第二話 前編 出会え!(運命)

 「起きろォォーーーーーッッッ!」

第八小隊の宿舎では、この獣のような大音声を毎日のように聴かされる。

入隊当初は鼓膜が破れるかと思ったが、慣れてしまえば小鳥のさえずりのようなものだ。

「ロイてめえ、何耳栓つけて寝てやがる!お前が最後だ!起きろォォーーーッッッ!!」

すまない、少々語弊があった。(耳栓をつければ)小鳥のさえずりのようなものだ。

「全く、もうちょっと効率の良い起こし方はないんですか?副隊長」

「お前以外はこれで起きるから良いのだ!それに隊長殿が今のままで行けとおっしゃるのでな!お前もそろそろ耳を慣らせよ?」

副隊長殿は無理な事をおっしゃるのがご趣味なようだ。これももはや日常の一部である。


「そうだ。ロイ、今日入る新入り達について2つ言っておく事がある」

副隊長が俺に言う。

「まず、お前の直属になる新人がいる。これはお前が頼れるからとかではなく、単なる抽選だ。まあ素行が悪い奴は選ばれても弾かれるから、そこは評価されてると言っていい」

毀誉褒貶の激しいお言葉にどう反応しようか迷っている俺に、副隊長は続けて言う。

「そして二つ目だが・・その新入りに対して、絶対に驕るなよ。いいか、絶対だぞ?」

上役にも普通に物申す副隊長にしては珍しい忠告だ。一体どうしたのだろうか。

「とにかく、“名誉ある”上司として気丈に振る舞ってくれればそれでいい。頼むぞ」

そう言うと副隊長は、足早に第八小隊の隊長室へと向かっていった。

上司になれるのは嬉しいが、はて、“名誉ある”とは?考えてみたが、分からない。

まあ、今考えても仕方ない。先輩としてちゃんと振る舞えばそれで良いのだ。

面倒な思考を後回しにして、俺は小隊の食堂へと足を運んだ。


食堂への通路を歩いていると、向こうからやってくる誰かとぶつかった。

「痛ってぇ〜。誰か知らないけどせめて避けて走ってくれよな〜」

そう言いながら、ぶつかって来てその場で転んだ間抜けな人を一瞥する。


なめらかな銀髪に澄んだ翡翠色の瞳。

顔立ちはとても整っており、隣国で活躍中の美人モデルを想起させる。

そして何より、林檎ほどの大きさの───


胸があった。


「・・何を見ているのですか」

「・・・あ、すまん!ついな・・」

おっと、久々に美人を間近に見て見惚れてしまっていた。

「ぶつかった事は謝りましょう。しかし、平民のあなたに敬語を使われないのは些か鼻持ちなりませんね」

・・・???今この女なんて言った?

「聞こえませんでしたか?あなたのような平民が私を敬って話さないのは気に入らないと言ったのです」

・・成程、読めてきたぜ。

この女は貴族かなんかで(貴族は平民と髪の色が違うらしい)、平民の俺にタメ口で喋られて腹が立ってるのか。


「この女、性格悪いな?」

なんて貴族に言った日には免官確定なので、ここは怒りを抑えよう。

「あー、すいません。ここにいるのなんて大体同僚の兵士だと思ったもので」

「まあそれなら仕方ありませんね。今後は失礼のないようよろしくお願いしますね」

そう言って、貴族の女は立ち去ろうとする。


だが、ここで反撃しない俺ではない。

去り際に、ぽつりと“独り言”を呟いた。

「黒のレース!!!!!(周りに聴こえる大声)

・・・の髪飾りを買うか(小声)」

それを聞いた彼女は自分のスカートの下を確認し、たちまち赤面する。

「あ、あなた・・!・・見たのですか?」

「何のことです?自分は彼女に買ってあげるアクセサリーの事を考えていただけですよ」

嘘である。この男、知り合いの若い女性すらロクにいないのである!

ちょうど朝飯時だったので、食堂へ出入りする兵士たちが俺の声を聴いただろう。

完全に墓穴を掘った貴族の女は、何か小声で呟きながら逃げるように走っていった。

いくら傲慢な貴族と言えど、こんな事で平民を潰しにかかるほど小物でもないだろう。加えて貴族なんかもう関わらないだろうし、万事解決だ。やったね!

スッキリした俺は、小躍りしながら食堂へと向かって行った。


隊長との話を終えて集合場所の修練場に向かう副隊長は、銀髪の女性が半泣きになりながら宿舎を出て行くのを見た。

「・・一抹の不安はあったが、まさかお前、もうやらかしたのか・・!?」

副隊長はうむむと唸りながら、破れかぶれで街に繰り出して行く女性───ミカルガ王国第一王女、シャロン・フランチェスカ・ミカルガを追いかけて行った。



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