第七章 慈愛 1

 休日のショッピングモールは人でごった返していた。


 迷子にでもなったのか、小さな女の子が大きな声で泣き叫んでいる。


 あまりの泣き叫びぶりで、彼女が発している言葉の内容は一つも分からなかった。


 普段は人混みがあまり好きではないので休日のこのような場所に一人で出かけることはないのだが、櫻子に泣きつかれたので、美紀はお目当ての店の場所をフロアーガイドで確認していた。


 お目当ての店の場所を見つけたので、その場を立ち去ろうとしたのだが、先ほどから泣き叫んでいる少女が気になってその女の子を見ると、助けを求めるような眼差しで見つめられてしまった。


 周りを見渡しても誰も彼女に歩み寄ろうとしない。


 昨今のSNSの普及によって、下手に他人に関わると何を言われるか分からなくなった事で、日本人本来の優しさが損なわれていっているように美紀は感じていた。


「どうしたの?お母さんとはぐれたのかな?」


 美紀は本来このようなことは得意ではないのだが、櫻子なら真っ先に行動しただろうと思い、彼女の行動力に感心しているだけでなく、自分も少しでも彼女のようになりたいと思い、思い切って声をかけてみたのだった。


 だったのだが、そんな美紀の不安そうな顔にさらに不安になったのか、少女はさらに大きな声で泣き出してしまった。


「あわわわ・・・、違うんです・・・許してください・・・」美紀はそれに驚いて思わず訳のわからない言葉を発してしまった。


 その様子を見ていた周りの人が美紀を怪しい目で見ていた。


「違うんです・・・、やばいい・・・、どうしたらいいの・・・」


 美紀は慣れないことはするものじゃなかったと、心の底から思った。


「何かお困りですか?」背後から優しい雰囲気で話しかける男性の声に美紀は驚き、ピョンっと三センチほど飛び上がった。


「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんですが、知った顔だったので思わず声をかけてしまいました」


 美紀が声のした方に振り向くと、そこには田中刑事が立っていた。


「田中さん、私何も悪いことしてないんです・・・」涙目で美紀は田中に懇願した。


「わかってますよ、僕もあらましを見ていたんで。その子に僕が声をかける前に遠藤さんが声を掛けたんですよ」


「助かります。何か余計なことしてしまったみたいで。やっぱり慣れないことはするもんじゃないですね」


「そんなことありませんよ。最近は迷子に声を掛けることすら他人の目を気にしなくちゃいけなくなってますからね。本来は周りの人も気になっていたんでしょうが、遠藤さんのような行動が何も気兼ねしないでできるような平和な世の中に僕たちがしなくちゃならないんです」


 そういうと田中は膝を折って少女の目線になると優しく話しかけた。


 少女は安心したのか泣き止み、片言ながら事情を田中に説明していた。


 優しく話しかける田中の様子を見て、この人が醸し出す雰囲気が櫻子に似ているなと美紀は感じていた。


 田中は少女をショッピングモールの迷子センターに預けると「今仕事中ですのでまた」と言って溢れかえる人混みに紛れて姿が見えなくなった。


 美紀ははっと我にかえると


「櫻子さんに頼まれた買い物済ませなくっちゃ」と独り言を呟き、お目当てのお店の場所をもう一度フロアーガイドで確認した。



 お目当ての買い物を済ませ、慣れない人混みに疲れ切った美紀は、カフェで一息つきながら店の外に見える人混みの流れを無意識に目で追っていた。


「お仕事って言うことはやっぱりニヒツ関連なのかな?こんなショッピングモールで一体どんな捜査なんだろう?」


 そう美紀が思っていると、何気なく見ていた人の流れが激しさを増したことに気がついた。


「あれ?何かあったのかな?」美紀がそう思ったのとほぼ同時にカフェに警備員が慌てた様子で入ってきて叫んだ


「みなさん、ここは危険ですので私の指示に従って速やかに避難をお願いします」


 その声に、店の中が一瞬静まり返ったと思った次の瞬間凄まじい爆発音が聞こえ、さらに先ほどまで見えていた店の外の景色が真っ白になっていた。


 その状況に店内はパニックになり、人々は店の入り口に殺到したが、その入り口に高身長の男が立ち塞がり大きな声で


「こちらではなく、店の裏側に非常口があるのでそちらに向かってください」と指示した。


 それは田中刑事だった。


 美紀は慌てて田中刑事に近づいた。


「田中さん、何があったんですか?」


「遠藤さん。また会いましたねって、呑気に言ってる場合じゃないか。遠藤さんも早く裏口の方へ」


 と言ったのと同時に田中は遠藤の右手を強く掴み力任せに彼女を非常口のある店の奥にぶん投げた。


 次の瞬間カフェの入り口が凄まじい爆音で吹き飛び、店の中は真っ白になって何も見えなくなった。


 美紀はあまりの出来事に呆然と床に寝転んだままになっていたが、慌てて店の入り口に視線を向けた。


 そこには先ほどまであったガラス製の分厚い自動ドアは無くなっていて、美紀を掴んで投げた田中の姿はどこにも確認出来なかった。


「田中さん・・・・?。ウソ・・・・。そんな・・・」


 爆音によって聴力を失った美紀の耳には微かにサイレンの音が聞こえていた。 


 

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