第二話 王都・パンドラ


 この中央図書館から王城までは普通に行けば馬車で三日、徒歩で一週間はかかる。しかし、魔法しかなかった昔と科学技術の発展した現代では勝手が違う。


「……ここからで合ってるよね」


 四人の目の前には荘厳で優美な装飾の施された門がそびえたっている。『転移の門』——その名前の通り、遠く離れた人間の街同士を一瞬で行き来できる、技術の結晶。転移する人数を門の前の端末に入力し、行き先を書いて門をくぐれば、もうそこは自分の行きたい場所だ。

 ただし、悪用されないように門の前には重々しく武装した兵士が常に警備をしている上、この端末に触れるまでに数々の書類等を記入しなければならない。事前の手続きだけで四人は既に疲れていた。


「もう嫌……書類なんて書きたくない……自分の名前、もう見たくない……」

「ごめんなさい……字が汚くてごめんなさい……ちゃんと、ちゃんと書くから……」

「あーもう!ケイ、アイビー行くよ?ちゃんと通れるんだから行こうよ、ほら!」


 どんよりと雲を背負っているケイとアイビーをずりずりと引きずりながらきせきは門をくぐった。メラーニャも手元の資料をしげしげと眺めながらそれに続く。ふわ、とした感覚がして次の瞬間には辺りがまばゆく光る。そうして目を開ければ、そこは既に王都・パンドラだ。

 お疲れさまでした、と優しげな案内の声を聞き流してきせきは辺りを見回した。整然とした街並み、右を見れば奥に市場が見える。がやがやとした人の声が聞こえてきて、少し高揚した。


「ねえ、先に市場を見て回りたいんだけど、どう?」

「別にいいよー、ケイとアイビーは?」

「……行く。コーヒーが飲みたい。あとパンケーキも」

「俺も行く……ゆっくりできるところなら何でもいい……」


 よーし、ときせきが上機嫌に歩き出す。とりあえず目指すのはおしゃれなカフェがいい。今の時間はランチタイムも終わる微妙な時間だ。人もそこまでいないでしょ、と見当をつけて目に入ったアンティークな雰囲気の喫茶店に向かっていった。



「今のお店、いい所だったねえ」

 カランカランというベルの音とありがとうございました、という店主の声を聴きながら、一行は喫茶店を後にした。アイビーはコーヒーとサンドイッチを頼んだ。柔らかく麦の香りがほんのりとするパンと、とろりとしつつも歯ごたえのある卵の相性が最高だった。コーヒーももちろん、格別にアイビーがいつも飲んでいるものより数倍は香りも味も良かった。また行きたいな、と思いつつ当初の目的地に向かう。


「それにしても……はあ、大きいねえ」

「圧巻だよね。私、あそこの塔のてっぺんから街を見下ろしてみたいんだけど……無理か」


 パンドラの街は、町の外部から中心に建つ王城に向かって盛り上がった地形だ。町の外側からでも見える、王城を取り囲む真っ白な壁。その先にはいくつもの塔が建ち、荘厳な城が鎮座している。城の壁もまた、白い大理石で出来ていて、青い屋根が映えて美しい。それをこうして、目の前で眺めている。もし真下から見れば上を見上げても頂上が見えないのではと錯覚する高さに、アイビーは感嘆した。


「これからあそこの中に入って、王様と謁見かあ……あ、アイビー。招待状は?」

「ここだよ。というかまだまだ先みたいだね。遠いなあ……」

「ここは王都だからね。さっすが、全部が規格外だ」


 気の遠くなるほど長い美しく舗装された道を歩く。丁寧に刈られた植木も、さらさらと音を立てる噴水や道の端を流れる川も、アイビーは初めて見た。やはり王都、恐ろしい。と思いながら歩き続けると、横の道から見るからに高級そうなリムジンが近づいてきた。真っ白に輝く車体に、王家の紋章がきらめいている。


「うわ……なんか来た……うわ……」

「ケイ、二回も言わなくていいから……」


 きせきがそっとたしなめたが、その顔はやはり呆れたように歪んでいる。


「いやでもこれは流石にさ、いかにもって感じすぎない?」

「お嬢……うん……」


 正直なところ、アイビーもそうだと思った。そうこうしているうちにリムジンは一行の真横で停車した。ガチャ、とドアが開き、中から上品で理知的な初老の執事らしき人が出てくる。


「ようこそいらっしゃいました。アイビー・ブレア様、桃月きせき様、ケイ=スピネル様、メラーニャ=ラスプーチナ様でお間違えないでしょうか?」


 にっこりと笑うその姿に一瞬拍子抜けするが、よく見ればその眼には鋭い光が宿っている。こちらを見定めているかのような目だ。アイビー達は警戒しつつ答える。


「……ええ。それは俺……いや、僕たちのことで合ってます」

「そうでしたか。では、こちらに。城までお送り致します」


 リムジンの中は、外見に見合ってとても広かった。恐る恐る腰掛けてみればぽふ、とクッションの絶妙な弾力が伝わってくる。アイビーの家にあるお気に入りの椅子だってこれほど座り心地が良くない。きせきとケイがうわぁふかふか、冷蔵庫がある!などと言っているのが聞こえる。メラーニャはどこのメーカーのものかしら、と言っているあたり生活レベルの違いを感じる。


――というか、冷蔵庫あるんだ。


「先ほどは、突然の呼び止め大変失礼いたしました。では自己紹介をいたします。わたくしはプリマイア国王、ルークス様の執事を勤めさせていただいております、ジェイルと申します。王城までの貴方様方のご案内を担当させていただきます。どうぞ、お見知りおきを」


 初老の男性——ジェイルは優雅に一礼した。とりあえずこちらもよろしくお願いします、と言うと、ジェイルは笑顔のままはい、と答えた。


「自己紹介も済んだところですので、この城についてのお話をしようと思いますが……いかがいたしましょうか?」

「あ、お願いします。俺たち……あ、僕たち、正直なところここについて全くと言っていいほどわかっていなくて」

「おや、そうなのですか。それでしたら、私も気合が入るものです。存分にここ、パンドラのことを知って行ってください」


 ジェイルがパチンと指を鳴らすと、リムジンの中の大きなテレビスクリーンが点灯した。


「ます、このパンドラ城の敷地を説明いたします。東西500m、南北に300m、そして庭園や様々な塔や別棟を含めますと、敷地面積はおよそ8万㎡にも上ります。この大きさは他のどの城にも追随を許しません」


 まあ、大きいことがいいこととは限りませんが何せ国のトップのお城ですからねえ、とジェイルは少し笑いながら続ける。


「パンドラの街は、敷地面積に入っておりません。あそこは国有の土地ではありますが、自由都市として開放しています。一定の資格を得ることができれば、誰でもパンドラに住むことができますし、許可を得れば商売をすることもできます」


 城下町、しかも王都の街なのだから貴族や上流階級の人ばかりが歩いているのではと思っていたが、実際に来てみるとそんなことは無く、多くの人でにぎわい様々な人が入り乱れていたのはそういうことか、とアイビーは思った。


「今代の国王、ルークス様は非常に科学技術に関心を持っておりますゆえ、ここより東にあります先端技術発展都市・ハートギアシティに多大なご支援をされています。ハートギアには国立科学研究所がありまして、そこは国の発展及び科学技術の発展に大きな貢献をしている場所でございます。お帰りになるときに、ぜひお立ち寄りください」


 モニターに映し出された光景を見てアイビー達は絶句した。

 それは、どう考えてもアイビー達の生活圏とはかけ離れた光景だった。林立するガラス張りのビル、よく分からない形をした乗り物、空中に浮かぶディスプレイの中でキラキラした服をまとった人が手を振っていたり、謎の板に乗って人が空を飛んでいたりしている。


「え……何これ、世界観違くない……?」

「いやいやいや、おかしいでしょ。私たちが前に見たときはもっとこう……のどかだったよね?ええ……」

「いつの間にこんなに、というか大丈夫なのかなこれ」

「ジェイルさん、これ、何なんですか……?」


 アイビー達が慌てふためいている姿にははは、とジェイルが笑って返す。


「ここまでの発展を遂げたのはここ最近の話です。そして、それはとある方々のおかげなのですよ」

「とある方々……?」


「国立科学研究所は、一般研究所と高等研究所に分かれています。一般研究所は、環境や日々の暮らしに役立つ科学道具の開発等を行うのに対し、高等研究所では未来予測の研究や新エネルギーの開発、研究などを行っております。他にも高等研究所での研究は多岐に渡っていますが、それらは我々一般市民に公表されることはありません。国の核をなす重要な研究を取り扱っているらしいので、万が一にも外部へ流出させることがあってはいけないのだとか。高等研究所はそれゆえ、プシュケー——『魂』を意味するこの称号を、先々代の王から賜ったそうです。……話が逸れましたね。その『とある方々』というのは、プシュケーの研究員の、第十一期生の方たちです」

「十一期生?」

「プシュケーは常に優秀な人材を必要としています。ですので、専門の学校があるのですよ。そこの成績優秀者に声をかけて、更なる発展を常に遂げているそうです。そして、十一期生の方々は歴代の中でも飛びぬけた才を発揮し、わずか三年で従来であれば最低でも十年はかかると言われていた技術のうち六割を実現。そしてハートギアは今までの何十倍ものスピードで発展することとなったのです……おっと、そろそろ城門です。招待状をしっかりお持ちになってください」


 いつの間にか白亜の壁が目前に迫っていた。ずん、とそびえるプリマイア最上の城の姿に気圧されつつも、アイビーはどこか高揚を覚えていた。きせきが隣でごくりと唾を飲み込んだ。正直、ここから先で何が起こるかわからない。先ほどまで友好的に話していたジェイルとて、お互い完全に気を許しているわけではない。——が。それでも、アイビーは高揚していた。

 何が起こるのだろうかという不安よりも、これから見る景色、自分の知らない様々なことがこの世界にあるということへの期待が、そこにあった。



————————————


彩林です。

ここまで読んでくださりありがとうございます!いよいよ王都にやってきました、表現が少し難しかったですね……もう少し喫茶店の描写を盛りたかったのですが、私は文章で飯テロができるほど文がうまくないので断念。


応援、感想等、頂けたらとってもありがたいです!いつでもお待ちしております!

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Code of Cyclops 彩林 @keykai00

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