第4話 始動
「この前来てた売れないタレントが、またイベントやるみたいよ」
姉ちゃんが夜飯のカレーを食べながらそうつぶやいた。スマホを持ち、ながら食べをしていたので、「やばっ」と福神漬をシャツにこぼした。すっと、ティッシュを差し出す
「もしかして、ストマックエイクのこと!?」
思わず身をのり出して、こっちも福神漬を落としてしまい。
「そうそう、六代目? ストマックってやつがイベントやるんだって」
「六代目じゃなくて、第六章ね」
どうやら今度の日曜に、あの時と同じ希望が丘のショッピングモールで解散ライブをするようだ。
彼らに会えるのは、それが最後――。
当然、このイベントは村山も知ってるだろう。あれだけ好きなんだ、当然だよな。思えば、家も席もお隣どうし。こんなにも近くにいたのに、今までろくに口も聞いちゃいなかった。
そんな俺たちをつないだのは彼らだ。
この曲がいいだの、こっちの方向性がいいだの、所属レーベルが金に汚いだの、いつだって、そんな他愛もない会話だった。
お互い、今、何を話したいのかわかっているくせに口が開かない。その距離、1メートルもないのに顔も合わせない。
別に村山のことが好きなわけじゃない。
そもそも俺は誰かを好きっていう感情がよくわからない。
でも、村山とは今まで通り仲良くしたい。
そう、思っている。
のに――
隣の席がやけに遠い。
こうして、お互い何も話さないまま解散ライブ当日を迎えた。
やはりというべきか、俺より先に村山はイベント会場に陣取っていた。
「よ、よう」
こちらから先に声をかけたが、案の定にらまれただけ。そりゃそうだよな。今まで避けていたのが俺なんだから。今さらどの面下げて。
何も紡ぐ言葉が思い浮かばず、あの時のように買い物帰りの主婦がわらわらと集まってきて、あっという間に会場を取り囲んだ。
俺たちは最前列に並び、今か今かとその瞬間を待つ。
そして――。
「こんにちは。俺たち、第六章 ストマックエイクです」
リーダー、T-dashは神妙な面持ちで、メンバーを紹介していく。
JUKIYA、KAZUHIKOたち総勢6名が紹介されるたびに、自然と涙がこみ上げてきた。
もう――終わりなんだ。
こんな、最後って。
だが、そんな静寂を断ち切るように――。
「俺の紹介が足りねーよ」
だれ?と声の主に顔を向けると、真っ青に染め上げた短髪に目を奪われる。男は颯爽とステージに上がり、リーダーのマイクを強引に奪い取った。
もしかして、これって――。
希望の光を感じ取ったのは、村山も同じだった。互いに目を合わせて自然と頬が緩み、二人の心が通じ合う。
「こいつはMC”PEACE”。今日から俺たちの第七章の始まりだぜ!」
ここでイントロがかかる。
激しい重低音が会場を震わせて、一気にぶち上げた。
「YOYO! お前ら、俺たちについてこいよ――」
彼らに足りなかったもの。
それは――突き抜ける感情だ。
今まで、キャッチ―さを追い求めすぎて、皆を引き付ける荒々しさが足りなかった。
MC”P”の光速ラップが、俺たちの内臓をぐいぐい持ち上げる。打楽器の如く叩きつける言葉の弾丸に、思わず歓声を上げてしまった。
「お前ら、もっと声だせよ! 全然聞こえねーぞ!」
でも、魂を解き放つのは何も彼らだけじゃない。
俺たちこそ。
ラップに合わせるようにKAZUHIKOのダンスが激しさを増していく。禿げちゃうんじゃないかってぐらいのヘッドスピンの始まりだ。
「村山! まじでやばい!」
「やばい、やばい!」
気が付けば、互いに首を揺らして笑い合い。
突き抜けるビートがこの身を焦がし、全てのことが小さく思えた。
了
そわそわしちゃって ~PART2~ 小林勤務 @kobayashikinmu
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