第七章 慈愛 2

「美紀ちゃん遅いね」


 櫻子はラジオでのインタビューの仕事が終わり、放送局から出たところにあるカフェで美紀の帰りを祥子と待っていた。


「あなた何を頼んだの?そんなに急ぎの用事だったの?」


「それは言えません」


「その表情、何かやましいことでもあるのね」


「ぎくっ・・・」


「まあ別にいいけど、確かに遅いわね。かかっても往復で一時間もかからないと思うけど」


 そう言い終わった祥子の携帯のバイブが早く出るようにと急かすように震えた。


「もしもし、はい、はい、えっ、病院ですか?なんでそんなことに、はい、はい」


 祥子の顔色は明らかに蒼白になり、眉間には深い皺が浮かんでいた。


「何事なの?病院?誰が?」


 櫻子は早口で捲し立てた。


 電話を切った祥子は一旦唾を飲み込むと、深呼吸をして話し出した。


「さくちゃん落ち着いて聞いてね。美紀ちゃんがトラブルに巻き込まれて、今病院らしいの」


「どう言うこと?トラブルって。美紀ちゃん大丈夫なの?」


「幸い命に別状はないみたいなんだけど、しばらく入院が必要になるみたい」


「トラブルって事故とかじゃないってことだよね?」


 祥子は自分のスマホの画面を櫻子に向けてみせた。


「ショッピングモールで爆発事故?負傷者多数・・・」


「これに巻き込まれたみたいなの」


「これって事故なの?」


 櫻子は普段見せない険しい表情でスマホの画面を睨んだ。


「はっきりとはわからないけど、美紀ちゃんの運ばれた病院にとりあえず向かいましょう」


 祥子はテーブルに置かれた伝票を掴むと素早く立ち上がりレジに向かった。


 祥子がレジで会計を済ませているにもかかわらず、櫻子は席に座ったまま立ちあがろうとしなかった。


 会計を済ませた祥子が櫻子に声を掛けに戻ってくると、櫻子は目を瞑ったまま何かを呟いていた。


「あいつだ・・・、あいつの仕業だ。私の大事な人を傷つけたな。許さない・・・」


 櫻子の表情を見て祥子は何か得体の知れない恐怖をかんじた。


「お姉ちゃん、美紀ちゃんのところに行こう」


 そう言うと櫻子は険しい表情のまま立ち上がり、店の出口に歩き出した。」


「さくちゃん?・・・」


 祥子は櫻子の後ろ姿を見てこの先何か嫌なことが起こるのではないかと胸がざわついた。


 病院の入り口で二人はタクシーを降りると、そこに立っていた人物に驚いた。


「水尾さん?なんでここに?」


 祥子が尋ねると、水尾の背後から警視庁の篠原が現れて、二人はさらに驚いた。


「やっぱり事件なんですね」


 そういった櫻子の狂気じみた表情を見て、水尾は驚きの表情を浮かべた。


「あなたたちには話してもいいでしょう。いいですよね篠原さん」


 水尾は振り向かず、櫻子の目を見つめたまま篠原に尋ねた。


「まあ、こうなったら無関係ではないしな。奴からの挑戦状の件もあるしな」


 櫻子と祥子は美紀の病室を尋ねたあと、病院に用意してもらった部屋で水尾と篠原が来るのを待っていた。


「美紀ちゃん寝てたね・・・」


「一応外傷はなかったみたいなんだけど、爆発の際の爆音のせいで、耳の状態があまり良くない見たい。それと頭も打ったみたいなので、しばらく様子を見るそうよ」


 祥子の話を上の空で聞いている櫻子の表情は先ほどまでとは違い、何か生気が抜けたようだった。


「大丈夫?さくちゃん」


 祥子が聞いても櫻子には全く反応がなかった。


「さくちゃん?」


 改めて祥子が話しかけると、我に返ったように祥子を見つめて


「大丈夫、心配しないで」そう言った櫻子の雰囲気は、明らかに危うげな空気を纏っていた。


「お待たせしました」


 水尾がドアを開けて部屋に入ってきた。後ろから篠原と元平も入ってきた。


 三人の後に田中も入ってくると思い祥子は元平の後ろに視線を送ったが、最後に入ってきた元平はドアを閉めた。


 水尾は脇に抱えていたノートパソコンを机に置くとおもむろに操作して画面を櫻子たちの方に向けた。


「ショッピングモールの爆発の約三時間前に届いたメールです。ニヒツからの爆破予告です。そこには田中と倉ノ下さを名指しで指名する内容が書かれていました。こちらがその本文です」


『なんだか私を捕まえる気がないようなので、こちらからアピールすることにしたよ。大規模商業施設に爆弾を仕掛けたのでそのご報告。阻止したければ私がライバルとして認めた二人に助けを求めるといいんじゃないかな?私の天敵倉ノ下櫻子と、私をあと一歩まで追い込んだ刑事田中くん。また会えるのを楽しみにしているよ。つまらないこの世の中で刺激をくれたお二人に敬意を込めて、僕は逃げ隠れなんてしないので、捕まえてみてね。』


 この文章の後に爆弾を仕掛けたショッピングモールの名称と、爆破予告時刻と、暗号らしきものが書かれていた。


「なぜ私に連絡をくれなかったんですか?」


 そう言った櫻子のまとったあまりの雰囲気に一瞬水尾は寒気がした。


「民間人のあなたを巻き込むわけにはいかないと言うのが私どもの考えです」


「恐らく病院に仕掛けられた爆弾と同じものを仕掛けたので、私に助けを求めろということではないんですか?」


「恐らくそうでしょう。しかし、何度も言うようですがあなたは民間人ですので・・」


「私が行っていればもしかしたら防げていたかも知れないっ!」櫻子が窓が震えるほどの声量で叫んだ。


 そのあまりの迫力にその場にいた刑事三人は圧倒された。


「さくちゃん、落ち着きなさい!」


 そう言った祥子のあまりの迫力にさらに男三人は面食らってしまった。


「でも・・・」そう声を絞り出した櫻子の目には今にも涙が溢れそうなほど溢れた。


「確かにそうだったかも知れませんが、この挑戦状を見た田中が絶対にあなたを巻き込みたくないと、断固として引かなかったんです」


「暗号は田中さんが解読して、ある程度の場所までは特定できたのですが、それが爆破予告時間ギリギリで・・・」

そんな元平の話を遮るように


「田中さんも捜査されているんですよね。だったら田中さんは今どこに?」櫻子は先程の迫力ある雰囲気とはかけ離れた、迷子の少女のような不安そうな表情で尋ねた。


「田中は今集中治療室です。この爆破に巻き込まれて・・・」


「そんな・・・・」


 櫻子は椅子の背もたれに力無くもたれると天井に視線をむけた。


 その目からは先程まで我慢していた涙が溢れ出した。


 その姿に刑事三人はかける言葉が見当たらないでいた。


「・・・・許さない・・・。私の大事な人を次々と・・・。私を怒らせたな・・・」


 櫻子は天井を見つめたまま呟いた。


 次の瞬間櫻子は掛けていた椅子から床に転げ落ちてしまった。


「さくちゃん?」慌てて祥子が櫻子に駆け寄る。


 祥子がいくら声をかけても櫻子に反応はない。


「大変や、元平、誰か先生を呼んできてくれ」


「わかりました」


 元平は慌てて廊下に駆け出して行った。


「何が起こったんや?」


 横たわる櫻子を水尾は不安げに見つめた。


 

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眠り姫さくらこの事件簿てきな・・・ふたつめ(京都) 川平多花 @takakawahira

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