第2話:襲撃?

「大丈夫。わたし、親いないし。」

伊賀はその言葉がずっと引っかかっていた。

「親いないって…どうしたんだ?」

返答なんて明るいものでは決してない。しかし伊賀は聞かずにはいられなかった。

「小さいころ、火事で私だけ生き残ったんです。」

「ま、叔母さんが資金面は援助してくれてるんですけど、私を家に入れたくないらしくて、今一人暮らししてるんです。」

「家帰っても独りぼっちなんで、伊賀さん連れていきます!」

玲は屈託のない笑顔を浮かべた。

夕暮れを超え、あたりは薄暗い。そんな中、伊賀はさっきからずっと後ろに人の気配を感じていた。

「玲ちゃん、少しだけ黙って俺の話を聞いてくれないか。」

伊賀がそう言うと、玲は静かにうなずいた。

「確信したことがあるんだが、どうやら俺は普通の人には見えてないらしい。そして声も聞こえないようだ。」

「だから俺だけ話す。話すならめっちゃちっちゃい声でで返事してくれ。」

(わかりました。何があったんですか?)

戸惑いながらも玲は小さな声で言う。

「多分、ストーキングされてる。」

「ええ⁉」

「うるせえ、静かにしろって言った意味わかっただろ!」

伊賀がそう言うと、玲は「いけない!」と言うかのように口元を抑えた。

玲が何かを思い出したように立ち止まる。

(待ってください。)

玲が呟く。

「何だ…今結構やばい場面だぞ?」

伊賀がそう言うと、玲が返す。

(めちゃくちゃ、超重要です。)

真剣な顔の玲に、伊賀は話を聞いてみようと思った。

(伊賀さんって周りから見えてなくて声も聞こえてないんですよね…?)

「そうだが…」

(じゃあ…)

(傍から見たら、私、ずっと独り言言ってるやばい奴じゃないですか!)

「…」

「は?」

「だから今結構やばい状況なんだって!自分の置かれた状況把握してくれ!」

伊賀がまくしたてると、玲は再び口元を抑える。

(でも、いったいどうするんですか?)

「とりあえず撒くぞ。路地に入ろう。」

伊賀がとったこの対策、本来は悪手となることが多い。ストーカーに会ったらなるべく人目につくところにいた方がよい。

「右、右、左、からの左、斜め右、左!」

伊賀の指示に合わせて玲は路地を駆け抜ける。

「これでもとの道路に戻った。」

伊賀と玲は安堵した。

「ストーカーは路地で迷子かな~。あとは家に帰るだけだね…」

そう言って玲は後ろを振り向いた。

見知らぬ男が目の前に立っていた。

春なのにネックウォーマーで口元を覆い、その血走った目からは狂気しか感じられなかった。

次の瞬間、玲は男に腕をつかまれた。

「嫌ああああああ!!」

玲は悲鳴を上げた。その拍子に伊賀を落としてしまう。

「痛ああああああ!!」

伊賀は転がっていく。一方で、玲は男を振りほどこうともがくも、びくともしないのだった。

「嫌だ、やめて!」

抵抗むなしく、玲は引きずられていく。玲が行先を見ると、そこには真っ黒なワンボックスカー。

誘拐、拉致、そのような類のものと悟った。

「助けて!」

その時だった。

「奥義、投石ポルターガイスト!」

その石は男の足首のところに命中する。

「うっ!」

男は倒れこむ。

「きゃあ!」

男はつかんだ手を全く離さず、玲も一緒に倒れてしまった。

しかし、移動手段を奪われたならこっちのものである。なおも匍匐前進のように車に向かおうとする男の胴に、玲は渾身の蹴りを入れた。

くぐもった悲鳴とともに、男もあきらめたのか、ついに玲の腕から手を離した。

そのすきに、玲は伊賀を回収し、家に逃げ帰るのだった。

その一部始終を横から別の人間が見ていたことを、玲と伊賀は知らない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「で、さっきの何だったの⁉」

先ほどの拉致未遂を覚えているのかいないのか、のんきに目を輝かせて玲が言った。

「まじでよくあんな目にあったのにそんな感じでいられるな…」

伊賀は普段食事をするダイニングテーブルに乗せてある。

伊賀はもはや呆れている様子である。

「なんか気合でそこら辺の石あいつの足にあたれ~!って念じたらできちゃったんだよ。」

伊賀は照れ臭そうに言う。しかし、すぐに思慮深い顔に戻ってしまった。

「ポルターガイストみたい~!」

「んじゃ、私は夕食の支度をします!」

台所に移動しながら玲がそう言うと、伊賀は悲しそうな顔をする。

「ポルターガイスト、か…」

「やっぱり俺、幽霊になっちまったのかな。」

伊賀が呟く。玲はそれを聞き逃さなかった。

「幽霊だっていいじゃないですか。まだ喋れる、見れる、それって私はすごいうらやましいことだと思います。」

「私は見えるし、なにより、伊賀さんは私を救ってくれた。伊賀さんが幽霊でも、伊賀さんは伊賀さん以外の何物でもないですよ。」

珍しくまじめな顔で言う玲、それを聞いて、伊賀は感動で涙目になっていた。

「な、なんで泣いてるんですか~!」

「いや、歳だからかな、涙腺が雑魚になってるだけだ…」

「ところでな、」

伊賀は涙を拭きながら言った。

「俺をこの家においてくれるとのことだが…」

「はい。」

「つまり居候ってことだよな?」

「まあ。」

「つまりだな…あのな…」

伊賀は照れ臭そうに言う。

「家主が居候に対して敬語って、おかしいんじゃないかって、思うんだ。」

玲は一瞬きょとんとした顔になるが、すぐ笑みを浮かべた。

「んじゃ、フツーに話していい感じ?」

玲はニヤッと笑った。

「ああ、そういうことだ。」

伊賀は少し目を逸らして言った。

「オッケー!よろしく伊賀っち!」

「ちょ、伊賀っちはきもいからやめてくれ!」

そんなことを言いつつも、伊賀は少し笑っていた。

「あっ」

玲が何か思い出したように言った。

「どうした?」

伊賀が問いかける。

「伊賀さんって…」

玲は無駄に溜めて言う。

「食事とかどーするの?」

”たしかに”

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