第3話 終焉

じゃなくて、ストマックエイクなんだけど」


 お昼休みに、村山からそう指摘された。


「まぎらわしいな。六代目でいいじゃん」

「第六章っていうのは、世代が変わるってことじゃなくて、物語の節目が変わるって意味なんだけど。だから、あえて章にこだわってるんだけど」

「……どっちも同じじゃないの?」

「全然ちがうし。伝説の第五章が動画配信されてるから、それ見たらわかるけど」


 普段、無口な村山が鼻いき荒くするもんだから、帰って第五章とやらを確認してみた。

 結論からいえば、『章』と『代目』の違いはよくわからなかった。

 だが、彼らはなかなか売れずにメンバーチェンジを繰り返して、やっと新曲の発売までこぎつけたことは理解できた。


 それに――なんだろうか、曲はいい。


 村山みたいな熱心なファンが支えているのもうなずける。

 ノリもいいし、キャッチ―だし。特に新曲「BOG~Brave Of Grain~」は、いい感じだ。誰に笑われたって、いつも自分らしく、あるがままのこころで突き進め。そんなメッセージを込めた歌詞になっている。


 だが、何かが彼らには足りない。


 だから売れないんじゃないか。


 そう思うと同時に、自分にも何かが足りない気がした。


 自分らしく――か。


 正直なところ、自分がよくわからない。

 気の迷いなんだろうか。


 ベッドに仰向けになり目を閉じる。瞬時に二つの顔が浮かんだ。


 鐘崎 雄二かねざき ゆうじ

 村山 笑むらやま えみ


 ……。


 村山はないな。

 

 ああ、もういいや。明日は女帝だし、さっさと寝よう。

 そう、心にふたをした。


 *


「佐藤。お前、村山が好きなの?」

 学校の帰り道。鐘崎がにやにやしている。

「なんでだよ」

「だって、最近、よく話してるじゃん」

「別に……。席も近いし、ただの世間話だよ」

「ふーん、そうか。ならいいや。お前がそんな趣味じゃなくて」

「なんだよ、それ」

「村山ってさ、なんか変じゃね?」

「変?」なぜか心拍数が上がった。

「あいつ、誰とも喋らないし。それに、この前見ちゃったんだよ、おれ」

「何をだよ」

「変なアイドルグループの下敷き。めっちゃださいの。思わず笑いそうになっちった」

 

 それは――間違いなく、彼女が好きな「第六章 ストマックエイク」の公式グッズだ。


「あんなの売れないだろ」


 俺は別に村山を好きなわけじゃない。


「なんか村山らしいわ。お似合いって感じでさ」


 でも、なんだ、この気持ちは。なんだ、この悔しさは。


「新たなネタ発見だわ」


 感情を殺して必死に涙をたえていた。


 その日を境に、俺は鐘崎こいつ村山あいつを避けるようになった。


 *


「あ、あのさ」


 一言も口を聞かなくなってから約1カ月ぐらい経った、ある日の放課後。

 掃除当番の俺は、村山から声をかけられた。

 村山は何にも悪くない。けんかをしたわけでもないのに、露骨にこいつを避けていたのは俺の方なんだ。今さら普段通りに話せるほどの距離間でもなく、なんとなく目を逸らしてしまった。


「も、もう嫌いになったの?」


 嫌い?

 嫌いって何が? 村山を? それとも。


「解散するんだって……」


 夕日が二人を射して、寂しそうにぽつりと漏らす。


「そうなんだ……」


 それしか言葉が出なかった。彼らの解散によって、かろうじてつなぎ止められた村山との関係も全て終わるんだな。

 カラスの鳴き声しか聞こえないけど、がらがらと大切な何かが崩れ去ったような音がした。


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