F茶筒塔の殺人 問題編




[ミカンからの挑戦状 『F茶筒塔の殺人』]




●前置き



 本作には『メロン』『ザクロ』『スモモ』『リンゴ』『ミカン』『イチゴ』の六名の人物が登場するが、作中では『A』『B』『C』『D』『E』『F』のいずれかのアルファベットによって、


 解答者は、以下の条件に従って、その正体を解明して欲しい。




 一、六名はそれぞれ別のアルファベットによってその正体が隠されており、重複して同じ名前が入ることはない。

 

 二、アルファベットの中身は常に同一の人物であり、入れ替わることはない。

 

 三、アルファベットは、人物名と同様の意味を持つ。逆も然り。

 例えば、『A=メロン』の場合、本文中に『Aにはアリバイがある』と書かれてあれば、それは『メロンにはアリバイがある』と書かれているのと同義である。

 

 四、登場人物が、自分の名前を一人称にすることは有り得ない。

 例えば、Aが「ザクロは無実」と言った場合、A自身がザクロであり自称しているだけといった可能性は考えなくても良い。


 五、会話は、

 A「こんにちは」

  ――のように台本形式で記載する。

  勿論これは、Aが「こんにちは」と言っているという意味である。



 以上。






 それでは次に、本作の舞台となる『茶筒塔』の構造を説明しておく。



 茶筒塔は半径20メートル、の円柱の塔である。

 中央から半径10メートルは巨大なホール。吹き抜けになっており、塔の天井までの間に遮るものは何もない。

 

 そして、ホールを取り囲むように七つの部屋が存在する。

 

 塔の最奥、12時の方向に『倉庫部屋』。

 そこから時計回りに『Aの部屋』『Bの部屋』『Cの部屋』。

 そして6時の方向に、この塔の唯一の出入り口である『玄関扉』。

 そこから更に時計回りに『Dの部屋』『Eの部屋』『Fの部屋』が存在する。



 七つの部屋の天井までの高さは、全て10メートル。

 各部屋の天井から塔の天井までの間にも、遮るものは何もない。



 全ての部屋には頑丈な鉄製の扉が備え付けられている。

 鍵は存在しないが、どの部屋も内側からサムターン(ツマミを回して錠の開閉を行う金具)で施錠することができる。



 塔は、内壁、外壁、床、それから部屋を仕切る壁と天井等、。但し、塔自体の天井のみ、厚さ50センチのガラス製である。


 その他、明記されていない仕掛けなどは存在しない。どこにあっても不思議ではない何の変哲もない塔である。



 ――以上。それでは健闘を祈る。




●本文



 『Fアップルパイ盗難事件』をはじめとする宇宙一くだらない事件を皆が忘れ始めた、12月のある日。


 F推理研究会の六人の部員はとある場所へ訪れていた。



 ――茶筒塔。



 亡くなった大富豪の娘であるAが所有する、巨大な塔である。



 入ってすぐに、六人は天上を見上げた。

 高さ50メートル。

 大理石で出来た巨大な塔は、天上のみがガラス製だった。

 厚さ50センチの防弾性のガラス。太陽の光を透過し、塔の内部をキラキラと照らしている。



F「流石に『ドクウツギの窪み』は見えませんね」



 Fが小さく呟いた。

 彼女がじっと見つめているのは、天井の中央部。

 肉眼では確認できないが、そこには小さな窪みがある。

 『聖剣ドクウツギ』と呼ばれる剣の柄の部分を差し込んで、周囲にある金具で固定する為の窪み。



C「逆さ剣の伝説でしたっけ? 倉庫部屋に、その『聖剣ドクウツギ』が飾られているという話ですが?」


A「ええ、うちの家宝よ」


 よくぞ訊いてくれましたと言わんばかりに、Aが得意気に胸を張った。

 歴史ある聖剣を自慢したい。Aの目的の大半はそれだ。しかし独りよがりな行為ではない。好奇心旺盛な部員達もまた、伝説の聖剣を一目見るのを楽しみにしていた。



E「勿体ぶらずに見せてくださいよ」


 その一声で、一同はさっそく倉庫部屋へ向かった。





 その聖剣は、部屋の最奥に飾られていた。

 壁に備え付けられた金具に固定されている『聖剣ドクウツギ』。


 1メートル強の凶器。一突きで人を殺せる殺意の輝き。


 倉庫部屋とは名ばかりで、ここには聖剣以外には何もない。だからこそ、その凶器は際立って見えた。



D「おぉ、凄いッス!」

B「……ひひ、まさかこの為だけの部屋なのかい?」

D「振ってみたいッス! 斬ってみたいッス!」

A「駄目。危ないから」


 Aはぴしゃりと言い放つ。

 けれど、


D「絶対、怪我しないッス!」

F「そうです。聖剣で傷を負うようなマヌケはいません」

B「……ひひ、僕も触ってみたいな」

E「あたしも!」

C「せっかく来たのですから!」



 そんな脅迫的な熱意に根負けしたのか、



A「……仕方ないわね。持つだけなら許してあげる」



 Aはそう言って、聖剣を固定していた金具を外す。

 そして、聖剣を手に取り、Dに手渡した。



A「怪我にだけ気を付けてね」

D「おぉ、カッコいいッス!」



 Dは勿論、他の四人の目も爛々と輝く。

 皆の興味を集める我が家宝。所有者であるAも、一緒に観賞したくなって手を伸ばす。


 


 A、B、C、D、E、F。

 メロン、ザクロ、スモモ、リンゴ、ミカン、イチゴ。


 六人の中のただ一人だけが、そのことを知っていた。





 夢中で観賞している内に、一時間が経過していた。



A「今日はここまで、また今度ね」



 Aがそう言って、聖剣を金具に固定し直す。

 部員達も満足したのだろう。一同は倉庫部屋を出てホールへと戻る。




 午後1時。


E「あ、あれはなんですか?」


 Eが素っ頓狂な声で尋ねる。


 彼女が指さす先――塔の内壁の3時の位置。その高さ30メートルの位置に、黄金の手錠が金具で留められていた。

 見ると、反対側――塔の内壁の9時の位置。その高さ30メートルの位置にも同じように金具で固定された黄金の手錠があった。



A「ああ、あれですか」



 と、Aは冷めた口調で続ける。



A「あれも、何か伝説に纏わるものらしいけれど、あまりよく知らないわ」

E「へぇ……さっきの聖剣みたいに、金具から取り外せるのですか?」

A「ええ。でもふざけて着けたりしないでね。



 なんて恐ろしいアイテムなんだ、とEは自らの肩を抱く。彼女は恐がりなのだ。こんな話を聞くと、しばらく身動きも取れなくなる。



B「……ひひ。手錠か。ミカン君に似合いそうなアイテムだね」

E「最低です!」



 Bの一言に、Eが怒鳴った。



  今日のメインイベントは、聖剣を見ること。だから後は、いつも通りのたわいもない会話。一番口数が多かったのは、Bとスモモだった。




 やがて、



D「喉乾いたッス!」



 Dが子供のように叫んだ。



B「……ひひ、あつかましい客人だね」

A「しょうがないわね」



 家主のAは楽しそうに続ける。



A「美味しいミックスジュース持ってきてあげる。イチゴ、ミカン、手伝ってくれる?」

C「どうしてその二人なんですか?」

A「真面目で、しっかりとしてる二人だからよ」



 Aは、イチゴとミカンを引き連れて自室へ向かった。



C「確かに私は不真面目だけど」



 三人の背中を眺めながら、Cがぼそりと呟いた。





 A、イチゴ、ミカンの三人が、Aの部屋へと入る。


 扉が閉められたせいで、C達からは中の様子が確認できない。


 三対三だけれど、なんとなく仲間外れにされた気分だった。

 Cのそんな心中と同質の疎外感を他の二人も抱いているのか、三人揃って無言になる。


 無言の時間は気まずい。何か話さなきゃとCは狼狽する。



C「そういえばスモモさんは、いつだって平常心ですよね」



 上ずった声で、Cが訳のわからないことを口にする。

 スモモも反応に困っている。

 先程よりも気まずい沈黙。

 いっそ殺してと、Cの心が折れかけた瞬間――Aの部屋の扉が開いた。三人が戻って来たのだ。





 午後1時10分。

 六人でちびちびとミックスジュースを飲む。

 メロンだけが「いただきます」と呟いた。彼女は真面目な性格なのだ。


 Aが得意気に、『聖剣ドクウツギ』の伝説を語っていた。

 五人は我慢して、それに耳を傾けている。


 何度も聞いた話でなければ、夢中にもなれただろう。

 けれど今日でもう六回目だ。

 納得いくまで実物を観賞したばかりということもあって、興味の鮮度も薄れてしまっていた。だからそれは、もはやただの自慢話にしかなっていなかった。



F「――ごめんなさい。少し体調が悪いので、部屋で休ませて貰います」



 話がひと段落したタイミングで、Fが口を挟んだ。嘘ではない。実際に体調が悪いのだ。同じ話を何度も聞かされて。


 気をそらす物すら存在しない何もないホールである。

 結局、Aは家宝を自慢したかっただけなのだと、五人はとっくに気が付いていた。持て成すつもりなどないのだ。

 いや、この茶筒塔も自慢の対象なのだろう。だから個人の部屋まで用意して、無駄に長居させようとしているのだ。



C「そうですね。Fさんはしばらく休まれた方が良いかもです」

B「……ひひ、しばらくってどれくらい?」

C「どれくらいって、最低でも20分くらいは……」

B「だってさ! じゃ、誰も部屋に入れずにゆっくり休んでおいで!」

F「はい! 鍵もちゃんと閉めますし、誰も部屋へは入れません!」

A「そ、そう……じゃあお大事に」

F「じゃ、失礼します!」



 一礼して、Fは自室へと向かう。


 ゆっくりと扉を閉め、がちゃりと鍵をかけた。


 気の強いザクロは、自分よりも大胆な行動をするFに感心していた。先を越されたのは悔しいけれど、この勢いには乗るべきだ。

 さも当然の流れといった装いで、ザクロは無言で自室へと向かう。そんな彼女に追従するように、一人、また一人と、ホールを立ち去っていく。


C「ご、ごめんなさい!」


 Cだけは、あたふたしながら無言で出て行った。気弱で、嘘をつけない性格なのだ。


A「…………傷つくなぁ」


 午後1時30分。たったひとりホールに残されたAは、嘆息しながらそう呟くと、寂しそうに自室へと戻った。





 午後1時45分。

 ホールは無人である。全員が自室に籠っていた。

 倉庫部屋を除く全ての部屋が内側からしっかりと施錠されており、倉庫部屋の奥には、『聖剣ドクウツギ』が飾られている。




 午前2時。

 Fの自室。その閉ざされた室内にて。


 ――





 午後2時30分。

 ホールから、Aの悲鳴が聞こえてきた。

 B、C、D、Eが慌てて自室を飛び出す。



 そして、彼女等は




 




 『――




『聖剣ドクウツギ』は、



 窪みに固定されているのは柄の部分。凶器と化した聖剣の剣先は地面の方を向いており、F



 Fの死体には、二つの手錠が装着されている。

 両手をひとつの手錠が、両足をもうひとつの手錠が、しっかりと拘束している。


 

 鍵はこの世のどこにも存在しない。絶対に外すことができない拘束具である。


 そんなものに身体の自由を奪われた状態で、かの聖剣に貫かれているのだ。






 





 

 悲劇を見上げる五つの影。A、B、C、D、E。

 この中に、快楽殺人鬼がいる。

 

 けれど、そんな身近な危機になんて気が回らず、四人は目を見開き、呆けたように頭上を見上げる。


 

 そんな彼女達に紛れ――快楽殺人鬼のその少女は、邪悪な笑みを浮かべた。





●補足



・登場人物は、全員人間である。


・事件は同日中に発生しており、時系列は前後していない。


・施錠された扉は正規の方法(内側からサムターンを回す)以外では解錠不可能。


・明記されている各部屋の扉が、部屋とホールを繋ぐ唯一の出入り口である。明記されていない窓や秘密の抜け道は、塔のどこにも存在しない。


・事件は全て塔の内部で発生している。作中で塔の外に出た者は存在しない。


・『聖剣ドクウツギ』は一本しか存在しない。作中で『聖剣』と描写されているものは、全て『聖剣ドクウツギ』である。


・手錠は二つしか存在しない。Fの身体を拘束しているのは間違いなく、塔の東西、高さ30メートル地点に金具で固定されていた手錠である。


・『聖剣ドクウツギ』、『ドクウツギの窪み』、手錠、金具、扉、サムターンなど、作中に登場する全ての道具は、いかなる手段を用いても破壊することができない。


・『聖剣ドクウツギ』、『ドクウツギの窪み』、手錠、金具、扉、サムターンなど、作中に登場する全ての道具、及び全ての登場人物は、どの部分を計測しても2メートルを越えることはない。また、茶筒塔及び作中に登場する全ての道具に、書かれている以上の解釈を加えることを禁止する。



●問題


・作中の全ての謎を解明せよ。但し、犯人は快楽殺人鬼であり、動機を推理する必要はない。



〈以上〉

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