第2話 予感

 自分が少し変なのかも知れないって感じたのは、小学6年生の時だ。



 ある日、クラスの女子から告白された。


 その子はクラスでも大人しい感じの子で、これといって仲が良かったわけではない。体育の授業とかで一緒のグループになった時に、軽く喋る程度だった。だからというわけではないが、その告白は断ってしまった。


 その子のことが嫌い、というわけじゃない。なんなら親切な子だし、誰にもイヤな事も言わないし、良い子なんだと思う。


 でも――。


「ごめん、これから鐘崎かねざきと遊びにいくから……」

 そんな理由をつけて、そそくさとその場をあとにしてしまった。

 

 実際、鐘崎あいつとは約束があった。隣町まで自転車にのって、どっちが早いか競争。負けたらアイスおごり、というやつだ。


 結果は――敗北。


 人生初の女子からの告白に動揺していたのもあるが、なにより昨日から熱ぽかった。

 コンビニでソーダバーをおごって、鐘崎がかぶりつく。「ちょーうめー」とわざとらしく。

 財布の中身は残り40円。これじゃ何にも買えやしない。

「かわいそうだから、佐藤にも一口やるよ」

 しゃくっとかじると、その味は不思議なことに無味無臭だった。間違いなく風邪の引きはじめ。だが、熱なのかなんなのか、よくわからない何かにおおわれた。


 なんで、こんなやつに。


 学校なんて、別にキライじゃないけど特に好きでもない。まあ、ようするに面白くなかったけど、なんだかクラスメイトと距離を感じはじめた。

 皆が夢中になる話題がつまらなく思えた。特に、女子のあれこれ。無理に合わせようとすると、とたんに白けていく。


 もしかして、自分は――皆とちがうんじゃないか。


 *


「あれ? なんかイベントやるみたいよ」


 日曜の夕方。希望が丘のショッピングモールに姉ちゃんと買い物にいった時だ。北海道フェアとか、毎回何らかの催しものが開かれるエレベーターホールに、小さな特設ステージが出来ていた。

 わいのわいの、買い物帰りの主婦が群がっており、この一角だけ妙な賑わいをみせている。

「売れないタレントが全国行脚してるんじゃないの」

 姉ちゃんは野次馬根性で、現場を撮影しようとポケットからスマホを取り出そうとするが、「あれ、あれ、まじ」と顔を真っ青にしてあせりだす。

 どうやらスマホを落としたらしい。

 やばっ!と、俺をほったらかして、さっき買い物したスーパーへ走っていく。取り残された俺は、なぜかそのイベントが気になった。それは、このイベントの内容にではなく、がいたからだ。


 村山 笑むらやま えみ


 こいつは俺のお隣さん。


 それも、毎回お隣さん。


 小学6年の時に、彼女が隣に引っ越してきた。

 同い年だから仲良くしないさいよ。そう、親に言われてから、こいつはいつも俺の隣にいる。クラスだって同じ2組。しかも、ずっと隣の席。だけど、学校はおろか家すら近いくせに、ちっともこっちに話しかけてこない。本気で嫌われてるんじゃないかと疑ってる。


 それに、普段、何にも感情を表にださない。


 まあ、むしゃくしゃしたら平気でおれに関節技をきめてくる姉ちゃんに比べたら、少しだけ女子ってだけ。


 そんな村山ががっくりと肩を落としていたので、少し気になり声をかけた。


「村山じゃん」


 びくっと肩を震わせる村山。

「どんなやつが来るのか知らないけど、村山は、このイベント見に来たの?」

「……」

「買い物帰りのお客さんが集まりすぎて、ここからだと全然ステージが見えないな」

「……」

 ずっとだんまりでこっちをにらんで。ああもう、どうしたらいいんだよ。

「強引に前にいこうぜ」

 なんか、イベントが見れないのは俺のせいみたいじゃん。

「ほらほら、いこうぜ」

 ああ、めんどくさい。ぎゅっと村山の手をにぎり、ぐいぐいと主婦たちを押しのけて。

 前へ、前へ。

 その最前列へ。


 そして――彼らのステージが始まった。


「B・O・G! B・O・G!」


 会場は大盛りあがり。

 最初はどうせ売れないタレントのステージだと馬鹿にしていたけど、ボーカルのライブパフォーマンスに負けて、いつの間にやらサビを口ずさんでいた。


 彼らは高い歌唱力とダンスパフォーマンスで魅了するアイドルグループ――


「六代目 ストマックエイク」


 新曲「BOG~Brave Of Grain~」を引っさげて、全国のショッピングモールを回っている最中だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る