第三話 Daily Days with王女

ミカルガ王国第一王女・シャロンが後輩になってから数日ほど後。

俺は友人の兵士、レウスと話していた。

「ロイ、王女様と喋ってみてどうだった?」

「生意気な女だよ」

「お前それ絶対公共の場で言うんじゃないぞ、死ぬからな、本当に」

流石の俺も公衆の面前でそんな事を言うほど馬鹿じゃない。この国では王族の権威は絶大だしな。シャロン弄りも程々にしなきゃね。

「そういやお前今日は休暇取ってたけど何するんだ?ナンパならお供するぜ」

「そんなんじゃない、ただちょっとシャロンと王都観光するだけだ」

「・・もうデキたのか!?おい、待て、そんなヤり手だったのかよお前!コツ教えてくれ、頼むから!」

「後輩くじで女を引くことかな。というか今回出かけるのは単に任務の一環だからな。俺達も去年やっただろ?先輩と王都を周るやつ」

そう、先輩の兵士は交流を深める為に後輩と王都を周るのが恒例となっているのだ。

「あーあったなそんなの。お前が女の後輩引いた時点で気が気でなかったからつい早とちりしちまったぜ」

ちなみにこいつには後輩は付かなかった。後で副隊長に理由を訊いたところ、「未来ある新兵を毒牙にかける訳にはいかない」という返事が返ってきた。流石に可哀想だった。

「プランも一応思いついたがウケるかどうか分からなくてな。もしお前が後輩だったらどういう所に行きたい?」

「大人のお店一択だろ」

可哀想でも何でもない、至極当然だった。

「もうお前には頼らん、自分で考える」

「さいで」

会話を終えた俺達はその場で別れた。

去り際、レウスが他の兵士達と話すのが聞こえてきた。

「そんでロイの奴な、もう王女様を手にかけたんだぜ!今からデートだとよ」

本当にいらない事しか言わない奴だ。


後ろから聞こえる羨望と嫉妬が入り混じった声々を無視し、俺は待ち合わせ場所の公園の噴水前に向かった。

シャロンはとっくに着いていたようであり、いかにも「待たされている」というオーラを全身から放っていた。

「ごめん、待ったか?」

「私も30分前から来ていたところです。いくら待ち合わせ時間には間に合ったとはいえ、高貴な人間を待たせるとはどういう了見なのでしょうか」

「それは早く来すぎたお前が悪いだろ…」

相変わらず口の減らない女だ。ルックスは抜群なので、これで性格が良ければ完璧と言っていいのだが・・

「まあいいです。それでは行きましょうか。男女のお出かけなのですから、当然プランは組み立てなさったのでしょうね?」

「ああ、とりあえず飯屋は予約してる」

「なら結構です。では、案内してください」

シャロンがやたらと急かしてくる。普段城に篭りきりだったので、今日の観光がよほど楽しみだったのだろう。

「内心ウキウキだからって急かしすぎだぞ」

「べ、別に喜んでなど・・!」

「なら仕方ない、中止にするか」

「嘘ですすみません!行かせてください、お願いします!」

謝るくらいなら最初から素直になればいいのにといつも思っているが、この調子だと直る気がしないので言わなかった。


そんなこんなで俺とシャロンは王都へと繰り出した。

俺はいつも着ているシャツに上着、ズボンという極めて平凡な服装だった。

そしてそれ故に、煌びやかな服に身を包んだシャロンが目立っていた。

滑らかな銀の長髪に澄んだ翡翠色の瞳で外見は美人、この時点で注目の的である。

加えて今日は外出ということで、専属のデザイナーに見繕ってもらったであろう、水色の高級そうなトレンチコートを着ていた。

細部の至る所に宝石らしき物が付いており、一兵卒の俺にはとても買えそうにない。

「さっきから何をジロジロと見ているのですか」

「いや、俺にはとても買えなそうな服だなって」

「当然ですよ、王族たる者衣服も超高級でなければなりませんから。先輩がどんなに安っぽい服を着てても馬鹿にしないので安心してください」

「てことはあの黒い下着も高級品なんだな」

「あああああ!!お願いですから人がいるところでその話をしないでください...!」

何故王女にこんなにも綺麗な土下座ができるのだろう。深くは訊かないことにした。


余りの全力謝罪にこっちが申し訳なくなってきたので、予約した店で昼を奢ってやった。

「あ、ありがとうございます」

王女だけあってマナーは完璧だった。

対して、ここにいる客のほぼ全てはマナー講座などロクに受けてこなかった平民なので、文字通り無法の食い方をしていた。

俺は昔お世話になった人に基礎の基礎だけは教わっていたので、比較的マナーは良い方だった。が、

「音を立ててはいけません」

「フォークはもう少し角度を低くして」

「ナイフの置き方くらい出来て当たり前ですよ?」

王女様のお眼鏡には適わなかったようだ。


「実はこっからノープランなんだよな。どっか行きたい所ある?」

「正気ですか!?というかさっきプランあるって言ってましたよね!?」

「昼飯予約しただけだ。それにあんま俺が好きなとこばっか行っても意味ないだろ?お前はそんな興味ないだろうし」

「...一応訊きますが、どのような所なのですか?」

「夜のお店」

「サイッテー!!...分かりました、なら私が行きたいところに行きましょう」

シャロンはそう意気込んでずかずかと歩き出した。...が、すぐに引き返してきた。

「...すみません、場所を教えるので連れて行ってくれませんか?道、分からなくて...」

こういうときのシャロンは、可愛い。


シャロンが行きたかったのは洋服屋だった。

「あんなに高い服の自慢してきたのになんでこんな庶民向けの服屋に来るんだ?」

「あれは忘れてください!いえ、単純に自分で服を買ってみたかっただけです。家だと専属のコーディネーターが選んでくれたものしか着ていなかったので...」

王女には王女なりの悩みがあるらしい。

「なるほどね。...んで、もうそろ30分くらい経つけど決まったか?」

「もう、急かさないでもう少し待ってください。可愛い服が多くて悩んじゃいますね...」

シャロンは店に入るなり試着室に片っ端から服を持ち込んで色々と試しているようだ。正直暇すぎるので早くしてもらいたい。

「...あとどれくらいかかる?」

「まだかかりますが夕方には終わるので安心してください」

「まだ午後2時なんだが...そんなに悩むなら俺が選んでやろうか?一着ぐらい買ってやるよ」

「大丈夫です、自分で選びますから」

「ああああもう、自分で選べてねーから言ってんだろうが!!おら見せろ、お前が持ち込んだ服見せろ!開けていいか!」

「ダメです、今何も着てないです!」

「お前上着しか持ってってなかっただろうが、なんで下も脱いでんだこのド淫乱!」

「言葉の綾ですよ、お願いですからこれ以上辱めるのはやめてください!分かりました、5分いただければすぐ選びます!」


5分後、シャロンは約束通り服を選び終えて出てきた。

水色のチェックのトレンチコートは、彼女の銀髪と合わせてよく映えていた。

「なんつーか...めちゃくちゃ似合ってるな」

「ふぇっ?あ、ありがとうございます...真正面からそう言われると少し照れますね...」

「マジでセンス良いと思う、誇っていい」

「そ、そこまでですか...えへ...」

白い肌が赤面し、一つの芸術になっている。

まあこんなキモいこと言えるわけないけど。

「よーしそれじゃあ次のとこ行くか」

「ノープランだったのではないのですか?」

「お前を待ってる間に思いついた。お気に入りの場所があるんだよ」

「そこまで言うなら着いていきましょう。...わっ、いつの間にかほぼ夜ですね...」

「冬は流石に日の入りが早いな。でも丁度いい、すぐ向かうぞ」


俺達が王都郊外の山の頂に着いた頃には、空はすっかり暗くなっていた。

「まさかあそこから山登りするとは思いませんでしたよ...折角の新しい服が汗でびしょびしょです」

「悪い悪い、でもここにはどうしても来たかったんだ」

「そうですか...それで、先輩がそこまで言う何かとは一体何なのですか?」

「とりあえず寝転がってみてくれ」

「?こうですか?...それで?」

「しばらくこうしてようぜ」

「は?」

「そう怒るなって。こうして寝転がるとさ、なんか気持ちが落ち着かないか。」

「...確かに。この感情は何なのでしょう...」

「多分さ、自然が癒してくれてるだと思うんだよな。普段の都での生活も楽しいけどどうしても気疲れするからさ、たまにこうして山の温かさを感じたくなるんだ」

「なんですかそれ...でもなんとなく分かります、優しく包まれてるような気分ですね」

「だろ?ましてシャロンは王城暮らしで気苦労も凄いだろうし、尚更良いと思う」

「そんなに私のことを気遣ってくれてたんですね、ありがとうございます、先輩」

「いいっていいって。それでどう、今日は楽しかった?」

数秒考えた後、シャロンは微笑を浮かべた。

「はい、とっても」

正直、今まで見た女性の誰より美しかった。


「おっロイ、昨日はお楽しみだったのか?」

「レウスこの野郎!お前が変なこと言いふらしたせいでもう3回も同じこと言われてんだこっちは!許さん!」

「悪かったよ、それで昨日はどうだったんだ」

「なんでそこまでしてそれを訊こうとするんだ...何もなかったよ、ショッピングしたり飯食ったりそんぐらい」

「ホントか〜?おっ、丁度いいところに当の王女様が!おーい王女様、昨日はどうでしたー?」

こいつも俺と同じくらい不敬だと思うのだが、そんなことはどうでもいい。口下手なシャロンの発言によっては俺の首が飛びかねない。

「おはようございます、ロイ先輩」

よかったガン無視だ。

「お、おはよう、シャロン」

「昨日はありがとうございました、楽しかったですよ?一緒にご飯を食べたり、服を見たり、寝転がったり...またやりましょうね」

「お、おう、またやろうな...」

「それではまた、訓練でよろしくお願いします」

シャロンは言うだけ言って去っていった。心なしか少し上機嫌だった気がする。

「ロイ、お前...」

忘れてた。横にこいつがいるのを。

「王女様と寝たっつーのはどういうことだ!!詳しく教えろ!!どうだった」

「寝てないって!山で一緒に横になっただけだ」

「寝てんじゃねーか!いや待てよ、もしかしてそれって青グヘッ」

本当にそれ以上はいけない。

そのまま喧嘩に発展した俺達を、殆どのやつは白い目で見ていた。

とりあえず後輩との交流は成功ということでいいのだろうか。多分いいだろう。





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英雄達の天国 鷹城千萱 @Tikaya_Hawks

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