塩義妹の検索履歴がヘンタイなことになってた

燈外町 猶

第1話

「ただいまぁ〜」

 今日も今日とて地獄のようなソフト部のシゴキを終え帰宅すると、ちょうど義妹がリビングから出てくるのとタイミングが重なった。

菜季なき、ただいま」

「…………ぇりなさぃ」

「…………」

 一瞬目が合うも、露骨に視線を切って階段へと向かう義妹へ、姉として情けなくなりつつも憤りが上回る。

「おかえりくらいしっかり言ってくれてもいいんじゃない?」

「……言ったし」

 言ってないし! とムキになったところで暖簾に腕押しなのは承知済み。それより今は別の用事があった。

「はいはい。……ねぇ菜季、ちょっとお願いしたいことが——「知らない」

「ちょ、菜季、ねぇ!」

 スタスタと。私の言葉をけるように、関わりをけるように、菜季はあっちゅうまに階段をかけ上げると部屋が閉まる音が響いた。

「…………」

 あーそうですか、そっちがそうくるならこっちだってねぇ、いくらでもやりようはあるんだから!


×


 土曜日。菜季が調べ物と宿題のために図書館へ行ったことを確認してから、彼女の部屋へと忍び込んだ。

 こっちはこれまでに何度も対話を求めたからね、無視してきたそっちが悪いんだからね。

 とはいえ。

「……さっさと済ませてさっさと戻ろう……」

 義妹の部屋にこっそり侵入する義姉。客観視してみれば批難は当然の模様。私は勉強机に置かれているノートパソコンを拝借して自室に戻った。

 盗んだわけじゃないからね!? もともとこれは、菜季と私の共用のパソコンだったのに、いつの間にか菜季の部屋が定位置になって、菜季専用みたいになっちゃっただけだから! 私のものでもあるんだから!

 ……普段、調べ物もゲームもスマホがあるからパソコンはいらないんだけど、今回ばかりは……学校の課題を仕上げるのに……ワープロソフトが必要で……。

 でもでも、文章書くのはスマホのメモ帳で殆ど完了してるから、あとはこれをパソコンに同期して、体裁を整えて、USBメモリーに移してコンビニでプリントすればOK!

 大丈夫、一時間もかからない。菜季にバレて今以上に好感度が下がる、なんてことは回避できるだろう。

(そういえば、コンビニでプリントするのっていくらくらい掛かるんだろう)

 そんな疑問が不意に脳裏を過ぎり、何気なくブラウザを立ち上げて検索スペースをクリックした瞬間――。

【義姉 結婚】

【義姉 えっち】

【結婚 何親等まで】

【義姉 振り向かせる】

【義姉妹百合 おすすめ】

【姉 お姉ちゃん 呼び方変えるタイミング】

【すこ 意味】

【腋フェチ 普通】

「…………なに、これ」

 ずらりと現れたのは……おそらく、以前検索されたワード。

 なんか……私が主語になってるの多くない……?

 というか、え、腋フェチ? 菜季のイメージから一番程遠いんだけど……。

 不安に震えだす指先は勝手に【履歴】へマウスカーソルを動かし、そこにあった検索ワードは……。

【腋フェチ 正常】

【腋フェチ 悪くない】

【腋フェチ 引かれない】

 なんか肯定を求めてる!?

 えっ、そうなの? 菜季ってそうだったんだ。そっか……いやでも人の趣向は人それぞれだからね……私はあんまり……わかんないけど……。

 ふー…………ん。そうなんだぁ……。


×


「おかえり、菜季」

「……ただい、マッ!?!?!?!!?!??」

「なに? どうしたの?」

「い、いえ……」

 いや絶対『いえ』じゃ誤魔化し切れない『マッ!?!?!?!!?!??』が出てたじゃん。

 はぁ……確定か……。

「…………」

「…………」

 いつもならすぐ自分の部屋に去っていく菜季が私の目の前で微動だにせず、やや血走った視線を飛ばしてくる。

 その理由わけは……私が、普段なら絶対に着ないタンクトップを、身に纏っているからだろう。

「今日ご飯ちょっと早いって。六時になったらリビング降りてきなよ」

「ぁ……は、はい……」

 菜季が足から根を生やしたように固まってしまったので、私の方から移動。

 あぁ、確定だ。私の義妹は、その……とあるフェチズムに脳を侵されているらしい。

 まぁいいや。これを機にもうちょっとでも距離が縮まればそれで。いつまで経っても塩対応とか悲しいもんね。


×


「珍しいわねぇ、真弥沙まやさがタンクトップなんて着てるの」

「んー最近ちょっと暑いしねぇ。これなんとなく買ったはいいものの全然着てなかったしちょうどいいかなぁって」

「そう。……ね、ねぇ菜季ちゃん大丈夫? 具合悪い?」

「い、いえ……」

 夕餉の時間、なぜお母さんが菜季を心配しているのかといえば、もうポロッポロ箸からご飯を落としているからだ。

「昨日の体育の授業で……少し、筋肉痛気味で……」

「あらそうだったの。無理しないでね」

「はい。ありがとうございます」

 嘘つけーぃ! さっきから私(の腕と胴体の繋ぎ目)にチラッチラ視線をやってるからでしょうが!

 なにそんなレベルなの!? そんなに気になってしまうものなの!? お母さんのこんなに美味しいご飯でも意識を逸らすことができないの!?

「ごちそうさまでした」

「どうしたの? ずいぶん早いわねぇ」

「終わらせないといけない宿題があって」

「そう。頑張ってね」

 私のせいでお母さんのご飯が粗末に扱われるのはあまりに忍びない。急いでかきこみ席を立って自室に戻った。

 ……はぁ、なんかもうちょっと怖かったな。やめとけば良かったかも。……着替えるか。

 なんて思い立ってクローゼットを開けた時。

「姉さん」

 鳴り響くノックの音。そして続く、菜季の声。

「なに?」

「勉強を、教えて欲しいのだけど……」

「えっうん! もちろんいいよ!」

 おぉ! これはすごい! 早速距離が縮まったじゃん良かったぁ恥ずかしい思いした意味があっ……た……?

「菜季、この英文、単語全部スペルミスしてるけど」

「……あっハイ」

「菜季……その式は当てはまらないよ」

「…………あっハイ」

「菜季……この小論文、なんで全部ひらがななの?」

「……………………あっハイ」

 ……違う、この子……腋を見に来ただけだ……。

 ローテーブルを挟んで座り合っているものの、菜季の視線はノートよりも教科書よりも正面に集中している。はぁ……。

 でも……いつも冷たい菜季が私(の体の一部)に興味を示してくれてるの……なんか嬉しい気がしなくもないな……。そんなに好きならちょっとくらいサービスしてあげるか……。

「髪の毛邪魔だなぁ」

「ッ!!!!?!?!?!?!?!?」

 適当なヘアゴムを手に取り、適当に後ろ髪を結うと、目を血走らせながら握っていたシャーペンをへし折った菜季。こわ。

 流石にまずいと思ったのか、菜季は懺悔でもするように首をもたげ、視線をひたすら落として勉強に集中する……フリをしている。

「ん~……ちょっと休憩する?」

「ッ!?!?!?!?!??!!?」

 しかし。私が両手を持ち上げ背伸びをしてみせれば、弾かれたように顔面が持ち上がり、瞳孔の開いた眼から狂気じみた視線が飛んできた。

「……きゅ、け? し、ま、す?」

 いやもうなんか怖い通り越して面白いよ。というか人間らしい面が見られて普通に可愛いよ。


×


 さて。

 菜季と(意図しない方向で)急接近した日から一週間が経ち、再び訪れた彼女の不在時間。

 高まる好奇心を抑えることができず、私はそそくさとパソコンを拝借してしまった。学校の課題とかもう終わってるのに。

 起動してすぐ立ち上げるブラウザ。そして見ゆるは履歴一覧。

 私としては、この間あんなに見たんだしもうあのフェチにはもう飽きて、普通にこう……うなじフェチとか足フェチとかえくぼフェチになってくれていることを祈っているんだけど……。ええい! ままよ!!

【義姉腋 至高】

【腋水 なに】

【タンクトップ おすすめ】

 Oh……。悪化してる……。

【小型カメラ おすすめ】

【小型カメラ バレない 設置場所】

【バレない 設置】

【良い角度 部屋】

【良い角度 洗面所】

 ん……? えっ、なんか急に物騒に……。

【エッチコンロ 点火するとどうなる】

【GPS おすすめ】

【監視 二親等】

【監禁 軟禁 違い】

【姉 監禁 バレない】

 やば過ぎる……。早く何とかしないと……!

 フェチか!? フェチが私の義妹を狂わせたのか!? そんなに……法を犯して支配下に置いてでも堪能したいものなのか!?

 はぁ……やっぱり今日もタンクトップを着るしかないか。菜季が飽きて、熱が冷めて、塩対応でもフェチ目当てでもなく、普通の姉妹として仲良くできる――その日まで。

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