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[『Fアップルパイ盗難事件』&『F茶筒塔の殺人』 








 『Fアップルパイ盗難事件(別解)』]








 終わったはずの原稿を何度も読み返して。



 私は―― 一つではなかった真実のもう片方へと辿り着いた。



 ミカンちゃんは俯いたままだ。

 ザクロ先輩も戦意を喪失している。


 私が、彼女の無念を晴らすべきなのだろう。


 悪意的な録音機なんて再生させる訳にはいない。




「――さて、別解は発見できたかしら?」




 メロン先輩が挑発的に微笑む。



「……わかりました」と私は呟く。


「……へぇ。じゃあイチゴ。答えをどうぞ」



 メロン先輩が少しつまらなそうにそう言った。

 自意識過剰かも知れないが、やはりこのままメロン先輩にコテンパンにされるよりは、私が一矢報いた方が救いになるだろう。

 そう信じて、私は二人の代わりに真相を暴く。




「この問題にはがあります」




「六つも!」とザクロ先輩がのけぞる。


 確かにそれだけの不備があれば、いっそ清々しいだろう。


 ゆっくりと息を吐いて、私は続ける。




「一つ目は、レモン先生の机がどこにあるのか明記されていない点。

 二つ目は、風呂敷包みのお弁当の大きさが明記されていない点です。




 




「……ひひ、それはちょっと非現実的過ぎないかい?」

「ルールF」

「……う」




 ザクロ先輩が俯いて、黙り込む。

 仕方ない。せめてはやく終わらせよう。




「三つ目は、犯人が飛び出しているアップルパイを職員室の外から奪った――という可能性は否定できない点。



 レモン先生とキウイ校長は、確かに職員室を出入りした者は目撃していません。

 補足には『職員室を出入りすると、必ず彼女等に目撃される。目撃された場合は必ず作中に明記される。』とあるので、目撃情報が正しいことはメタ的にも保証されています。だから、出入りした者に関しての見逃しは有り得ない。



 但し、常に職員室の扉付近を監視していたとは限らないので、職員室の扉付近で行われた『』に関しては見逃していないという保証はない。



 ――従って、隙を見てアップルパイを奪うことは可能です」




「……そ、それは流石に」

「いえ。二人の先生の目を盗んでこのトリックを行える理由に、更なる説得力を持たせることが可能です」

「…………」




「それでは事件の真犯人に迫ります。四つ目の隙は、補習の時間です。



 地の文において、午前11時前後にリンゴが現在進行形で補習を受けていることは明記されています。



 



 




 そして五つ目の隙は、リンゴが補習を受けている『教室』がです。




 、『




 そして最後。六つ目の隙は、





 以上を組み合わせるとこうなる。





 前提。

 補習教室――リンゴが補習を受けていた教室――の出入り口と、職員室の出入り口の距離は1メートル未満である。



 事件内容。



 午前11時、レモン先生が机上のアップルパイを確認した後、職員室を出る。

 レモン先生は、キウイ校長と出会って談笑。





 





 すかさず、リンゴはお弁当箱を教室に隠す。




 午前11時30分


 リンゴが教室から出る。レモン先生に補習を終えたと報告。


 キウイ校長立ち去る。


 レモン先生とリンゴ、職員室へ入室。


 レモン先生がアップルパイの消失に気付く。


 リンゴの提案で、共にF推会の部室へと向かう。



 この少し唐突な提案は、『アップルパイを隠した教室から、被害者のレモン先生を遠ざけたかった』『提案だけして同行しないのは怪しまれる』という犯人の心理である――と読み解くことも可能。『アップルパイ』と『リンゴ』という言葉遊びも含めて、この時点で原作を越えているかも知れない。



 そして、



 最後に、犯人と被害者がF推会の部室に到着する。



 そこにいるのは、無実の五人。


 レモン先生がアリバイを尋ねる。


 無論、ミカンとキウイ校長は同一人物ではない。



 『部員全員が、ここにいる人間の無実を証明しようしていた』という一文は、『犯行はバレたくないけれど、他の部員に罪を着せたくない』というリンゴの心情の表れと解釈可能。

 そもそも原作の校長先生も『ここにいる人間』に含まれているはずだから、ザクロ先輩もそのような意味で書いていたのだろう。





「……ひひ、でもさ、じゃあどうして、作中のレモンは犯人の正体に気づいたのさ。あれは校長の存在が怪しかったからこそ――」







 




「そんな時間は――」



「『



 食べカスの『程度』も自由に設定可能です。だから、レモン先生がそれに気付くタイミングも解答者が自由に設定できてしまいます」




「ひ、ひひひ。でも待って、『食べカス』という道具の利用はルールEに――」




「『




 お弁当箱の中にあるアップルパイの大きさは明記されていないので、更なる屁理屈の余地もありません。




 ――従って、『Fアップルパイ盗難事件』の犯人は、リンゴでも成立します」




「……お見事」

 私の推理を聞いて、メロン先輩は微笑む。

 無論、私は勝者でも何でもない。

 キーンコーンカーンコーンと、遠くでチャイムの音が鳴る。終戦を知らせる鐘の音。




「――さあミカン、かくしてF推会は護られた。貴方の革命は失敗よ」




 涼しげな口調で、一方的にそう告げて、




「ではまた来週」




 メロン先輩は颯爽と部室を立ち去って行く。


 女王を失う部室。ミカンちゃんは何も言えずに俯いている。



「…………ひひ。僕も帰るか」

 ザクロ先輩が苦笑して立ち上がる。

「ミカン君、今度傷の舐め合いをしようね」


 彼女なりの気遣いなのだろう。冗談っぽく微笑んで部室を出て行く。



 スモモ先輩はおろおろしていた。恐らく、ここに残るべきか悩んでいるのだろう。

 リンゴちゃんは相変らずポカンとしていて、ミカンちゃんは俯いたままだ。

 四人で、しばしの沈黙。



 やがて、



「……はは」



 彼女がそれを壊す。



「あは……あはははははははははは」



 ミカンちゃんの笑い声。




「あはははははははは――あぁ――楽しい」




「楽しい?」と、スモモ先輩が首を傾げる。


「ええ、とっても。人生の中、今が一番楽しい」


 負け惜しみではないだろう。言葉通り、先程の攻防よりも尚楽しそうな声。


 幼馴染の私にはわかる。彼女は心から喜んでいる。




「さっき言ったことに間違いはないわ。あたしはF推会のやり方を嫌っていない。

 だから最高の気分よ。メロン先輩のアレは、本当に素晴らしいカウンターだった」




 幼馴染が幸せなら、私も嬉しい。






 けれど、やっぱりちょっと悔しいな――






「ツンデレ」

 と、私は呟く。

「なぁに、イチゴ?」


 楽しそうに……この金髪は。







 スモモ先輩とリンゴちゃんがハテナを浮かべる。


 私は構わず続ける。



「演技で欺いて蹂躙して、F推会に妥協してやるみたいな空気感。

 あのまま、F推会に参加するのは、根が真面目なミカンちゃんには心苦しい話でしょう。

 だから、メロン先輩の反論も、録音機も、全部想定済みだったとしか思えない。貴方は力量を計算して作問した」



「それは流石に買いかぶり過ぎよ。メンタリストじゃあるまいし」





 半分は論理的、半分は感情的な推理だ。だから絶対的なものではないけれど、数年来の友人が相手なら、私は感情を優先する。



「作問するなら、当然過去問は見返しますよね。世界を引き継ぐなら尚更でしょう」


「イチゴはそうかもね。でも、あたしもそうとは限らないわ」



「では証拠を提示しましょう。『Fアップルパイ盗難事件』の補足には、『事件は同日中に発生しており、時系列は前後していない。』という一文があります。

 これは勿論、時系列を誤認させる叙述トリックによる別解を防ぐための盾です。

 必要だと感じたので、私も『Fブラックチョーク消失事件』で拝借しました。ミカンちゃんもそうなんでしょう?



 だから、同じ一文が『F茶筒塔の殺人』の補足にもある。



 これに加えて、『作中に登場する全ての道具に、書かれている以上の解釈を加えることを禁止する』という補足も、



 これは過去問をチェックした上で、その意図を理解し、自身の問題にも必要であるという判断するというプロセスを経て初めて成り立つことです。



 しかも先の補足は、『Fアップルパイ盗難事件』の別解を防ぐキーになっている。。ならば、別解の存在に気付いていなかったというのは考え難い。





 ――?」





 後記クイーン的問題の一『作中の最終的な解決が、本当に真の解決かどうか、作中では証明できない』。





「『二問目を始めるつもりなのは良いけれど、一問目にはまだ見ぬ真相が含まれているわよ。イチゴはそれに気付いているのかしら』と、作問者の私を牽制する意味も込めて」





「全部、想定でしょ」



「ええ。これは論理ではなく感情の推理です。でも、私が知っているミカンちゃんならそうします」



「真相は藪の中ね。そもそもあの補足は、ザクロ先輩の出題の後にイチゴが追加したものなんだから、あんたこそ見抜いてたんじゃないの?」



「『Fアップルパイ盗難事件』の別解に関しては、『Fブラックチョーク消失事件』の作問中にやっと気が付きました。ミカンちゃんみたいに、ゲーム中に見抜いてはいません。


 『F茶筒塔の殺人』は難し過ぎて解けませんでしたし、別解を利用するというメロン先輩の反撃も想定外でした。F推会だって、本当に嫌っていると思ってたんですよ」



「舐められたものね。F推会なんて、むしろあたしの理想郷よ」



「理想郷?」



 そこまでとは思っていなかった。



 ミカンちゃんはうーんと伸びをする。

 なぜかリンゴちゃんも彼女の真似をしていた。

 退出するタイミングを逃したスモモ先輩は、しかし先程から私達の話を熱心に聞いている。



「ミステリや頭脳戦を扱った作品の評論では『荒削り』や『隙だらけ』なんて言葉が好んで使われるけれど、本当に荒や隙が存在するなら別解を提示できるはずなのよ。

 作者が用意したのとは別の解答を示せないという時点で、自らの言葉とは裏腹に、その作品が完璧であることを証明してしまっている。まぁ、結局はその評論こそがガバガバってことなのね」



 別解を放てば勝利。それはF推会独自のルールである。



「あたしは確かに本格が好きだけれど、『』『

 結局の所、互いに擦り寄って、妥協点という名の幻想を共有しているに過ぎないから」



 確かに、ロジカルの定義は曖昧だ。共同の幻想という面もあるだろう。

 ミカンちゃんは辟易とした様子で苦笑を浮かべて続ける。



「しかもね、頑張って解明した所でそれは、『作者が敷いたレールに乗って、無事に終点まで辿り着き、その作品が解けるようにできていることを保証した』という結果しか生まない。だから、読者が作者に圧勝したって感じでもないのよね。

 犯人がわかったことを自慢したり、解けたから駄作認定したりってのは、実は凄くカワイイ読み方なのよ。だって、情報を充分に揃えて解けるように書いているなら、それすらも作者の狙い通りでしかないのだから。



 標識付きの迷路を、きちんと読み取って歩いてくれている全ての過程が作者の手のひらの上。

 逆に、ミスディレクションにまんまと引っ掛かって騙されるまでの全て流れだって作者の手のひらの上。

 引き分けはあっても、読者の勝ちは有り得ない。こんなこと暴いてしまって良いのかわからないけれど――




 その視点は私にはなかった。ミステリ初心者だから、そもそもミカンちゃんのようなポリシーを持っている訳ではないけれど、本格の鬼であるほどフェアプレイにうるさいというのが、基本的なイメージではある。




「――だからね、。勝敗も同様。真相を暴けなくても、別解を示せたなら読者の勝ち。



 情報不足を許容して、真相へ至る道が舗装されていないことを受け入れる、その上で真相に辿り着いた者は、作者に操られていない絶対的な勝者と言える。



 丁寧な道案内がないからこそ――アンフェアだからこそ、正鵠と別解を読者の完全な勝利であると定義できる。



 逆に、読者を騙し切った上で、別解の余地も残さない解法を提示できれば作者の勝ち。伏線なんていらないし、解けるかどうかなんて分析しなくて宜しい。『




 その感覚は、F推会のルールで書き手を経験したからこそ理解できる。




 F推会でのこれまでの問題は、伏線も情報も最低限だった。けれど、別解から身を守る為の情報が少なすぎると、思わぬ推理が飛んできて、自分の作品の中に反論する為の武器が見当たらないことに気付かされる。


 だから、守る為の情報をどこまで追加するか、というのが駆け引きになる。

 ひとつの答えを目指すのではなく、作者の意図しない別解を目指しても良いのであれば、情報不足は出題者こそを追い込む。書き手の方が不利にすらなってくる。

 だからこそ、作者のレールに乗るミステリではなく、本当の意味で、作者と読者の攻防になるのだ。



「ルールFは、本格ミステリにおいて最も重要な『フェアプレイの精神』そのものを否定している。

 でもだからこそ、対等で平等な頭脳戦になるのよ。



 故にF推会は、読者を騙して手のひらの上で転がす意地悪ミステリ自体が到達点ではない。姿。だから、あたしの理想卿って訳。




 『ミステリ研究会』でも『推理小説研究会』でもなく、『』。




 『




 ミカンちゃんがそう締めくくると同時に、




「うひょー、ついていけないッス!」とリンゴちゃんが叫んだ。



「あのねぇ」



 懇切丁寧に。ミカンちゃんは同じ説明を繰り返す。



 凄く楽しそうだった。




 今頃、メロン先輩は勝利の余韻に浸っているのだろうか?

 少なくとも、ここにいる私達の中では、F推会の女王は交代している。



 けれど――

 裏を読み合う攻防を傍観していると、更にメロン先輩が――なんて可能性をどうしても考えてしまうのだ。

 全てを見据えている魔女のような部長。彼女が誰かの手のひらの上で踊っている光景は、少しイメージし難い。



 ――




「イチゴさん」




 耳元で小さな声。



「少しお聞きしたいのですが」



 なぜかスモモ先輩が、私に耳打ちしている。



 突然の展開に戸惑いながらも、



「はい」と返事をする――前に、




「イチゴさんは――カシス君と、どういったご関係なのですか?」




 不意打ちの一言。



「――ぁ、え?」と変な声が口から零れる。



「ごめんなさい。お二人が一緒にいる所を目にしてしまって」



 自然と、4月20日の休日のことを思い出す。


 恐らく、『カリン』から『喫茶ランセット』への道中か、もしくは店内での話だろう。しかし、どうしてスモモ先輩がカシス君のことを?



「えっと、スモモ先輩こそ、カシス君とはどういった……」



 思わず、質問に質問で返してしまう。



「――ぁ、え、えっと」と、今度はなぜかスモモ先輩が狼狽し、




「わたしは、ちょっとした知り合いで。深い仲ではないのですよ。今はまだ」




 蚊の鳴くような声でそう言って俯いてしまった。



 未だ、混乱は収まらない。


 しばし無言の時間が流れる。


 何だこの状況。いったいどうすれば?


 やがてスモモ先輩は、



「……どうやらわたし達、ライバルになってしまったみたいですね」



 と、意味不明なことを言い出した。



「皆には内緒にしておきますから、イチゴさんはイチゴさんで青春を満喫してください。

 でも、わたしも遠慮はしません。ああ勿論、イチゴさんも、この話は一旦保留ですからね。学園で急に蒸し返さないでくださいね」



 一方的にそう捲し立てたかと思うと、「そ、それでは、わたしはこれで!」と言って、部室を出て行ってしまった。



 頭の中がハテナマークでいっぱいになる。



 結局、スモモ先輩は何がしたかったのだろうか?





 ここ最近で一番のこの謎が解かれるのは、もう間もなくの話である。






[【※※※※※※※】]へ続く

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