VS怪盗グアバ 果汁に溺れる少女戦
VS怪盗グアバ 果汁に溺れる少女戦 プロローグ
[最終話 VS怪盗グアバ 果汁に溺れる少女戦]
娯楽新聞ヤマボウシ・第六六号
【怪盗グアバ再び!
4月29日。午後9時頃。話題沸騰中の鬼才の画家・マプラーン先生の画廊より、未発表の作品が数点盗難されるという事件が発生した。
現場には、『怪盗グアバ』のものとみられるカードが残されていた(後の捜査で、警察がこれをグアバ本人のものと断定)。
しかしこの事件は、マプラーン先生本人の手により同日中に解決された。今回本誌では、かの怪盗の暗号とその解法を同時に記載したいと思う――】
娯楽新聞ヤマボウシ・第六七号
【怪盗グアバの反撃!
5月1日。午前6時頃。スーパー銭湯『ハスカップ』にて盗難事件が発生した。盗まれたのはマプラーン先生の名画『果汁に溺れる少女』である。
当該絵画は、女湯の最奥に飾られていたが、従業員が目を離した隙に煙のように消失。客のいない早朝の出来事であった。
絵画のあった場所には、『怪盗グアバ』のものとみられるカードが張り付けられていた(後の捜査で、警察がこれをグアバ本人のものと断定)。5月4日現在、カードに記されていた暗号を解明した者はいない】
5月に入ってからずっと、私はF推理研究会に飢えていた。
『F茶筒塔の殺人』を巡る攻防は、F推会の在り方に大きな決着を付けた。
小さな戦争のような推理ゲームも、次回からはもう少し平和的に行われることだろう。だからもしこれがフィクションなら、その後の日常はエピローグという名の蛇足である。
しかし、リアルの世界はどこまでも続いて行く。
私はこれからも毎週、F推理研究会の問題を楽しむ権利を有しているのだ。
ああ、楽しみだ。来週の出題者は誰だろう? 誰であっても心が躍る。
そんな風に期待を膨らませていた呑気な私は、その『来週』がゴールデンウィークの真っ只中であることに、前日になってようやく気が付いた。
『Fアップルパイ盗難事件』では、夏休みにも推理ゲームが行われているなんて描写があったが、現実のF推会はそこまで活動熱心ではない。休日はただの休日である。道理で、次回の約束がなかった訳だ。
『待て』と言われた子犬のような飢餓感。
しかし、それを満たす宴会への招待状は、予想外の方向から差し出された。
――怪盗グアバ。
苦い記憶を刺激する、目が覚めるような名前。
邂逅も交戦も、きっと必然だ。
5月4日。月曜日。午後9時。
閉店間際の、スーパー銭湯『ハスカップ』。
そのロビーで、二週分の『娯楽新聞ヤマボウシ』を広げる。
先週分と今週分。一面はどちらも、怪盗グアバがマプラーンという画家の作品を盗んだ事件である。
重要なのは、今週分だ。
三日前の早朝に、このハスカップで起こった未解決事件。
ギリリと、私は奥歯を噛み締める。
グアバめ。なんて事をしてくれるのだ。
ハスカップは、私の行きつけの秘湯である。人の少ない、静かな静かな癒しの場。
それなのに――
グアバ効果で、少し繁盛してしまっている。
最悪だった。
まさか私の聖域で。いや、私の聖域だからこそ、だろうか?
宝石店『カリン』からドリアンダイヤが盗まれた前回の事件で、怪盗グアバはなぜかこの私に挑戦して来た。
つまりこれも、私への挑戦である――という結論は、決して自意識過剰ではないだろう。
ならば、望む所である。
何度も読み終えた新聞に、もう一度視線を落とす。
今回盗まれたのは、『果汁に溺れる少女』という名の絵画である。
ハスカップの女湯、その最奥に飾られていた奇妙なセンスのラクガキだ。
無論、常連の私はそれを何度も目にしているのだけれど――まさか、鬼才と呼ばれている作家の作品だとは思いもよらなかった。
犯行は『カリン』の時と同じく、開店前の早朝に行われたらしい。
午前6時、ビワ婆ちゃんが湯船の掃除に訪れた際は、間違いなくそこに絵画は存在していた。
しかし掃除の最中、ふと目を離した僅か数秒の内に、絵画は怪盗のカードに姿を変えていたという。
店の戸締りはきちんとされていて、従業員はビワ婆ちゃんただ一人。
犯行現場に彼女がいたにも拘わらず、『果汁に溺れる少女』は煙のように消失した。
まるで魔法のような犯行。こんなものは、考えてもわからないのだと思う。
だから、取り戻すことだけに注力しなければならない。重要なのは、挑戦状の中身だ。
記事の最後。
そこに、
私の因縁の相手――怪盗グアバの暗号が記されている。
『B9A13ヤ三C10C7オB16A9B1ロ。
共通している頭を落として分解せよ。』
意味不明だ。心が折れそうになる。
けれど、前回のような屈辱は二度と御免だ。
今度こそ、絶対に。
暴いてやる。
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