F茶筒塔の殺人 ヒント
[『F茶筒塔の殺人』 ヒント]
(※A、B、C、Eの正体は、この段階で解明されます)
……ちょっとこれは、難し過ぎるのではないか?
それが最初の所感だった。
どこから切っても途中で詰まる。そんな印象だ。
見ると、メロン先輩も手で口を覆って、難しそうな顔で何やらぶつぶつと呟いている。やはり、F推会ではなく本格のアプローチが必要なのだろうか。
ううむ、と皆して唸る。
やがて、
「とりあえず」
と、スモモ先輩が口を開いた。
「とりあえず、AからFの人物名を解明していきましょう」
「ん?」
と、リンゴちゃんが目を丸くする。
「解明って、口調でわかるッスよね? 例えばほら、作中のオレっちはBッスよね?」
「……い、いえ、それは明らかにミスリードだと思いますが」
いつもならミカンちゃんが「馬鹿ね」と言い放つ所だが、今日は出題者なので、にやにやとこちらを見守っている。代わりにスモモ先輩が、遠慮がちに反論した。
「……えっと、口調に騙されず、フラットに考えていきましょう。まずはAの正体から」
「はい」と私は積極的に口を挟む。
推理を口にしている内に突破口を見つけられるかも知れない。ミカンちゃんを一瞥し、私はさっそく、いくつかのベールを破っていく。
「まず、Aはミックスジュースを取りに行く際に、イチゴとミカンを誘っています。そして、それを見送ったCが、その場にいるスモモに話しかけるという描写がある。従って、イチゴ、ミカン、スモモはAではない」
「はい」
と、スモモ先輩が頷いて続ける。
「それから、Aの自慢話にうんざりとして、皆が部屋へ逃げ込んで行くシーンに『さも当然の流れといった装いで、ザクロは無言で自室へと向かう』という描写があります。よって、ザクロもAではありません」
「つまり、【Aはメロンかリンゴである。】という情報を手にできますね」
ここまでは簡単だ。
Aに執着して正体を追い続けると迷宮を彷徨うことになるが、そんなものは罠ですらない。
「次はCに迫るべきかと思います」
早口で、私は続ける。
「まず、先程言ったようにCがスモモに話しかけているシーンがあるので、Cはスモモではありません。そして同じく、Aに誘われたイチゴとミカンをCは見送っているので、この二人もCではありませんね」
「ザクロも除外できますよ。イチゴさんは辿り着けましたか?」
「勿論です」
私は自信を持って答える。
「Cについては、地の文で『気弱で、嘘をつけない性格』と描かれています。
一方でザクロに対しては、『気の強いザクロは』なんて描写があります。
従って、ルールD【地の文に嘘が存在してはならない。】により、Cはザクロではない。F推会では、気紛れな比喩や矛盾なんて許されませんから」
「はい。そしてそれは『嘘をつけない性格』という部分に対しても同様ですよね。
――これによって、Cは絶対に嘘をつかないという保証を得ます」
無論、『嘘をつかない=犯人ではない』とはならない。
しかし、『犯人か否かはわからないが、絶対に嘘をつかないキャラクターが誕生する』という構図は、なんだかミカンちゃんっぽくて面白いなと思った。
「ところでCは、自分を不真面目と言っていますよね」
と、スモモ先輩は軽やかな口調で続ける。
「一方で、『メロンだけが「いただきます」と言った。彼女は真面目な性格なのだ』という地の文が示す通り、メロンは真面目です。よって、Cはメロンでもない」
『嘘をつけない性格』のCの台詞は、自己評価以上の意味を持つ。この厳密性に関して、もはや説明は不要だろう。
「この時点で、Cの正体は五人分否定されています。よって、『C=リンゴ』で確定です。そして先程【Aはメロンかリンゴである。】という情報を手に入れているので、連鎖的に『A=メロン』が確定します」
二人で一息つく。
それにしても、リンゴちゃんはともかく、ザクロ先輩もメロン先輩も議論には参加してこない。この程度、お前らでやれということだろうか。
「……えっと、メロンさんもザクロさんも、何度も読み返して黙考する方ですから」
私の視線に気付いたのか、スモモ先輩がそんなフォローをする。ああ、そう言えば、この間もそんなこと言ってたっけ。
「途中までは三人で充分でしょう」
と、スモモ先輩が微笑む。
「リンゴさんも遠慮しないでくださいね」
「わかったッス!」
リンゴちゃんが元気よく返事をした。
返事をしただけだった。
さて、
「次はEです。スモモ先輩。わかりましたか?」
「ええ。重要なのは『Eは自らの肩を抱く。彼女は恐がりなのだ。こんな話を聞くと、しばらく身動きも取れなくなる』という地の文です。
Eは恐がりである。
そうすると、嘘がつけないCの証言『スモモさんは、いつだって平常心ですよね』とは矛盾してしまう。よって、Eはスモモではありません」
「Eに対する地の文は、まだ使えるんですよね。手錠の話を怖がって『しばらく身動きも取れなくなる』と地の文で確定させられたのが午後1時頃。
その後、少なくとも午後1時10分までの間に、イチゴとミカンは、例のミックスジュースを取りに行くという行動によって身動きを取っています。
従って、しばらく身動きが取れないはずのEの正体は、イチゴでもミカンでもありません。
これで三人分否定。
しかしAとCの二人分は既に確定させているので、残っている枠は一つ。『E=ザクロ』で確定です」
「え、でも――」
と、リンゴちゃんが口を挟む。
「――でも、『しばらく』がどれくらいかなんて、人によらないッスか?」
「いいえ」
とスモモ先輩が即答する。
「BとCの会話で、Cは『しばらくとは、最低でも20分』といった意味の『真実』を口にしています」
C『そうですね。Fさんはしばらく休まれた方が良いかもです』
B『……ひひ、しばらくってどれくらい?』
C『どれくらいって、最低でも20分くらいは……』
嘘がつけないCの台詞は、地の文と同格の価値を持つ。
「……な、なるほどッス」
残るアルファベットは、B、D、F。
人物名は、スモモ、ミカン、イチゴ。
無論、次はBだ。
「Bはとても簡単ですね」
と私は微笑んで続ける。
「『一番口数が多かったのは、Bとスモモだった。』という地の文によって、スモモはBではないと断言できます。
また、『手錠か。ミカン君に似合いそうなアイテムだね』という台詞をBが口にしているので、ミカンもBではありません。よって、『B=イチゴ』が確定します」
「はい。わたしもここまでは同じ意見です」
二人して頷き合う。けれど、そこで互いの表情が曇る。
A=メロン。
B=イチゴ。
C=リンゴ。
E=ザクロ。
そして残るは――DとF。
スモモかミカンか。
……いくら考えても、ここで詰まるのだ。
「やっぱり、イチゴさんも?」
「……ええ。何度考えてもわかりません」
「ですよね。これに頭を使い過ぎて、わたし、もう考える力が残っていません。後は任せました」
そんな殺生な。
いや、その気持ちもわからなくはない。
ミカンちゃんは、いったい何をやらかしたのだろう。
切り口がなさ過ぎて、作問ミスを疑ってしまう。
「……だ、大丈夫ッスか」
リンゴちゃんが、あたふたしながら続ける。
「え、えっと……気になったんスけど、前回のイチゴっちの出題みたいに、解かなくても良いなんてことはないんスか?」
「いえ」
と、私は俯きながら返事をする。
「今回の問題は『作中の全ての謎を解明せよ』です。前置きでも『その正体を解明して欲しい』と書かれているので、スルーしても良い要素には成り得ません」
「じゃ、じゃあザクロっちの問題みたいに、手を付け始める場所が違うとか……」
確かに。DとFの正体は一旦放置して、別の場所から考えるべきなのだ。
けれどこの問題は、どこから切ろうとしても……。
「……ひひ、ちょっと解けない」
ようやく口を開いた頼みの綱の一つが、開口一番、情けないことを言う。
「ちょっとザクロ先輩。しっかりしてください!」
「……ひひ。いやいや諦めた訳じゃないよ。とりあえずDとFは保留。トリックについて考えて行こうか」
「はい。スモモ先輩はギブアップみたいなので、私がお相手します」
「うん――じゃあまず、『剣を刺す為の窪みが天上にある』。この状況だけを見ると、やっぱり動く館系のトリックを連想してしまうよね?」
「動く館って何ッスか?」
先程とは打って変わって、リンゴちゃんが口を挟んでくる。やっぱりパズラーよりも、こういう話の方が好きなのだろう。
「……ひひ、縦軸横軸問わず、建物が回転するようなトリックのことだよ。
今回の場合、塔自体が縦にグルンと半回転して、天井が床に、床が天上になるという仕掛けは想像に難くない。
『半回転→剣をセット→Fを刺す→半回転』という工程で、この状況は作れるからね」
「なんスかソレ! めっちゃ面白そうッスね!」
「でも」
と、私は水を差す。
「前置きに、『その他、明記されていない仕掛けなどは存在しない。どこにあっても不思議ではない何の変哲もない塔である。』。
補足に、『茶筒塔及び作中に登場する全ての道具に、書かれている以上の解釈を加えることを禁止する。』と書かれてあります」
「……ひひ、そうなんだよね。でもホントに動かないのか。意味わかんないな」
「難問なのは、
犯人が『手錠を手に入れた方法』『聖剣を窪みに刺した方法』『Fを聖剣に刺した方法』ですよね」
「うん。手錠は高さ30メートル。窪みは高さ50メートルの位置にあるからね。
でも、七つの部屋の天井の高さは10メートルだ。登って足場にすれば、10メートル分はカットできるよ」
そう。それは一見、一つの切り口になりそうな情報だ。
そうなると越えるべき壁は、
『床から部屋の屋根までの10メートル』
『部屋の屋根から手錠までの20メートル』
『部屋の屋根から塔の天井までの40メートル』となる。
但し三つ目は、中央部にある『ドクウツギの窪み』まで辿り着かないといけない。
塔の半径は20メートル。つまり、天井まで辿り着いた上で、更に20メートルの横移動が必要になる。
「……ひひ。前置きに書かれてある通り、『いかなる場所も、人が登れるような構造にはなっていない』んだよね。最初の10メートルすら厳しいか」
しかしそんな言葉とは裏腹に、ザクロ先輩は楽しそうに続ける。
「でもね、一応考えていることはあるんだ」
「なんですか? もったいぶらずに教えてください」
「うん――塔が横倒しになっている、ってのはどうだろう?」
「おお! 逆転、いや横転の発想ッス!」
リンゴちゃんが興奮して叫ぶ。
「……ひひ、この塔は倒れているんだよ。だから、天井がある場所まで歩いて行くことができる」
確かに、面白い解決方法だ。しかし――
「横転しているなら、最初に部屋の外壁を歩くことになりますね」
私は頭の中を整理しながら続ける。
「そうなるとまず、部屋の屋根部分が崖のようになっているので、10メートルの落下が必要です。
それをなんとかして、最奥(元天上)まで辿り着いても、塔は半径20メートル。つまり、『ドクウツギの窪み』までの距離も高さ20メートルとなります」
「でも、突破する壁は低くなったッスよ!」
「いいえ。手錠の問題があります。
高さ30メートル地点にある手錠。ひとつは道中で手に入りますが、もうひとつは反対側にあります。塔が横倒しになっているなら、それが金具で留められているのは高さ40メートル地点ってことになりますね」
「じゃあ、その場で思いっきり走って塔をクルクル回すんスよ!」
ハムスターか! 大理石だぞ!
「仮にそれを認めたとしても、やっぱり最後の20メートルの壁は難攻不落です」
「……じゃあ逆に、最初から塔が逆さになってるってのはどうッスか?」
逆転にする装置がある訳ではなく、最初から逆さまに立てられた塔。まさに逆転の発想ではあるが、それはもっと有り得ない。
「聖剣は倉庫部屋にあります。逆さならそれを取りに行く為に、地上50メートル地点に向かわなくてはなりません。屋根の足場が使えないので、むしろ難易度が上がります」
そもそも、描写の問題があるのだ。
逆さは勿論、横倒しであっても、各々が自室に籠る描写をクリアできない。
斜めの塔なら――と一瞬考えるが、それでも前述の問題を全てクリアすることは不可能だ。
つまり――と、私が結論付ける前に、
「塔は普通に縦向きよ」
と、ミカンちゃんが楽しげに口を挟む。
「そもそもそれで『塔自体には解釈は加えていない』と言えるかも微妙だけれど、仮に許可した所で何も進展しないでしょ」
やっぱり、この切り口も途中で詰まる。
私はざっと原稿を読み返す。
AからFの正体。
トリック。アリバイ。メタ推理。
どの方面から考えても、結論には至れない。
けれど、複雑で美しくない問題ではないと思う。メタの類いだが、それはミカンちゃんのやり方ではない。
何か、一つ――多くても二つくらいの真実で、一気に紐解ける気がするのだ。
私は原稿をもう一度最初から読み直し――
※※※、※※※※※※※※※のに気が付いた。
その真実を――
「――※※※※ね」
――メロン先輩に掠め取られてしまった。
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