VS怪盗グアバ ドリアンダイヤ戦 ヒント
[VS怪盗グアバ ドリアンダイヤ戦 ヒント]
『仮名の子、葉の散る旨、願人は無いが、芋とっ盛りて炭臭っが』
「一見、意味が通る文や、意味不明でも関連のありそうな言葉が並んでいます。ですからそのまま解読してしまいそうになりますが、実際はとても単純な暗号です」
と、私は恐る恐る口を開く。
「うん。いつものグアバに比べると、かなり優しいね。最後の『芋とっ盛りて炭臭っが』が意味不明で、そのまま読んでいては駄目だと思わせてくれるのは慈悲深いと思う」
カシス君が目をキラキラさせながら微笑む。
――芋とっ盛りて炭臭っが。
『これは方言か? 芋特盛炭臭い? 沢山の炭臭い芋?』などと解読して、しばらくそのまま意味を探ろうとしていた私はギクリとさせられつつも、顔には出さないように努めて解説を続ける。
「……は、はい。『仮名の子、葉の散る旨、願人は無いが、芋とっ盛りて炭臭っが』。暗号解読の基本パターンのひとつですが、読点を抜いて全部ひらがなにしてみます」
『かなのこはのちるむねがんにんはないがいもとっもりてすみくさっが』
『仮名の子』は『仮の名の子? 何だろう?』という思考に陥るミスディレクションにもなっているが、グアバの『子』である暗号は『仮』の姿なので漢字を『仮名』にして開けというヒントにもなっているのだろう。
解読の鍵が内に隠れておらず、きちんと頭に用意されている点も親切だが、そんな回りくどいヒントなんてなくても、ひらがなに変換すると言うのは常識の範囲内の思考だ。
読み取らねばならない鍵ではなく、あくまでも鈍い者に発想のきっかけを与える視覚的なヒントである。そういう意味では、確かに慈悲深い暗号なのだろう。
ここまで来れば続きを言うまでもないが、私は最後の鍵を開ける。
「――後は、これを逆から読んでみるだけ、ですね」
『がっさくみすてりもっともいがいなはんにんがねむるちのはこのなか』
「『合作ミステリ、最も意外な犯人が眠る、血の箱の中』となります」
「うんうん」
と、カシス君は頷いて続ける。
「そして今度は、更に読点ごとに逆順に読み戻して、
『血の箱の中、最も意外な犯人が眠る、合作ミステリ』。
これが最も自然に文章が繋がる並び――つまり本来の問題文って訳だ」
「ええ。逆に読むと言う最初の工程は、何の根拠もなくこっちが勝手にやったことです。
なので、最後に逆の並びに戻しておくと言うのは、理に適っていて美しいと思います。怪盗グアバにとっては、ここからが本題でしょうね」
命題は『最も意外な犯人が眠る血の箱』か、それとも『最も意外な犯人が眠る合作ミステリ』か、という論点において、この並び替えは重要だ。
尤も、逆順に読み直すなんてことを意識せずとも、後者の読みをするのが自然だろう。これが誤読と言うのは流石にないと思う。
「――で、どういう意味だろ? お姉ちゃんはわかった?」
カシス君が興味深そうに尋ねて来る。私は先程の『カシス父犯人説』の汚名を返上しようと、今朝から考えていた推理を口にする。
「まず、『血の箱』と言うのは『ポスト』のことだと思います」
「なるほど、赤い箱と言えばそうかもね」
「はい。そして、ポストに眠るミステリと言えば文学賞の応募作品のことです」
「ふむ。しかしまさか、その中から『最も意外な犯人』を扱っている作品を見つけろと?」
「『最も意外な犯人が眠る』というのは十中八九そういう意味でしょうけど。何て言うかそれは……無理、ですよね」
「無理なんてもんじゃないね。
そもそも見る方法なんてないし。それに、もしその解法が正解なら、怪盗グアバ本人が作品を応募したってことになるけれど、自作の犯人を『最も意外な犯人』と呼ぶなんて相当な自信家だよね。と言うか、そんなものの定義は人によるから特定の仕様がないけれど」
カシス君の言い分は尤もだが、この点についてだけは反論を用意していた。
「合作というのがポイントだと思います。ペンネームに『&』がついているとか、そういう条件で絞り込めばかなり少なくなるのではないでしょうか」
そう言いながら、私はショートケーキの最後の一欠けらをフォークですくって、口の中へと運ぶ。カシス君は「なるほど」と呟いているが、やはり難しい顔をしていた。
「――お姉ちゃんの推理通りだとすれば、確かに対象は一気に狭くなる。けれども、それを僕達が確認できないことには変わりはない。これじゃあ解くことはできないよね。
尤も、『不特定多数に向けた誰にでも解ける暗号』という保証はどこにもないから、それで正解なのかも知れないけれど」
カシス君の言う通り、暗号を不特定多数に発信しているのはマスコミであって怪盗グアバではない。
つまらないオチなので考えたくはないが、特定の誰かしか解けない可能性は充分にあるのだ。
「うーん。この問題をこれ以上考えても意味がないかもね。とりあえず『最も意外な犯人』について考えてみる?」
多少心残りではあるが、チョコレートケーキの最後の一欠けらをすくって笑う気楽そうなカシス君につられて、ついつい同意してしまう。
「じゃあ、意外な犯人だけれど……うーん、いっぱいあるなぁ」
「そんなにありますか?」
ミカンちゃんは、意外な犯人なんて存在しないと言っていたけれど。
「そうだね。お姉ちゃんは何を思い浮かべる?」
「今朝読んだミステリは、『探偵』が犯人でした」
そもそもミステリといって良い代物ではないが、面倒なので詳細は省く。
「……探偵か。確かに意外な犯人の定番だね。アンフェアと言う人もいるだろうけど」
「定番? よくあるのですか?」
「探偵を容疑者から外す読者は少ないと思うよ。例えシリーズ物でも油断できないし」
「……つまり、探偵が犯人というのは意外ではない?」
「一概には言えないけれど、『最も意外な犯人』かと言われると違う気がする。
ミステリなんて登場人物全員が疑われるのが普通だから、『主人公』も『名前のないモブキャラ』も等しく犯人である可能性を持つ」
二人でちびちびと紅茶を飲みながら、真に意外な犯人とは誰かを考える。
傍から見ればデートのように見えるかも知れないが、一応大怪盗へ挑戦中である。
「――これまで全く登場しなかった『新顔』が犯人というのはどうですか?」
「確かに意外だね。でも珍しくはないかも知れない。流石にそのままだと作品にならないから、王道ミステリをやった後に皮肉なオチとして使ったり、三人称と見せかけて一人称の『語り手』が犯人だったり、そういう人物がいることをきちんと仄めかしたり……といった工夫は必要だと思うけれど」
「……うーん。他に定番と言えば何がありますか?」
「よくあるのは『発見者』かな」
「確かに、第一発見者が怪しいというのはよく耳にします」
「バカミスに近いけれど、発見時に誤って殺害してしまうというパターンもあるね」
「発見時?」
「密室の扉を破ろうと体当たりをした衝撃で、室内の棚から花瓶が落ちて、睡眠していただけの被害者の頭上に……とかね。そういう意味で『発見者』が犯人ってパターンもある。つまり『無意識』の犯人だね」
「なるほど」
「それから、意外な犯人の定番と言えば、やっぱり『被害者』は外せない。死んだはずの人間が……ってのは逆に王道だろうね。
勿論、死因が『自殺』という意味で被害者が犯人というのもここに含まれる。
逆に、被害者以外の全員――なんていう『複数犯』もアリだけれど、問題の性質を考えれば犯人は一人に絞るべきだろうね」
「……なるほど。その辺りはもはや普通なんですね。
では純粋に、『絶対に殺人を犯せそうにない人物は?』と考えると、どのようなパターンがあるでしょうか?」
「そうだね。質問の意味を真っ直ぐに受け取れば、『アリバイのある犯人』ってことになるね。
勿論、前提となる他の要素が崩れていくことで、最終的にはアリバイが消滅する訳だけれど、その描き方によってはとても意外な犯人として姿を現すことができる。
殺人を犯せそうにない、ではなく、犯しそうにないという意味では『動機のない犯人』も意外ではあるかな。
犯せそうにないという方向で突き詰めれば、動けない状態もしくは何らかのハンデを持った『病人』や『赤子』ってのもアリだよ。
感情的に嫌悪する人が多いかも知れないけれど――それだけに意外だろうね、考えることを忌避してしまう犯人像というのは。
まぁそれでも、最も意外だなんて言われると微妙だと思うけれど……」
「……な、なるほど」
想像以上にバリエーションが多くて苦笑してしまう。
「じゃあ人外はどうでしょう? 犯人という言葉には反しますけど」
「『動物』や『虫』はむしろ古典だよ。ネタバレになるから詳しくは言えないけど」
「では、えっと……実は魔法使いでしたー、とかはどうでしょう?」
「魔術師、超能力者、幽霊等の『未知の能力者』や、宇宙人、未来人等の『未知の生命体』、それから人工知能も含めた『機械』なんかも、その存在を前提とするなら珍しい犯人像ではないかも知れない。
未知の生命体の系統で言えば、別に『神』が犯人でもおかしくない訳で、例えば『作者』や『読者』が犯人というメタ的なオチをやったとしても、意外で斬新だと言われることは稀だろうね」
「……なんでも有りですね。ミステリにおける意外ってなんだろう」
「端的に言って、今のミステリ界に意外な犯人やトリックなんて存在しないと僕は思う。勿論、意外かどうかはネタそのものではなく書き方に依存するけれど、グアバの問題への単純な解答としては、そう言うしかないだろうね」
「そんな殺生な」
推理が行き詰り、僅かな沈黙が訪れた所でふと思う。
「ずっと殺人について考えてきましたが、事件が窃盗や暴行の場合もありますよね?」
「確かに殺人とは限らないけど」
カシス君は難しい顔で続ける。
「事件の内容が何にせよ、犯人のバリエーションが増えることは殆どないよ」
「窃盗の場合、被害者の勘違いで『犯人なし』というパターンが加わりませんか?」
「いや、事件そのものが起きていないという真相は殺人の場合にも有り得ることだし、そもそも『犯人なし』というのは、『最も意外な犯人』という言葉に反するからね」
良い線を行っていたと思ったのだが、確かにカシス君の言う通りだった。
「同じ理由で、『病気』や『事故』、『自然災害』や『超常現象』等が真相となることも有り得ない。殺人にせよ窃盗にせよ、人間以外のものが要因なら犯人とは呼べないからね」
八方塞がりとはこういうことを言うのだろう。
『探偵』
『主人公』
『名前のないモブキャラ』
『新顔』
『語り手』
『発見者』
『無意識』
『被害者』
『複数犯』
『アリバイあり』
『動機なし』
『病人』
『赤子』
『動物』
『虫』
『未知の能力者』
『未知の生命体』
『機械』
『神』
『作者』
『読者』
『病気』
『事故』
『自然災害』
『超常現象』
『犯人なし』
――こんなものはもはや意外な犯人ではないのだ。
「じゃあ、もう……」
「……ギブアップした方がいいかもね」
苦笑しながら、二人して「ううむ」と唸る。
「でも――これまでに挙げた以外の答えを怪盗グアバが用意しているとすれば、それは素直に凄いと思うよ。どう頑張った所でこれらの応用レベルにしかならないと思うけれど」
確かに私もそう思う。さらっと列挙されたが、これ以上意外な犯人を答えろという問題は難関大学の入試問題に出しても良いのではないかとすら思える。
その後もカシス君と議論を重ねたが、懸念通り、結局答えは出なかった。
『意外な犯人なんて存在しないのよ』という、ミカンちゃんの笑い声が聞こえた気がした。
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