そわそわしちゃって ~PART2~

小林勤務

第1話 日常

「●●さんって、可愛いよな」

「△△の方がタイプだな。この前、普段着みたんだけど、超可愛かった」

「◆◆ちゃんの方がよくない? 清楚で部屋もきれいそう」


 キーンコーン、カーンコーン――。


 昼休みが終わり、クラスメイトがざわめきだす。それもそのはず、午後一の授業は、あの教師だからだ。

 女帝で有名な数学の教師。

 皆は、万一にも宿題なんか忘れちゃいまいか、入念にチェックしていた。

 俺――佐藤さとうもそのうちのひとり。しょーもないことで叱られたら、丸一日ソンした気分になってしまう。引き出しから宿題を取り出し、ぬかりがないことを確認。青ざめた顔の友達を横目に、ほっとひと息。よし、今日も無事にすごせる。

 

 でも――。 


 皆は女帝に戦々恐々なのに、なんであいつは動じないんだろう。


 ちらっと首をかたむけて、その横顔を拝む。


 どこか夢見がちな表情。真剣なのか、退屈なのか。その本音を知りたくて、いつからか、その姿を目で追っていた。

 心ここにあらずなのは俺のほうだ。

 女帝の授業を聞いているふりをしながら、意識は教科書をめくっていない。実際のところ塾に通っているから、今日の内容はすでに終えている。だから、皆より余裕があるぶん別のことに頭がいってしまう。


 たぶん、皆だってそうだろ。

 さっきまで、わいわい女子のうわさ話ばかり花を咲かせて。中学1年の男が考えてることなんか、マンガかゲームかしかない。


 でもさ――ぶっちゃけ女子なんて、そんな夢のある存在じゃないぜ。


 皆にうちの姉ちゃんの生態を見せたいぐらいだ。

 平気でおならするよ。なんなら俺にわざと嗅がせてくるし。

「くさっ」て悶えると、「うしし」って喜ぶ。

 どう思う、これ。

 部屋なんか、うそだろってぐらい汚いんだぜ。母さんが片付けなかったら、我が家はゴミ屋敷になりかねない。

 見飽きてるっていうのもあるけど、服だってふつうだぞ。俺と同じファストファッション。制服と比べて私服は特別感があるとか、俺にはさっぱり理解できない。

 ちなみに顔はかわいいよ。俺が言うのもなんだけど、中の上ってとこ。彼氏はいないみたいだけど、この前、プレゼントもらってた。

 でも、それ以外は絶望的なぐらい女子を感じない。高校1年であれだから、中学1年なんて、もっと子供ぽいだろ。


 やっぱりね。女子に夢みちゃだめよ。


 算数だって呼び名が数学に変わるんだから、いつまでも子供じゃだめだろ。

 同い年の女子をそういう目で見るなんてありえない。

 俺から見れば、女子なんてみんな姉ちゃんにしか見えないんだけど。


 ようは、男子と同じだよ。女子なんて。


 それに、それに――。


「村山」


 うわっと。


「聞いてるか? 村山 笑むらやま えみ。この数式の正解は?」


 あっぶねー。佐藤おれじゃなくてよかった。


「は、はい」

 彼女はご指名されてびくんと立ち上がる。


「誰も立って答えろとは言ってない。ちゃんと授業聞いてたか?」


 俺が断言する。村山こいつは聞いてません。さっきから下を向いて、授業を聞いたふりしていただけだ。

 くすくす、時にぷぷぷ、あるいはゲラゲラ。口には出さずとも、皆一様に「またかよ」って感じで目を細めている。

 だけど、笑われた当の本人は、そんなの気にする風でもない。女帝を前に、引き出しから……マンガ?みたいなのをこっそり見ていたという大胆不敵ぶり。


 しっかし、何考えてるのかわからないやつだな。 


 でも、その本音を探ろうとは思わない。


 だって、俺の視線の先はいつも、村山こいつの隣の隣に座る、鐘崎 雄二かねざき ゆうじにあるんだから。


 俺が知りたいのは、鐘崎こいつなんだから。


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