔で伊賀にスープを食べさせている。
「娘のような年頃の人に食べさせてもらうなんて…」
伊賀は少し大人のプライドというものを砕かれてしまったようだ。
「さながら介護じゃん」
「そういえばなんだが、」
伊賀があのストーカーを思い出し言った。
「あいつ何だったんだ?今流行りのストーカーってやつか?」
「わかんない…」
「私のことがめっちゃ好きだったみたいな?」
…沈黙が訪れる。
「どんな理由でもシャレにならんな…」
伊賀が呟いた。
「ま、あれは解決したんだしいいっしょ。この家の場所までは知られてなさそうだし。」
「じゃ、伊賀さんも食べ終わったことだし、ごちそうさま!風呂入ってきます!」
玲はキメ顔で言った。
「覗かないでよね!」
玲は胸元に手を当てわざとらしいしぐさで伊賀を睨みつけた。
「言われなくてものぞかねーし、てか覗けねーし。」
伊賀は呆れ顔でこう言うのだった。
浴槽に入りながら、玲はあのストーカー男について考えていた。
別に玲はモテないわけではない。ただ、ストーカーされるほど熱狂的になる人がいるかと言われると微妙である。なんなら、最近はいたって告白なども一切されてないのである。まあ新学年ってのもあるかもしれないけど?玲は、あの男は恋愛関係で私を襲ったのではないと結論づけた。
じゃあ何故。玲には心当たりがあった。が、さすがにこれなわけないと同時に思うものであった。
玲がずっと前から大事にしてるアレ、それを奪いに来たのではないか。
…怖くなった。確認したい。
玲は早めに風呂を切り上げることにした。
着替えようとパジャマを手に取る。その時、シャーっと、キッチンの方からかすかに流水音が聞こえてくる。
「あれ?水だしっぱだったっけ?」
そうつぶやいた瞬間、玲の脳内にあのストーカー男の瞳が流れ込んできた。
まさかね…
いや、でも…
急いで着替えキッチンへ駆ける。
「伊賀さん!」
「おお、なんか動けるようになったから洗い物しといてるぞ。」
伊賀は暢気にいう。
そこには、首から黒い靄を出し、さながら棒人間のような状態になっている伊賀がいた。
「きゃああああ!キモー!!!!」
「何だ、せっかく何かできないかと思って皿洗いしてたのに。」
伊賀は不満そうな顔である。
「鏡見てください!映るかわからんけど!」
二人で手鏡をのぞき込む。
「ぎゃああああ!!キモー!!」
伊賀が悲鳴を上げる。彼にとっては結構ショッキングな姿だっただろう。
「きっしょ!なにこれきっしょ!俺だけど!」
「だから言ったじゃーん!」
そう言いあっていると、玲の下げた髪から雫が滴り落ちた。
「あっ、床ぬれちゃった。」
「乾かしてなかったのか。風邪ひくし、髪に悪いぞ。乾かしてきた方がいい。」
「乾かしたら早く寝よう。今日、いろんなことがあったから、脳を休ませなくては。」
少し時間がたってしまったからか、玲の髪は意外と早く乾く。
玲はとりあえず、頭だけの状態に戻った伊賀を毛布の上に置いた。
そして自分は布団に入ったのだが…
「伊賀さん…」
「どうした…今毛布の丁度いい掛け具合について実験しているんだ。」
伊賀はずっと毛布を鼻までかけてそれを取ってを繰り返している。
玲は夕の一連の出来事で体がすっかり起きてしまったらしい。
「目が冴えまくって全然寝れないです~!」
伊賀はため息をつき言った。
「まあそうなるよな。・・・」
「生物の教科書ってあるか?」
「あります!」
玲は枕の下から教科書を取り出した。
「なんつーところに置いてんだ…」
「教科書で何するんです?」
玲は不思議そうに言った。
伊賀はにやりと笑った。
「前に授業をやったとき、生徒のほとんどが寝落ちしてな、俺は
「果たして俺の授業に耐えられるかな?」
こうして、伊賀の睡眠導入授業()が始まった。
「それでは今回は、教科書、細胞の構造についてやっていきたいと思います。」
「細胞膜においてはリン脂質の膜に……核においてはDNAはどのように格納されてるかというと……ゴルジ体は細胞の中の…………」
伊賀は高校内容が久しぶりすぎて懐かしく授業が止まらなかったが、気づけば玲は静かに寝息を立てていた。
「ふう、こんなもんか。」
伊賀は、幸せそうな玲の寝顔を見ながら、静かに今日の出来事を思い出していた。
ゴミに埋まっていたところを、玲に救われた。もし見つけられなかったら、どうなっていたことだろう。伊賀は、この体が元に戻るまでは、迷惑をかけるかもしれないが、あの少女に恩を返すため、全力で働こう。そう決心した。
まあ、寝る前まではそう思っていたのだ。そして、起きて玲が言った一言によって、伊賀の朝は最悪な目覚めとなった。
「伊賀さん!今日はお祓いに行きます!」
「は?」
寝起きの頭にはとても重すぎる一言であった。
天才生首拾いました。 坂手英斗 @sakate-eitosan
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