第二話 後編 出合え!(模擬戦)

 「よーし、それじゃあ今日も一日やっていくぞォォーーーーッッッ!!」

「「「サー・イエス・サー!!!」」」

副隊長の大音声と、ノリノリな隊員達。

第八小隊の朝練は、いつもこうして始まる。


「今日は新入りが入ってくる日だ。今から紹介していくからちゃんと交流しろよ?」

そう、今日は新入りが入ってくる日なのだ。

毎年入ってくる人数はバラバラだが、男だらけの第八に志願する新兵はほぼ皆無だ。

だが余りに隊ごとの志願者数が偏ってはいけないため、抽選で落ちた奴が人気のない隊に行くことになる。そう、俺もその一人だ。

少し前にアイドルを雇ってPRする作戦を提案したが、「詐欺をしてはいけない」という理由でお流れになった。

詐欺といえば昨日のアイツは本当にやってくれたよ。本当にな・・!!


「なあ、何でそんな怨嗟の目でこっちを見てるんだ?・・うわ殴るな、分かってるって、昨日のアレだろ?ごめんよ」

相変わらず軽いこいつは、あの見合い(実際は婆さん方の集まりだった)を企画して俺を誘ってくれやがった同僚の兵士──レウス・ゲーリングだ。もちろん同じ一兵卒である。

「しかし今年はどんな新入りが来るんだろうなあ。つっても去年みたいに男だらけだろうからそういう期待はしない方がいいぜ?」

当たり前だ。男率100%の第八小隊に女子の新入りなど望む方が馬鹿と言わざるを得ない。

さっき食堂で会った女のような美人なら歓迎だが、あの女のような性悪は嫌だな。

そんなことを考えているうちに、新兵の紹介が始まった。

見事に男ばかりな面々に内心で辟易する中、新兵は最後の一人になった。

その新入りはフードを目深に被っており、顔は窺い知る事はできない。というより、この場でフードを被っている時点でかなり無礼なのだが、副隊長は何故か注意しない。

「それじゃあ最後の一人だ。皆、くれぐれも粗相のないように」

後輩に関して使うことはまずない警句を発して、副隊長は壇上を、


新入りに譲った。


「何ィィィィィーーーーッッッ!?」

騒然とする隊士一同。

当然だ、隊長は長同士の集まりに出ている為、この場に副隊長より偉い人間はいない。

つまり、今から挨拶する新入りは副隊長より身分が高いということだ。

ふと、朝に会った貴族の女が思い出される。

普通はこんなところに貴族など来ない。

────────嫌な予感がする。

そんな俺を他所に、その新入りは壇上に立ち、目深に被ったフードを取り、言う。


「ミカルガ王国第一王女、シャロン・フランチェスカ・ミカルガです。この度、不本意ながらも第八小隊で兵士として働くことになりました。平民の皆様、くれぐれも宜しくお願いしますね?」


隊士一同、声が出なかった。

無礼な新入りが王女で、見下してくる。

沈黙が彼らを包んだが、それはすぐに、

「何ィィィィィーーーーッッッ!?」

という、本日2度目の驚声に変わった。


「あ・・」

だが、俺の驚きは、他の隊士とは違う点にあった。

「あの黒レースの貴族様ァ!?」

そう、なんと、実は、新入りの王女は俺が朝に出会った貴族様だったのだ!!!!!!!

つい心のままに叫んでしまった俺の言葉を大驚声の中でも耳ざとく聞き取った王女様は、本日2度目の赤面。

「何故貴方は私の下着の色を毎回大声で言うのですか!?それに今は白・・あっ・・あっ・・あっ・・!」

自滅した王女様は情緒が無茶苦茶になったのか、泣き出してしまった。

「おいお前、あの王女様と知り合いなのかよ!?いつだ!?いつだ!?」

レウスがしつこく問い詰めてくるが、軽いこいつの事だ、いつ俺に女の知り合いが出来たかに思考を切り替えているのだろう。

「さっき食堂前でな。まあ、色々あったんだよ、察してくれ」

「色々ってなんだよ!?おい、待て、逃げるな!」

その声を完全に無視して、俺は副隊長の元へと向かう。

「もうちゃっちゃと次に行きましょうや。今年もあるんでしょ?模擬戦」

そう、新入りは実力を測る為に、入隊初日に先輩隊士と手合わせをするのだ。

勿論軍に入る段階で運動機能のテストはあるが、修練の側面もあり、採用されている。

「それもそうだな。だがその前に、新入りの直属の上司を発表しなくてはな」

忘れていた。新入りには各々に上司が付けられ、模擬戦もその上司とするんだった。

未だ追及してくるレウスから逃げているうちに、新入りの上司一覧が貼り出された。

そこには、なんと、


「シャロン・F・ミカルガ──直属隊士──ロイ・フェリート」


組んじゃったよ。

という訳で、俺と王女様は模擬戦が行われるフィールドに立っていた。

「ひぐ・・えっぐ・・」

さっきのでメンタルブレイクしてしまった王女様は、未だ目を腫らして啜り泣いていた。

「今から戦いなんだから泣いてちゃダメですよ、王女様」

「う、うるさい!泣いていません!戦いの覚悟はできています!早く始めましょう!」


ちなみに先ほどの混乱は、副隊長の必死の説明でなんとか収まった。

なんでも、ミカルガの王様が、

「いずれ国を率いる王女には当然軍隊で働いた経験がなければならない」

と言い、王女──仮にも後輩なのでここではシャロンと呼ぶ──を軍に配属したらしい。

何故第八小隊なのかは分からないが、潤いを増やす配慮とかだったらありがたい。


ともかく、今から模擬戦である。

模擬でしかも後輩相手とはいえ、手加減をしては失礼だろう。というかしたら殴られる。副隊長に。

「それでは制限時間は三分。始めっ!」

始めの合図と共に、双方が剣を持つ。

軍隊では剣に加え、槍や弓矢なども教えられるが、模擬戦では新入りが一番得意な武器を使って戦うのがルールとなっていた。

「・・そうよ。今から戦いなのよ。泣いてちゃいけないのよ!」

シャロンは己に言い聞かせるようにそう言うと、剣を構えながらこちらへ向かってくる。

彼女は10メートルあるフィールドを僅か2秒強で駆けていた。

「速いッッッ!!」

そう、シャロンは信じられないくらい速かった。木製とはいえかなりの重量である訓練用の剣を持ってあのスピードなのだ、手ぶらならどれだけ速いのだろうか。

そんな事を考えている間に、シャロンが眼前へと迫ってくる。

「おっと」

油断していた為、応戦するのがギリギリになってしまった。

シャロンは俺に対して無礼だったが、俺も今、彼女に対して無礼を働いてしまった。

心の中で謝りつつ、俺は集中力を高めた。


そこから一分ほど打ち合ったが、この王女、かなり武闘派のようだ。

動きに隙が殆どない。テクニックで攻めるなら既にかなり強い戦士だと思う。

それでもなんとか打ち勝ち、シャロンはバランスを崩して尻餅を着いた。

「本当に強かったですよ、王女様」

そう言い、俺はシャロンの頭を木刀で叩く。

これが試合終了の証明。何とか俺の勝ちだ。

こうして、俺の最初の面子は守られた。


「よーし、それじゃあ朝練はここまで!昼練の時にまたここに集合だ!」

「「「サー・イエス・サー!!!」」」

今日の朝練は模擬戦の後に行われたのでいつもより短く、楽だった。

「・・・」

シャロンはあの後も俺と朝練をしていたが、終始むすっとしていた。

十中八九あの戦いで負けたからだろうが、そんな不用意なことは言わない。増してや初めて出来た後輩に一日目から邪険にあたるなんて論外もいいところだ。

「・・あの」

「・・ん、なんですか、王女様」

「今朝は無礼な事を言ってしまい・・その・・申し訳ありませんでした」

「ん?あー、別に大丈夫ですよ、もう気にしてませんし。俺の方こそあんな事叫んじゃってすみませんでした、王女様」

「・・その『王女様』っていうの、わざと言ってませんか?」

「いや、別にそんな事ありませんよ?王女様」

「わざとですよね!?私は後輩ですし、いつまでも様付けで呼ばれるのもおかしいので、『シャロン』と呼んでください。あと敬語も結構です。貴方の方が兵士としては上なので」

初めは生意気にしか思えなかったが、これでなかなか可愛げがあるらしい。

「ああ、分かったよシャロン。これからよろしくな」

「よろしくお願いします。全く、私のような王族とタメ口で話せるなんて特別なんですから、その辺り分かってくださいね?」 

前言撤回、クソ生意気だわ。

「分かってますよ、黒レース様」

「分かればいいので・・ちょっと!!またそれ!?やめなさいよ!・・その・・生意気言ってすみませんでした!この通りです!」

やばい、俺王女に土下座されてるよ。

「頼むから土下座とかやめてくれ!!俺が下衆みたいじゃねえか!!冗談だって。ただ、あんまり上からの発言はやめてくれよ?」

「二度と致しません!本当に申し訳ありませんでした!」

深窓の王女がどこでそんな謝罪を学んだのだろうか。はしたないのでやめさせよう。


こうして、俺に初めての後輩ができた。

ちょっと、というかかなり抜けているが、精々面倒を見て、いや、見させて頂こう。

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