VS怪盗グアバ 果汁に溺れる少女戦 ヒント




[VS怪盗グアバ 果汁に溺れる少女戦 ヒント]






『B9A13ヤ三C10C7オB16A9B1ロ。

 共通している頭を落として分解せよ。』







 ………………





 その時ようやく、私は気が付く。



「……これって、もしかして」



 何時間も、この暗号と睨めっこしていた甲斐があった。

 それにしても、このヒントは悪意的だ。



「『B9』、つまりは……」



 パチリパチリと、頭の中でピースを嵌めていく。



「えっと……もしかしてお姉ちゃん、解けたとか?」

 カシス君が、私の顔を不思議そうに覗き込んでいた。

「あ、いえ、まだ考え中です」

 頭を整理する為に、最初から考え直そう。



「まず」

 と、私は口を開く。

「アルファベットと数字はセットな気がします」

「うん、確かにその二つは常に連続してるよね」

 と、カシス君が答える。

「なら『A19』は『Aのイチとキュウ』ではなく、『Aのジュウキュウ』と読むべきなのかな?」

「『アルファベットの後に数字が連なる』という法則性があるので、それは間違いないと思います。


 しかも親切なことに、八文字目の『C』の手前にある『三』は漢数字で記されています。考えるまでもなく、『数字の後にアルファベットが連なる』というのは誤読でしょう」



 前回もそうだったが、怪盗グアバからはフェアプレイの精神が感じられる。

 七文字目が算用数字なら難易度が上がっていただろうが、問題を悪戯に複雑化することはないのだ。



「えっと」

 と、カシス君は指を降りながら続ける。

「となると、解読後に現れるのは、十一文字で構成されている文章ってことになるね」



「ええ。『B9』『A13』『ヤ』『三』『C10』『C7』『オ』『B16』『A9』『B1』『ロ』に分解して、『アルファベット+数字』の部分を解読する。そういう暗号です」



 三文字目が『ヤ』、四文字目が『三』、七文字目が『オ』、十一文字目が『ロ』、これらはそのまま読めば良い。問題は、他の七文字の変換方法を見つけられるか否かである。



「『共通している頭を落とせ』ってのが気になるよね。同じ頭――つまりは同じアルファベット同士を統合して数字を足すとか? で、アルファベットを切り捨てて、数字だけで考える――って、意味不明か」



 そうなのだ。このヒントを用いて、直前の暗号文に手を加えようとすると、間違った方向へ進まされる。



「うーん」

 と、カシス君は独り言を続ける。

「あ行がA、か行がBみたいな感じで、『A5』なら、あ行の五番目で『お』とか? ――いや、それにしても」



 ……うん、きちんと整理ができた。

 やはり、これで間違いない。

 ならば、もう答えを言ってしまおうか。



「――――」




 口を開きかけた所で――私はふと、とんでもない可能性に思い至った。




 そうだ。

 思えば、あの日から違和感を抱いていた。確証はない。ただ、保険は打っておくべきだ。


「お姉ちゃん?」


 カシス君が何かを言う前に――


「――閉店だよ」

 番台のビア婆ちゃんが大きな声でそう言った。


「え? 閉店?」

 カシス君が、きょとんとする。F推会の詳細を話すのに時間を割き過ぎた。

 しかし、そのこと自体は僥倖だった。



「――はやく出ましょう、カシス君」



 彼の手を引いて、私達はハスカップを飛び出す。




 本当に、ギリギリだった。

 グアバは、私が『気付いた』ことにも気付いただろう。



 かの怪盗は今回、大博打を打った。そして、その勝負の勝者は私だ。

 ここに来て逃げるなんて情けない真似はしないだろう。『楽しむ』ことを重視するなら、負けは素直に認めなければならない。



「カシス君、今日はもうお別れです」


「……えっと」

 小首を傾げながら、

「何かに気付いたの?」

 カシス君は真剣な眼差しで私を見つめる。



「ええ、ケリを付けに行きます」

 私も同じような眼差しで、その瞳を見つめ返す。



 数秒の沈黙の後、



「……そっか、じゃあまた、教えて貰える日を楽しみにしているよ」

 カシス君はそう言って、ゆっくりと踵を返した。




 スーパー銭湯『ハスカップ』。

 その入り口に、私だけが残される。

 この銭湯の閉店時間は、午後11時50分だ。実際は午前0時なのだが、いつもこの時間に追い出される。



 ポケットから携帯を取り出し、アラームをセットする。



「――フィクションみたいな世界だ」


 呟いて、私はその場に座り込む。






 そして―― 三時間くらい星空を見上げた。



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