ハロウィン☆デートの秘密

片瀬智子

第1話


 ──雨降町あめふりまち

 雨の多いこの地は、ずっと昔からそう呼ばれている。

 カラフルな傘が街を彩り、雨粒のかかる窓辺では猫が空を見上げた。

 雨も続けば、それは平常の生活。

 素敵な地名だと私は思う。


 これから、この町一番の大人気イベントを紹介したい。

 その名も『雨降町ハロウィン☆パーティー』!

 年間降雨量を自分の体感で計測しても、十月の終わりはあきらかに雨が少ないのだ。

 屋外イベントは天候に左右されるから、雨降町でハロウィンが流行るのは想像にかたくない。

 近年、町民全員が楽しめる恒例のイベントとして十月三一日は特別な日となっていった。





 私・望月もちづき楓子ふうこは、雨降中学校へ通う中学二年生。

 同じ住宅地に住む仲良し三人組・夏波かなみ涼花すずかと一緒に、今日は私の家で仮装お茶会パーティーをする。


 仮装? お茶会?

 そうです。実は明日は『ハロウィン☆パーティー』当日。

 なぜ前日にお茶会かというと、今年のハロウィンは涼花が一緒に行けなくなったから。

 理由は付き合うことになった彼(ケンくん)との初デートだ!

 なので明日は、私と夏波、涼花とケンくんで別々に楽しむことになった。


 今日の三人のお茶会、必要って思ってる?

 思春期女子の人間関係は、不思議な濃密のうみつさと密着性がある。

 一般的な例では親友と手をつないだり、グループでトイレに行ったりするのはこのせいだ。とかく独占欲が強いし、群れの安心感も欲しい。

 私たちもきずなを深めるため、ここに集まった。



 私は半年前から入念な準備で手作りした、雨降町公式キャラクター・あめだモン【薄紫うすむらさき色のクマ(あじさいの妖精)、肩にはカタツムリの妖精】の着ぐるみをまとった。

 いつ見ても胸がキュンとする。

 ご当地ゆるキャラにして可愛いの最上級、ハートを打ち抜く小悪魔フェイス、魅惑のふんわりボディ、私のお財布を軽々と開かせるグッズの品揃え……。

 恐るべき『雨だモン』に今、どハマり中だった。


 夏波はショートカットが似合うバンド系女子&アニメ好きということもあって、推しの二次元キャラの仮面をつけている。

 明日は深紅しんくのマントも羽織はおるらしい。完璧。

 大体イヤホンが刺さってる夏波は、独特な趣味とマイペースなところが魅力的。


 涼花は天然ウェーブのロングヘアにパッチリな瞳、女子力高めな正統派。

 感情豊かで泣き虫だが、万人に愛される特異体質でもある。

 甘い雰囲気や真面目で心配性なところも可愛い。

 今日は、白いフリルのエプロン付きピンクのワンピースを着ていた。



「いいよ、マジで似合う。涼花の

 空気を読まない夏波の言葉に、涼花が半泣きになった。

「違うのー。私はフランス人形になりたかったの!」

 

 涼花が落ち込んでる理由。

 ようはこうだ。

 涼花は仮装用の衣装をお母さんにネット注文してもらった。

 だが二日前に、涼花がお願いした衣装とはだいぶ違う商品が届いた。

 愕然がくぜんとする涼花。

 本当は白いレースやリボンがたっぷり飾られた、素敵なフランス人形に仮装する予定だった。

 それなのにお母さんの注文ミスで、これではまるで桃色セクシーメイドだ!

 返品交換する時間はない。

 仕方なく落ち込んだ気分のまま、涼花は今ここにいるのだ。


 

「ほんとに私……おかしくない?」

 涼花はたいして興味なさそうな夏波にまた聞いた。

「うん全然。あーだけど、エプロンのすそちょっと汚れてるね」

「えっ、ヤバいほんとだ。気づかなかった」

 確かに左側のエプロンの裾に、小さな緑色の汚れがうっすらと付いている。

「何だろうね、そんなに目立たないけど。草の汁かな? 緑のインクがついたとか」


「わかんない。緑色のペン持ってないし。これ届いた日、試着してちょっとだけケンくんに会いに行ったの。でも草むらなんて入ってないよ。雨が降ってきたからすぐに走って帰った」

「あー水曜日? 確か学校から戻って三十分くらいしたらザッと降ったよね。マリンのお散歩行けるかヒヤヒヤしたもん」

 私は愛犬との散歩を思い出す。



「ねえ。それよりケンくんのこと、そろそろ教えて?」

 三人の中で一足先ひとあしさきに涼花の人生に現れた恋人。私と夏波はまだケンくんとしか聞いてない。

 しかし、興味津々の私たちとはうらはらに「絶対言えない!」と涼花は言った。

「だって明日は一緒にハロウィンに行くだけで、本当はそれもすっごく恥ずかしいんだもん」

 涼花は頑固に言い渋った。


「でも駅前で待ち合わせでしょ。ばったり会ったらどうせバレるんだから、今教えてくれてもいいじゃん」

 私の言葉に、涼花は得意げに返す。

「会ってもわからないと思うよ。だってケンくん、おばけカボチャのかぶり物するって言ってたから」

 そっか。だったら無理だ。


 ハロウィンコスプレの定番。大きなカボチャの目をくりぬいた布製の被り物は、顔全体を覆うお手軽で人気のグッズだ。

 それをかぶられると、もう誰だかわからない。

「じゃあヒントだけでも。もし涼花がトラブルに巻き込まれたりしたら、私たち何にも知りませんじゃ困るんだからね!」

 これは正当な発言よね。都会でなくても夜の街には危険がひそんでいる。

「何にも起こらないよー。うん……じゃあヒントだけね。ケンくん、高校生なの」


「マジで!」

 私と夏波の声がハモった。

「えーすごい。何年生??」

「……二年生」

 おっ、うちのお兄ちゃんと同じだ。

「どこの高校?」

「もーまだダメ。秘密」

 涼花ったら恥ずかしがらなくてもいいのに。

 その時、階段をドンドンと小走りで上がってくる足音が聞こえた。



「おい楓子。お前、また電気ケトル部屋に持っていってるだろ」

 いきなりドアが開いた。

 ちょっとおにーちゃん、勝手に入らないでよ。最悪。

「あのね、今みんなでお茶会アフタヌーンティーをしてるの。紅茶には高温のお湯が必要なんです。出てってよ」

 私がカップに紅茶を注ぎながらきつく言うと、お兄ちゃんはたじろいだ。


「ここは……なんなんだ。異世界か」

「はい?」

 二次元アニメキャラの夏波、桃色セクシーメイドの涼花、そして薄紫色のふわふわベア・雨だモンの私がいっせいに兄を見上げる。

「君たちはこれから冒険の旅にでも行くのか。ご苦労だな」

 私たち、どこにも行きませんが。



「やっかいな場所に来てしまった。楓子、早くケトルを俺に渡せ」

 カップ麺を片手に言い寄る兄。

「だからダメだって! 紅茶は高温の……」

「俺だって、カップ麺には熱湯がひつよ……」

 いつものように言い合ってると、夏波が冷めた口調で言った。

「お兄ちゃん、ここでお湯入れていけばいいんじゃないですかー」

 そうね。その手があった。

「……そうだな。じゃあ、お湯をかしてくれ」

 新商品らしきカップ麺を私に手渡してきた。


「夏波ちゃん熱湯入れたら、これうどんだからタイマー五分な」

「はーい」

 スマホを持ってる夏波が頼まれる。私と涼花は、親の意向で高校へ入学するまでスマホは禁止だった。

「こんな時間にガッツリ食べてるとお母さんに怒られるよ」

 私が言うと「大丈夫、オレ頭脳労働派だから」と返してきた。

 ほんとに大丈夫か? 

 頭脳労働と言うが、兄は見かけと同じでいつもぼんやりしている。


 家ではTシャツと短パンでゴロゴロして趣味の推理小説ミステリーを読みながら、徒歩十五分圏内に二つしかない店舗『スーパーあかり』か『コンビニ・ミント』を日々行ったり来たり。せめて遠くのお店だったら運動になるのに。

 今も、あかりと赤い文字で店名の入ったレジ袋には新作のスナック菓子でいっぱいだ。

 袋代がもったいない、地球に優しいマイバッグにしなよ。



「あれ? 涼花ちゃん、エプロンちょっと汚れてる?」

 兄が言う。

 気にしてることをまた。

「荷物を確認した時はきれいだったんです。そのあと出かけた時かな。雨に濡れたの」

 少し涙目な涼花。


「別に目立たないよ……それよりこれさ、ネットで話題の甲斐犬かいけんだよね。土佐犬や秋田犬キャラも見たけど、気性の荒さをコンセプトにしたグッズでしょ。これって可愛いのかな。何だか涼花ちゃんぽくないね?」

 涼花のバッグに付いてる、強面こわもてのチャームに突然兄が食いついた。

 確かにガーリー系涼花のイメージではない。でも夏休み頃から、消しゴムやノートにこの甲斐犬グッズを好んで使っていた。

 私の『雨だモン』のほうが百倍可愛いと思うけど、まあそこは個人の趣味なのであえてツッコまない。

 


「あの、よかったらひとつどうぞ」

 涼花は手土産のパンプキン・プチケーキを、ミントと緑色で店名の入ったレジ袋のまま差し出した。

「すげぇ、ミント限定スイーツだ。大人気でなかなか買えないやつだよ」

 買い食いが趣味なだけあり新商品にやたらと詳しい兄。その喜びように涼花も笑顔になった。


「ところでハロウィンは明日なのに、なんで今もりあがってんの?」

 興味深げに兄は言う。

「うん。実は涼花がデートだから、今日『三人のハロウィン』をしてるの。恋人のケンくんが誰かはまだ謎なんだけどね? お兄ちゃんと同い年」

 そう言うと、涼花は顔を赤くした。

「やだ、楓ちゃん。内緒にしてー」

「ごめんごめん」



「あ、もうこんな時間だ。ピアノのレッスンがあるから先に帰るね。みんなまたね」

 涼花があわててカーディガンと花柄のバッグを手にした。

「ちょっと待って。涼花ちゃん」

 横をすり抜けようとする涼花を兄が引きとめる。

「みんな心配してるから、何時にどこで待ち合わせかだけでも教えといてよ」

 涼花は言うとおり、小声で「駅前で……」とか返事をしてた。

 その後、ふわっと頬を赤く染めた涼花は驚いた表情になり「お、おじゃましました!」と叫ぶと階段を駆け下りていった。


「どうしたの? お兄ちゃん、涼花に何言ったの」

 私は問いただす。何か状況がおかしい。

 スマホをチラ見して「あと四分か」と言うと、兄は私を見返した。


 

「涼花ちゃんの好きな人をあてたんだよ──」


 

 兄は時々おもしろいことを言う。

 私たちも知らない涼花の恋人を今の短時間であてたとか言ってる。

「お兄ちゃん、ウソばっかり……」

「ウソじゃない。今、本人に確認したから」

「えー!!」

 私と夏波は目を合わせた。

「だ、誰?」

 私たちの驚きをよそに兄はさらっと言い放った。



「コンビニ・ミントでバイトしてる、甲斐かい剣介けんすけって奴だ」


 

 カイケンスケ……?

 初めて聞く名前だった。なんでお兄ちゃんが彼の名前を知ってるの。

 その彼がお兄ちゃんの同級生ってことは、もしかして涼花との関係を以前から知っていたのだろうか。

「俺も下の名前はうろ覚えだったけどな。高校は違うが中学の時、隣のクラスになったことがある。しゃべったことはない」


「それなのになんでわかったの?」

 私と夏波の素朴な疑問。もはや仮装してお茶どころではない。

 兄は一瞬ニヤリとする。


 

 実に簡単な推理だよ──

 どうでもいいけど、なぜか名探偵っぽい口調になった。



「まず気になったのはメイド服……フランス人形だっけ。ハロウィンの衣装が届いた日、涼花ちゃんは彼氏に会いに短時間外出したと言っていた。なぜあの衣装で? おかしくないか」

 確かに。

 あの日学校から帰宅した後、涼花は衣装を着たまま恋人のところへ行った。それから雨が降り出し、走って帰ったと言っていた。

 嫌がってた衣装。

 謎の三十分。

 何のために?



「次はあの凶暴な甲斐犬グッズ、どう考えても涼花ちゃんのキャラに合わない。あのバッグチャームは違和感しかないからな。思わず二度見したよ」

「でも誰だって変わった趣味くらいあるんじゃない?」

 兄は私をちらりと見る。

「ああ、もちろん。君らのバッグになら血迷った土佐犬が付いててもどうも思わない。変なモノ好きだから。だけど、涼花ちゃんは違う。あ……きっと初めは、消しゴムやペンみたいな目立たないグッズから持ち始めたんじゃないかな。まわりを慣れさせるために。だからふたりとも俺ほど違和感を感じてない」

 なんか失礼ね。


「涼花ちゃんは典型的な可愛いモノ好きだろ。例えばフリルとかリボンとか。人は基本的に一貫した趣味嗜好しゅみしこうというものがあるんだ。突然の変化。そこには、何かにを受けたと思うべきだね」

 やっぱりそうなの?

 私も心のどこかでずっと奇妙に思っていた。

「じゃあ、涼花が甲斐犬グッズを使ってる理由がわかるの?」

「お前もっと頭使え」

 くやしー。

「……涼花ちゃんの『好きな人』に関連するモノとは思わないか」

 えっ。


介──カイケンだよ。そういえば、中学の頃もそのあだ名で呼ばれてた」

 甲斐犬とカイケンをかけてたの? 知らないよー

「そんなの私たちにわかる訳ないじゃん! その人の名前を知ってたお兄ちゃんがギリギリわかるくらいだよ」

 私は荒れる。フェアじゃない。

「まあ落ち着け。名前がどうとかじゃなく親友を丁寧に観察してれば、恋人の輪郭りんかくくらいは見えてくるってこと」

 兄は穏やかに言った。

 遠い目の夏波と、頬をふくらませる私。



「決め手は、涼花ちゃんのエプロンに付いてたの汚れだったんだ」

「あー、あ?」

 私は思考がもつれた。

 兄は涼花にもらったプチケーキを口に放り込む。

「あの汚れが緑色だったから、核心にせまることが出来た」

 えっ、私まったくわからないよ。

「まだ気づかない? 目の前にあるそれだよ。汚れの正体は」


 兄の指差すほうを私と夏波は見つめた。

 そこには、コンビニ・ミント限定パンプキン・プチケーキが入った白い。 

「ほら、緑色で店舗名が印刷してあるだろ」

 袋の印刷の緑色が、涼花のエプロンに付いたっていうの?

「レジ袋には大体、注意書きに小さく書いてあるんだ。により色が衣服等につく場合がありますってね」

 読んだことなかった。



「これ見ろ。『スーパーあかり』の印字は赤色。この近辺に店舗と呼べるものは、あかりとコンビニ・ミントだけだ。『ミント』の印刷色を知らなくても二択だから消去法でもわかる。四五分歩けば違うコンビニがあるが、時間的に涼花ちゃんは遠くまで行ってなかった。ちなみにそこの印刷色は青色だしね。そうだ、今度ミントで見てくるといいよ。『甲斐』ってスタッフが去年からいるから。しょっちゅう行ってても、名札なんて見たことないんだろ。普段からよく観察してれば、いろんなことが繋がってくるんだ」

 微笑むお兄ちゃん。



「涼花ちゃんは衣装が届いた日、フランス人形じゃないと思って焦った。性格が真面目だから急に不安になったんだね。ここからは想像だけど、あらかじめ衣装はお互い伝えてたんじゃないかな。涼花ちゃんはスマホを持ってないから、駅前の仮装した人混みの中で待ち合わせに失敗すると困るだろ。……あの日、涼花ちゃんは彼がバイトしているコンビニ・ミントへ『私の衣装はこれです』と見せに行ったんだ。帰りはにわか雨の中、レジ袋を持って走った。その時、の印刷色が雨と摩擦まさつのせいでエプロンに付いた。たぶんこのプチケーキ、彼氏からのプレゼントじゃないか。普段はお金がかかるから、レジ袋はいりませんって言うだろ君たち」



 私は兄の推理にしびれた。

 そんな観察眼を持ってたなんて。

 涼花の初恋に対するヒントいは、蛍の光のように優しくあふれ出ていたのだ。

 きっと、これからも。



 ──ピピピピピ



「あ、お兄ちゃん、五分経ちました」

 唖然あぜんとして聞き入っていた夏波が、思い出したようにつぶやいた。 

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