第六章 悲哀(否愛) 4
「なんなのその格好とその表情は。いい加減に切り替えなさい」
祥子は事務所のソファーにとんでもない格好で寝そべっている妹を注意した。
櫻子は二人がけのソファーに仰向けに寝て、お腹に抱えた饅頭をモチーフにしたクッションを拳でボスボスと音を立てながら殴り、その表情はこれでもかと言ったような膨れっ面をしていた。
「怒れるラッコですね・・・」美紀はその櫻子の様子をそう例えた。
「美紀ちゃん・・・。そこはそんなにうまく言わなくていいから、なんとかその子の機嫌を直してちょうだい」
「そう言われましても、櫻子さんが私の言うこと聞くくらいなら、祥子さんの言うこと聞いているでしょう?」
祥子はそう言われて何も言い返せなかった。
「水臭いと思わない?何年の付き合いだと思っているのかな?私ってそんなに信用ない?相談すらしてくれないなんて・・・。あ〜さらに腹立ってきた」
そういうと櫻子はさらに強度を増した拳をクッションに叩き込んだ。
「あれから警察の方からも何も連絡ありませんね」
美紀はカレンダーを見ながらそう言うと、横目で櫻子の表情を確認した。
南川小夜子が病院から姿を消してから約一ヶ月が過ぎていた。
ニヒツの事件もその後なんの進展も見せていないようだった。
世間もこの事件の話題をほとんど取り上げなくなっており、櫻子のドラマの仕事の今後も未定となっていた。
教えられていた小夜子の住んでいたとされる住所にも足を運んでみたが、住んでいた形跡こそあったものの、ほとんど生活感のないその部屋の雰囲気は、櫻子達が知っている小夜子のイメージとはかけ離れた物だった。
「こうなったらやけ食いだ。美紀ちゃん今日のお昼は激辛料理でストレス発散だよ。いつもの韓国料理屋に行こう」
三人は事務所の近所にある行きつけの韓国料理店を訪れ遅めの昼食を取っていた。
「いつものカンジャンセウあるだけ持ってきてください」
櫻子が店員にそう言うと、それを聞いた女性店員は面食らったような表情で
「あるだけですか?」と聞き返した。
「冗談です。それを三人前と、あとこれとこれをお願いします」
祥子はメニューを指差しそう言うと、櫻子を見て少し微笑んだ。
「やけ食いはダメですよ櫻子さん。小夜子さんのことが納得できないのはわかりますが、もっと建設的な解決方法にしましょう」
「美紀ちゃんの言うとおりよ。小夜子にもそれなりの理由があると思うの。会えたらその理由を真剣に聞いてあげるのが私たちの出来ることよ」
「でもでも、私・・・・」
そう言うと、テーブルに持ってこられたカンジャンセウを両手でつかみ口に放り込んだ。
「美味しい・・・、グスッ・・・・」
祥子と美紀も涙目でエビを頬張る櫻子を見ていて少し涙ぐんだ。
その頃、大阪府警の水尾と元平は警視庁を訪れていた。
「まさかこんな風にあいつと仕事することになるとはな」
水尾は窓の外の景色を見ながらつぶやいた。
「頼みますから仲良くしてくださいね」
元平は少し口角を上げ水尾を見つめた。
「まあ、あいつの態度次第やろうな」
そんな元平の視線を避けるように、再び視線を窓の外に向けて水尾が答えた。
今回、ニヒツ対策に少数精鋭の特別チームが警視庁内に組まれることとなり、大阪府警からも特別招集という形で、ニヒツと直接接触した水尾と元平も呼ばれたのだった。
警視庁の田中が独自のルートから掴んだ情報からある外資系企業におかしな取引の形跡があり、その取引の詳細を捜査していた二課から上がってきた情報の中に、現在行方不明になっている南川小夜子の情報が含まれていた。
その情報は、南川小夜子が住んでいたハイツの契約時に、その会社が仲介していたというものだった。
小さな部屋で向かい合わせに座った刑事四人は、机の上に置かれた膨大な捜査資料を見つめて黙り込んでいた。
「で、お前ともあろうものが、直接接触しておいて取り逃したわけか」水尾は捜査資料を片手にぼそっと言葉を発する。
「お前も似たようなもんだろ。病院送りにされてたんだから」田中も水尾に目を合わすことなく、捜査資料に視線を落としたままつぶやいた。
「お前らな。俺たちが戦うべき相手はコイツだぞ。はき違えるな」
篠原は、机に置かれたニヒツからの挑戦状を指差して二人を睨んだ。
「まあまあ、みなさんそんなに殺気立たずに、リラックスしていきましょう」
元平はいつもの優しい表情で三人に諭すように言った。
「お前に言われんでも分かってる」
「俺もだ」
「当然だ」
三人は揃って答えた。
「やられっぱなしは僕も嫌なんで、この最強メンバーで奴に一泡吹かせてやりましょう」
元平はそういうと右手を机の上に出した。
「なんや?」水尾は怪訝そうに尋ねた。
「いや、頑張っていきましょうの意思表示をしようかと」
「そんな小っ恥ずかしいことできるか」田中少し顔を赤らめて言った。
「まあそれもいいかもな。ほら水尾も田中も手を出せ」
「まあ篠原さんが言うなら・・・・」
水尾は渋々元平の手の上に自分の右手を重ねた。
「ほらお前も」篠原が田中をせかす。
「わかりましたよ」田中も渋々水尾の右手に自分の右手を重ねる。
篠原が田中の手に右手を重ねると元平がニヤッと笑って
「じゃあいきますよ、ちょーし乗ってくぞー」
「なんやそれ、もうちょっとなんかないんか?」
「なんかやる気出てきたよ」
田中は笑顔を浮かべると元平の肩をポンポンと叩いた。
「そうでしょう?」
元平は得意げな表情で答えた。
篠原と水尾はお互いの顔を見合わせて、首を傾げた。
「あれ?二人とも知らないんですか?倉ノ下さんの気合い注入法ですよ。ご機嫌でしょう?」
「元平。お前なんでそんなこと知ってるんや、こいつやったらいざ知らず」
「いや〜、僕もファンになっちゃいまして。倉ノ下さんの動画見まくったんですよね」
「これからは水尾とじゃなくて俺と組むか?」
「それもいいですね」
「勝手にしろ」
水尾は明らかに機嫌を損ねていた。
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