F茶筒塔の殺人 解答編
[F茶筒塔の殺人 解答編]
(※ヒントを先にお読みください)
私は原稿をもう一度最初から読み直し――
そこに、答えが書かれているのに気が付いた。
その真実を――
「――宇宙空間ね」
――メロン先輩に掠め取られてしまった。
余裕そうにしていたミカンちゃんが、目を見開く。
ザクロ先輩も、スモモ先輩もはっとする。
リンゴちゃんが、紅茶を噴き出していた。
「この塔は宇宙空間に存在している。だから、ずっと無重力下にあるわけね」
メロン先輩は、ミカンちゃんを護るベールを、ベリベリと、容赦なく剥していく。
「午後1時46分以降。犯人は自室を飛び出して、まずは倉庫部屋へ行く。
『聖剣ドクウツギ』を手に入れ、50メートル先の天井まで飛んで行く。
床や壁を蹴って、調節しながら金具を掴んで到着。
『ドクウツギの窪み』に聖剣を差し込む。天上を蹴って、今度は二つの手錠を回収」
「う、宇宙空間にこんな塔があるわけないッス!」
リンゴちゃんが至極当然のことを口にした。
けれど、
「……前置きに書かれてあります」
メロン先輩に先を越されたのが悔しくて、私は小さな声で続ける。
「『どこにあっても不思議ではない何の変哲もない塔である』。
こう書かれてある以上、茶筒塔は本当に『どこにあっても不思議ではない塔』ということになる。
この世界では、宇宙空間にあっても問題ないということが保証されてしまう。
実際、塔自体には何の変哲もないし、解釈が加わっているのは塔の外側なので、こちらもクリアしています」
そもそも『どこにあっても不思議ではない』という情報自体が、書かれている解釈なのだ。
この一文で、茶筒塔は魔法にかけられる。
無重力の厳密性に拘るならば、『地球の周りをぐるぐると回る、大きな何かの中にある、何の変哲もない塔』という解釈も可能だろう。
常識、リアリティ、現代科学などが出る幕はどこにもない。ミステリにおいて、いや、フィクションにおいて、それらは地の文よりも遥かに弱いのだ。
「でも、『宇宙』ってワードが急に推理パートで飛び出すのはナシじゃなかったッスか?」
「はい。ルールEですね。作中に明記されていないワードは推理に使用できません。しかしこの原稿の場合――」
「――冒頭にこれ見よがしに書かれてあるわよね。『宇宙一くだらない事件を皆が忘れ始めた、12月のある日』って」
メロン先輩が静かに引き継ぐ。
「さて、手錠を回収した犯人はFの部屋へと訪れる。ここに一つ、関門があるわね」
「はい」
と私は答える。
「Fの部屋は内側から施錠されています。しかも彼女は、『鍵もちゃんと閉めますし、誰も部屋へは入れません!』と宣言している。彼女は被害者なので、この言葉は真実。犯人はFの部屋へ入ることが出来ません」
しかし、メロン先輩にとっては大した関門ではないだろう。コレは私も解けていた。
「ルートは最低でも二つあるわね。一つは『部屋には入らないが、扉を開けさせて引きずり出す方法』。もう一つは、『事前に脅迫をしておき、自主的に退出させる方法』。
『脅迫』というワードは、実際に作中に登場しているから、ルールE的にも問題はないわね。
いずれにせよ、手錠で拘束した後に、もう一度部屋へ放り込んでおけば、この問題は処理出来るわ。
後の午前2時の描写、『Fの自室。その閉ざされた室内にて』は、『Fは身を守る為に内側から自力で鍵を閉めた』と解釈可能。
サムターンだから拘束状態でも不可能とは言い切れないし、そうでなくとも、『扉が閉ざされているだけで、鍵は閉まっていない』という解釈だってアリだものね」
苦しげな表情のミカンちゃんに向かって、メロン先輩は続ける。
「午後2時。拘束したFを部屋に閉じ込め、自分は一旦自室に籠る。これで地の文の条件をクリア。
後は午後2時1分以降に、引きずり出したFの身体を抱えて、聖剣を刺した窪みまで飛んで行く。そして――」
――凶器の聖剣に、Fの身体を差し込む。
「これでトリックはチェックメイトね」
ミカンちゃんが奥歯を噛み締める。
けれど、メロン先輩の追撃は止まらない。
「では次に――DとFの正体を暴きましょう」
残るアルファベットはDとF。人物名はミカンかスモモ。
その解答もさっき気が付いた。勿論、口を挟む権利なんてないだろうけど。
「ミカン。これは流石に感心したわ。まさかイチゴのアレをこんな風に応用するなんて」
「な、なんスか?」リンゴちゃんが興味津々といった感じに尋ねる。
「この原稿は、こんな一文から始まる。『『Fアップルパイ盗難事件』をはじめとする宇宙一くだらない事件を皆が忘れ始めた、12月のある日。』。
ただの煽りではない。
イチゴはザクロの世界観を引き継いだ。それとは別の目的で、ミカンもザクロの世界観を引き継いだって訳」
つまり――
「同一世界であれば――ミカンは男性ということになる」
『Fアップルパイ盗難事件』において、ミカンは男性であり校長先生だった。
『F茶筒塔の殺人』も『Fブラックチョーク消失事件』と同質の書き出しで世界観を引き継いでいる。けれど、今回はミスディレクションではない。
尤も、同一人物であるという断定は、解答者の立場では必要がない。
『Fアップルパイ盗難事件』という推理のパーツは利用可能な要素であり、ミカン=男性の解釈を成り立たせる。
ルールEによって利用できる形で世界を引き継いでしまった以上、例え正鵠でなくとも、出題者はこの可能性を否定できないのだ。
メロン先輩は加虐的に続ける。
「DとFの内、Fに対しては地の文で『彼女』と描写されている。
従って、女性であることが確定しているスモモがFとなり、男性とも解釈できるミカンがDになるわね」
ミカンちゃんが苦しげに俯いた。
その反応を見て確信する。これは別解ではなく、彼女が守っていた核なのだ。
「では、犯人を特定しましょうか」
核はその根を掴まれ、芋のように引きずり出されていく。
「最後の一文『快楽殺人鬼のその少女は、邪悪な笑みを浮かべた。』により、犯人が少女であることは確定している。つまり、男性のDことミカンは犯人ではない。残る容疑者は四人」
煙幕として利用する為に世界を引き継いだ私と違って、世界そのものを推理の材料にする為に再利用するなんて、ミカンちゃんの発想には感服させられた。
けれど、そんな丹念もメロン先輩に蹂躙されていく。まるで、ミカンちゃんの作品そのものがメロン先輩の功績であるかのように。
「さて、『Fアップルパイ盗難事件』の犯人はミカンだったけれど、勿論それは、今回の事件とは関係がない。別の事件なのだから、あそこで語られたアリバイは、何のヒントにもならない。けれど、一つだけ時を越えて流用できるメタ的な発言がある」
そうだ。『Fアップルパイ盗難事件』で、スモモはこんなことを言っている。
――大丈夫、イチゴさんは犯人じゃない。
「言うまでもなく、Fことスモモは被害者であり、犯人ではない。従ってこの台詞は、連続した世界において尚も有効かつ強力な証言となる。
ルールEで世界そのものを推理材料にした上で、この一言を拾ってくることができれば、後はルールCによってイチゴを犯人から除外できる。残る容疑者は三人」
時空を超えたメタ推理。流石に、少し着いて行けない。
「という訳で、メロン、ザクロ、リンゴの内の誰かが犯人な訳だけれど――結論から言うと犯人はリンゴよ」
場の空気が固まる。
「ちょっとメロン君。ここまで来て一気にネタバレしちゃうのはやめてよ」
ザクロ先輩が不満げに窘める。
けれど、ミカンちゃんは肩を震わせていた。
メロン先輩は彼女を加虐的に見つめて続ける。
「だって、ねぇ? ネタバレしているのはわたくしではなくミカンなんだもの。
――答え、最初に書いてあるものねぇ?」
そう言って、メロン先輩は『F茶筒塔の殺人』の冒頭――その『前置き』の部分の該当箇所を指でなぞった。
三、アルファベットは、人物名と同様の意味を持つ。逆も然り。
例えば、『A=メロン』の場合、本文中に『Aにはアリバイがある』と書かれてあれば、それは『メロンにはアリバイがある』と書かれているのと同義である。
「ルールD【地の文に嘘が存在してはならない。】。
それは、例え前置きであっても例外ではないはずよ?
だから、メロンにはアリバイがあるのよ。
どんなアリバイがあるかって?
知らないわよ。でも、あるって書かれてあるじゃない。
――で、Aことメロンのシロが確定した【条件三】の、そのすぐ下の【条件四】には何と書かれてあるかしら?
四、登場人物が、自分の名前を一人称にすることは有り得ない。
例えば、Aが「ザクロは無実」と言った場合、A自身がザクロであり自称しているだけといった可能性は考えなくても良い。
ルールC【犯人以外は嘘をついてはならない。】。
そして、ルールD【地の文に嘘が存在してはならない。】。
だから、ね? ルールCDによって、ザクロは無実なのよ。
どんな物語的理由があって無実かって?
知らないわよ。でも、そう書かれてあるじゃない。
従って、犯人はもうリンゴでしか有り得ない。――以上よ」
加虐的なQEDで以て、メロン先輩はミカンちゃんにトドメを刺した。
あまりにも推理方法の次元が違い過ぎて、もはや着いて行く気も失せる。
けれど、
なるほど確かに【条件三】で例として出されている『A=メロン』は事実であり、ミカンちゃんはここでも嘘はついていない。こんな場所でさえ、ルールDを守っている。
故に、この前置き自体が、意図的に用意された推理材料だったのだ。
認めるしかない。ミカンちゃんはメロン先輩に敗北した。
そして、蚊帳の外の私は、その両者に敗北した。あんなにも意気込んでいたのに、成す術もなく。
ミカンちゃんが「……はは」と、乾いた笑いを零す。
全てが終わった。重荷から解法されたかのような、それは晴れやかな笑顔にも思えた。
そして――ミカンちゃんはゆっくりと息を吐き、敬意の籠った柔和な笑みを浮かべ、それからF推理研究会の部長を見据え、軽やかな口調で告げた。
「メロン先輩――不正解です」
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