F推理研究会 完結編




[F推理研究会 完結編]






「――ところで」



 私は目の前の女を見据えて尋ねる。




「ドリアンダイヤと絵画『果汁に溺れる少女』を怪盗グアバがいかにして盗んだのかは解明できましたか? 三重ロックの密室と被害者がいる中での数秒の密室です」



「さて」


 と彼女は首を傾げる。



「生憎、マジックには興味がないので」



 その言葉を待っていた。


 私は笑みを押し殺して、目の前の女の鼻っ柱を叩き潰してやる。




「いいえ、ミステリの話です。


 稿

 




 ――?」






「――は?」




 その反応で充分溜飲が下がった。

 当然だ。作者すら理解していない真相を叩き付けてやる。それがミステリの勝利条件であるというのが、今の私達の共通認識なのだから。



「巷では、『伏線回収が気持ち良い』なんて言葉が使われがちですが、


 ほら、私達はこんなにもで遊んでいる訳ですし、


 『気持ちが悪い』レベルの伏線を目指しましょうよ。



 だから、ね? 貴方の作品の中に隠されている、作者にすら気付いて貰えていない可哀相な伏線さん達を、私が余すことなく回収して差し上げます。怪盗の名に恥じぬように、狂気的に、執念深く、愛を込めて――ね」




 私の挑発を受けながら、目の前の女は必死に頭を働かせている。


 けれどもう、考える時間なんて与えてやらない。




 ――





「――この原稿の1ページ目には、F推会における六つのルールが記載されていますよね。何度も確認したくなるような情報は、作者が気を利かせて冒頭に掲載する。本格ミステリにはよくあることです」




 女が息を呑む。真相に気付いたようだ。

 無論、答えさせてやらない。


 私は一方的に畳み掛ける。




「でも、こんなものを本文の前に置いちゃうと――





 





 実際、『鈴の音』の詰めは少しでしょう。

 『昔から』『いつも』という表現は、






 






 




 。『作中の最終的な解決が、本当に真の解決かどうか、作中では証明できない』。





 ――? 





 前提として、『作中作』や『ゲーム内における台詞と地の文』、その他、ミカンやカシスによる『ミステリ談義』等々、個々のパートで登場するワードの処理方法は、第四話参照です。

 『犯人とはそのゲーム内のものだけを示す』に代表されるように、第四話では、その辺りの感覚の問題に対する捉え方がレクチャーされています。

 問題編である第四話時点で、この部分の方向性が決定付けられているのであれば、それは解答を組み立てる際の条件として受け入れるべきでしょう。




 ――さて、この原稿そのものに六つのルールが適応されているのであれば、


 大怪盗の正体に至るまでの推理をルールAとルールBで補強すると、もはや別の犯人像が浮かび上がる余地は存在しません。



 そうなると、ハウダニット――怪盗グアバの犯行方法に対する解法は二つありますね。




 一つ。ルールCにより、ドリアンダイヤの事件に関するカシスの証言自体を虚偽として処理する方法。


 二つ。同じくルールCにより、ミカンのとある台詞を絶対的な真実として鍵にする方法。




 一つ目の方法を選べば、カシスの口から語られる事件の詳細自体を無かったことにできます。しかしこれでは、最終話の事件を解決できません。

 問題編は第四話までなので、それでも及第点ではありますが、どうせなら、より強固な二つ目の方法で参りましょうか。






 ちゃんと着いて来れてますか? ?」






 


『ところでミカンちゃんは、怪盗グアバがどうやってドリアンダイヤを盗んだと考えているのですか?』


 ふと気になって、そんなことを尋ねる。


『野暮ね。








。】。




 そして【犯人は『メロン、ザクロ、スモモ、リンゴ、ミカン、』の中に存在しなければならない。】。


 更に。あらゆる意味で共犯が存在してはならない。】。




 (=




 だから、かの大怪盗は、ドリアンダイヤと絵画『果汁に溺れる少女』を華麗に奪い去ることができました。






 ――






「ま、待ってください。そんなことを認めれば叙述トリックが――」



「――大丈夫です。








 怪盗グアバ。それは、近頃この辺りに出没する謎の怪盗の名前である。

 。実体のない、変幻自在の大怪盗。現場にカードを残すというフィクションのような稚拙な行動を取るが、その盗みの手口は鮮やかで、最近では妙なファンまでいるらしい。








】。




 これにより、怪盗グアバは『男でもあり、女でもあり、大人でもあり、子供でもある。』ということになりました。




 




「そ、そんなファンタジーの浸食――」




「――【『。】。

 




「だからって、そんなトリック――」




「――。】。

 





 ――――





 QED。今度は勝利宣言だ。


 総合的には引き分け、いや、それでも私の負けかも知れないけれど、一方的に蹂躙されるという事態は避けることができた。


 優越感と劣等感をわけあって、しばらく無言で対峙する。




 やがて、


「……まぁ、いいでしょう」


 と、目の前の女が挑発的に笑った。


「いくつか反論の余地もありますが、どうせ泥沼な屁理屈合戦になるだけでしょうから」



 それを負け惜しみだと断じることができない。

 油断すれば、いつでも切り返されるような気がする。




 果たして彼女は、




「ところでこの原稿――」




 悪意的な笑みで、





「――、『?」





 私の不安を的中させた。

 その質問の意味を理解する前に、先程の意趣返しだと言わんばかりに、ソイツは畳み掛ける。




「作中に登場している日付と曜日ですよ。きちんと明記されていて、推測なしで確定できるのは以下の六つです。



 )。

 )。

 )。

 )。

 )。

 そして――)」





「そ、それがなに――」





「――





 『第四話』までに登場する4月の日付は、全て同年の曜日と一致しています。

 ですが、『最終話』に登場する5月4日のみ、




 




「そ、その程度のことを――」




「――




 






 曜日が一致していないなら、ここが世界の終着点。






 






 ――――






 いやはや、自らバッドエンドを確定させてしまうなんて、貴方は随分とマゾい怪盗さんなんですね? ――笑っていいですか?」





「…………」





「作者の工夫を見抜くことこそが、ミステリを暴くということ。それが『Fブラックチョーク消失事件』の作者さんの主張なのでしょう?

 貴方、『次回から問題文は一言一句しっかりと読みましょう』なんて言ってた張本人なのでしょう?



 なら、さっきので勝った気になるのは甘いでしょう。



 しかし貴方がそんなにも人生の終焉を望むなら、現実世界のわたしも通報を余儀なくされますね?

 どうしましょうか。ミステリに警察が登場するのは、あまり好きではないのですが」



「馬鹿な。ここまで来て、そんな無粋なことを」



 情けない問いかけ。だが、コイツが私のように『お遊び』や『楽しみ』を一切考えていない堅物であれば、それは無粋でも何でもない重要な不確定要素だ。



 しかし――




「あはは。安心してください。ちょっとしたブラックジョークです」

 私を心底馬鹿にしたような笑みで、ソイツは続ける。



「わたしがその気ならとっくに動いていますし、あんな遊び方もしません。そんなことくらい、貴方も16日前からわかっているでしょう?」



「……『ライバル』という言葉に偽りはありませんね?」



「ええ。あくまで遊び相手として、ゲームとして、そして――」



「――同じ部員として?」



「ええ。今はそれに加えて『挑戦状を叩きつけられた者として』という意味も込められていますが」




 挑戦状。そうだ。




「ああ……あれは私の完敗でした」



 12日前のゲームのリベンジだって、私はまだ果たしていない。



「ご謙遜を。あんな失態を犯した時点で、借りを返さなければならないのはわたしの方です。

 貴方は探偵グレープに危機感を抱いてすぐに、挑戦状を叩きつけて力量を試した。そして、無論このわたしにも同じことをした。


 わたしはそれを予想していたにも拘わらず、やり込められてしまった。だから貴方は『今すぐに対処するべき脅威ではない』と判断し、グレープもろとも放置した。違いますか?」



 その通りだ。

 思い出しただけでも顔が紅くなる。

 翻弄されているのは自分の方だとも知らずに、このような体たらく。作中で揶揄されたように、未熟な怪盗であることを認めざるを得ない。


 けれど、これ以上の敗北宣言は流石に恰好がつかない。

 そんなちっぽけなプライドが邪魔をして、私は話題を逸らす。



「……それにしても、『青春』ってのは何の話かと思いました」



「ん? ああ、あれですか。まぁ、適切な表現でしょう? 人の物を盗んで隠し、暗号として出題して遊ぶなんて児戯、青春以外の何物でもないです。少なくとも、青春を卒業した社会人がすることではありません」



 ズキリと胸が痛んだ。



 怪盗としての矜持を、こんなにも自然に傷付けてくる相手は初めてだ。




 それでもソイツは、私の変化なんて気にせずに続ける。




「同じ部活に探偵と怪盗がいて、その成長を見守れるなんて幸せなことです。

 でもどうせなら、自分もなんらかの役割で参加したい。そう思うのは必然でしょう?


 だから、部室では学生同士、その他の場所では、いつ本戦が始まるかわからない。そんな楽しそうなお遊びの末席を、わたしは汚させて頂くことに決めました。


 脇役みたいなものですが、でもまぁ少しだけ、意地悪なこともするので覚悟しておいてくださいね」




 一方的なオーバーキルと、更なる宣戦布告。



 心が折れて、戦意が失せて、私はつい――




「……『読者への挑戦状』の直前で、私にカシス君とのを尋ねて来るというのは、読み手にとっては悪意的過ぎはしませんか? いくら何でも、そこまで人を騙すことに全力投球だと気持ちが悪いです」




 ――つい、そんな泣き言を零してしまう。




 無論、許して貰えるはずもない。





「――ソレ、本気で言ってますか?




 第四話終了時点で、視点人物の相違も、怪盗グアバの正体も推理可能です。

 つまりそれは、




 それが、どんな意味を持つか理解できていますか?




 『怪盗グアバと探偵グレープの対峙が終わった後、物語のクライマックスで、主人公であるイチゴの前に、悪意を持ったが現れる』




 ――




 それを推理材料やヒントではなく、トラップとしてしか受け取れないなんて、貴方はまだまだ鍛え甲斐がありそうですね?」





 …………なるほど、彼女はネクタリンなのだ。


 かの悪魔が口にする悪意的な虚偽と煽りは、探偵と怪盗の二人のみならず、読者をも翻弄する。




 せめて、何か言い返したい。

 もう一矢くらいは報いたい。

 そうしなければ気が済まない。



 けれど私が切れるカードは、もう一枚しかなかった。





「――





 

 ベールに手をかけるように、私はあえて、ソイツの名前をそんな風に呼ぶ。

 三つの正体の全てに、自力で辿り着いたことだけは誇りに思いたかった。



 けれど彼女は、



「――さて、この原稿、どうしましょうか?」



 何事もなかったかのように追撃を続ける。

 だからこの会話は、既に私の敗北で幕を閉じているのだ。



「そうだ。例えばこんなのはどうですか?」



 原稿の束を抱えて立ち上がり、Mは私を見下すように笑う。


「――インターネットの投稿サイト。物語の海の中に、コレを放り込みましょう」


 それを安易なメタネタだと笑うことが出来ない。

 だって、それが意味することは――




「怪盗の本領を発揮して、貴方は今からこの原稿を奪う。

 わたしは目の前の大怪盗を打ち負かし、屋上でのこのやり取りを書き足した小説を投稿する。


 けれど勝負の結果までは描かない。、『




 。――この意味がわかりますか?」



 

 口角を歪めて、ソイツは宣戦布告する。









「……つ、つまり?」





「それが成り立つのは、貴方が今からわたしに負けた場合のみ――という訳です」





 稿




 





 ――





 本編の『結』は空白なのに、空白である事実そのものを物語の結末にしてやるとコイツは言っている。








 『?』








 目の前のコイツが勝手に描写しやがった、カシスの――私自身の台詞を思い出してしまう。








 『キャラクターが絶望的な目に合うってのは、エンタメ的に楽しまれたりするでしょう。でもさ、その時、そのキャラクターは、強烈なスポットライトを浴びて、劇的に描写されている訳だ』








 『、『








 『勿論、物語である限りそれは不可能だ。

 どんなフリがあっても、描写されていない限りは、希望があるからね。

 勝っている可能性を否定することはできない。

 だからフィクションは安全地帯なんだ』








 

 

 








「あ、ようやく『』に気が付きましたか?











 そうです――貴方の運命が、です。








 



 








 ああ、そうだ。『Fアップルパイ盗難事件』に別解があることが後出しにならないように、エピローグのラストには初投稿時の時点で『隙は六つ』なんてヒントを記載しておくべきですよね?




 ――あ、ごめんなさい独り言です。


 と言うか、貴方、まだいたのですか? もう用済みのキャラクターですよ?

 とっとと、メタネタでメタメタにされてください」








 ………………。





 使




 

 







 ――





 だから――私はソイツを見据えて宣戦布告する。





「いいでしょう。ただし、何かを仕掛けるのは常に――」





「――あははっ!」





 童女のような無邪気さ――を装った――悪質な笑い声を上げて、ソイツは私の言葉を遮った。




 そして、




 とてもとても愉快そうに腹を抱えて、




「あはははははは! それそれ! ホントもう、うんざりしちゃうほどに下らない固定観念ですよね? どうせ、貴方も彼女も、『探偵と怪盗の戦いが幕を開けた!』なんて日を本気で待ち望んでいるのでしょう? 始まりませんって! そんな小娘同士のオママゴトは! F推会で少しは鍛えられたかと思ったけれど、結局はどう足掻いても、自分という『現実』からは絶対に抜け出せない石頭ちゃん。思考と遊びに伸び代がないソノ頭では、どう足掻いても絶対に、真の『F』に到達することなどできやしませんよ。――でもでも、まぁ大丈夫です。貴方みたいなモブ主人公には必ずプリインストールされていますからね。そういう傀儡みたいな思考って! あはははははははは!」






 …………………………。





 ……………………。





 ……ああ、訂正。





 幕を開けたのは、確かに、探偵と怪盗の児戯を描いた可愛らしい童話ではないようだ。


























 ミステリなんだから、そろそろ殺人事件が起きなきゃ――ね?































(※この物語はフィクションです。)






























【おまけ】



・Mの正体(三種類の名前)

・六つのF(第一話参照)

・12日前のゲーム(本ページ参照)

・街の名前だけが異質である理由(えふ苑街おんがい

・街を取り囲むラクガキだらけの黒い壁(第二話・第三話参照)




『好敵手の本性の三文字目を、次の共通しない頭と入れ替えろ。完成した四文字は街の中で混ざる』(第三話参照)




(イチゴが勝利している可能性が存在するか否か)





〈完〉





 この物語を見つけてくださったことに、心より感謝申し上げます。


 それでは――いつかまた、どこかで。











[【F推理研究会 番外編】へ続く]

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