かくしごと

@hitsukirei415

かくしごと


 わたしはもう5分以上、丸椅子に座って白衣のおじいちゃんの話を聞いている。気を遣って遠回しに言ってくれてるんだろうけど、要はわたしが年内に死ぬだろうって内容を延々と話すもんだから、余命宣告されてる本人が居眠りしちゃいそうだ。

 

 来年まで生きられない人間に細かい病気の話なんかしないでよ、どうせすぐ死ぬんでしょ。

 

 処方箋を貰ったわたしは、胸のなかで密かに毒づいて、さっさと診察室を出た。


 自動ドアを抜けると、ふわり、と春が目に飛び込んでくる。今年も、中庭の桜は枝いっぱいの花を誇らしげに咲かせて立っている。


病院の壁も桜越しに見ると白さが際立って、なかなか綺麗。

 

ただ、花がない普段の殺風景さは頂けない。


壁に花の絵とか描けば良いのに。



 桜の下では小児病棟の子だろうか、少女が花びらを捕まえようと車椅子から必死に手を伸ばしている。花びらは春風にはらりと舞って、彼女の痩せた膝に落ちる。穏やかな春の風景だ。


「あの子はあと何回桜を見られるんだろう」


 ふっと、そんな思いが私の胸を掠める。数年前に病気のことを知ってから、感傷的になることが増えた。綺麗な景色を見れば見るほど、これが最後かもしれない、と思うと胸がぎゅうっと締め付けられたみたいに苦しくなる。最近はだいぶ負の感情に蓋をするのが上手くなったつもりだけれど、病院に来るとどうしても気が沈む。

 そんなわたしの胸中を知ってか知らずか、車椅子の少女が大きく手を振ってくれた。そうだ、あの子は今、生きてるんだ。今はそれ以上、考えるのはよそう。 

 わたしも元気に手を振り返して、踵を大きく鳴らしながら病院を出た。


 

 帰りのバスで感情を整理して、アパートの前に着く頃には、気分はだいぶ落ち着いていた。ここ数年で文字通り死ぬ気で培った精神力は、わたしの長所だと思う。1人が嫌で幼なじみと一緒に住むようになってからは特に、家には病気のことを持ち込まないようにしているため、この能力は欠かせない。

 

 階段を2階分上がって、南側の角部屋がわたし達の住まいだ。せっかく家賃が半分なら、と少し贅沢な部屋に決めた。堅実な同居人は初めこそ逡巡していたが、根が優しい彼女は必ず折れてくれる。実際、わたしは将来への貯金なんていらないから、お金はけっこう使えるのだ。

 

 玄関を入るとふわりと良い匂いが漂ってきた。

「バイト、疲れたでしょう?お疲れ様。」

 そう労いながら淹れてくれる彼女の珈琲の香りに、ふっと肩の力が抜ける。

 月曜の病院帰りには必ず淹れてくれるこの一杯に、一体何度救われたことだろう。飲むと不思議と、不安や虚しさが、すーっと吸い込まれてゆく。消えてしまうのではなく、心の芯に溶けていくのだ。

 わたしは最期の日にも、必ず彼女の珈琲を飲むと決めている。

 

 そんな幼なじみの彼女にも、病気のことは話していない。昔から人一倍優しい彼女がわたしの余命を知ったら、きっと私以上に泣いてくれるだろう。 だけど正直、目の前で泣かれるのはつらい。

それに、しっかり者の彼女がわたしの病気を知ったら、飲酒や夜食、寝坊等の悪癖を許して貰えなくなりそうなのもあって、家では死ぬまで健康なフリを続けようと思っている。

 週イチの病院通いもコンビニのバイトと偽り、毎週彼女に架空のバイト先でのことを話して聞かせるのは、今やわたしのちょっとした楽しみとなっている。さてさて、今日はどんな話をしよう。


  ーーーーーーーーーーーーーーーーー


  

   幼なじみ  病気  慰め方 


 

 ベストアンサーを眺めながら、はぁ〜〜と深い溜息が出る。もう何回も検索した単語。

 

 普段通りに接して欲しくて本人が隠しているのに、私がこんなことしてちゃ駄目だ。

 頭ではわかっているはずなのに…

 

 残り少ない時間なら大切にしたい。


 でもこれは、ただの私のエゴだ。

 

だから私は何も知らない幼なじみを演じ続ける。


 そう決めたはずなのに、迷いが消えない。


 本当は誰かに聴いて欲しいんじゃないのかな 

 

 やっぱり誰にも知られたくないのかな


思考はいつも堂々巡りで、今もどうすればいいかわからない。




 彼女の隠し事を知ったのは、ちょっとした悪戯心がきっかけだった。


 バイト先の話があんまり面白いから、この目で見てみたくなって、跡をつけた。


 裏口に来る猫とか、イケメンの先輩とか、誤字だらけのポップとか。彼女が楽しそうに語っていたものが見られると思った。


 だけど、違った。


 大きな白い建物から出てきた彼女は、私に見せたことのない顔をしていて。

 

 姿が見えなくなってから、病院に駆け込んだ


二人の写真やラインなんかも見せて、必死に頼み込んで教えてもらった真実はあまりに残酷で


 涙が溢れて止まらなかった。


 

今まで一体どんな気持ちで、私に話してくれていたんだろう

  


今まで私に隠れて、どれだけ涙を流していたんだろう


 

 ずっと横で呑気に笑っていた彼女が急に遠くなってしまったように感じて

 

 病院からの帰り道、

 

 せめて私は何も知らずにそばにいよう、


    そう決めたのだ。 



 今日は月曜日。そろそろ彼女が帰ってくる。

私は、彼女に珈琲を淹れてこう言うのだ、


「バイト、疲れたでしょう?お疲れ様。」


 そして彼女の話を聴く。コロコロと表情を変えながら、喋る君は本当に楽しそうに見えて、だから私も笑顔で耳を傾ける。

 

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