VS怪盗グアバ ドリアンダイヤ戦

VS怪盗グアバ ドリアンダイヤ戦 プロローグ




[第三話  VS怪盗グアバ ドリアンダイヤ戦]




 ミカンちゃんから借りたミステリを読む。それは私にとって半ば義務みたいなものだ。

 叙述トリックも、途中でオチがわかることが増えて来たし、社会派はおろか、本格でさえも、今となっては、この乾きを癒してはくれない――そう思っていた。



 けれど、その一冊は違った。



 ミカンちゃんが駄作と吐き捨てた一冊。だからこそ興味が湧いて貸して貰ったそれは、確かに駄作――というより、そもそも解けるように出来ていなかった。


 まず、犯人は探偵だった。しかしどう考えても彼に犯行は不可能だった。巧妙なトリックやアリバイ工作の余地はなく、絶対的に犯行が不可能なことは読めばわかる。そんな小説だった。



 ではなぜ犯行が可能だったかというと、この探偵は魔法使いだったのだ。



 勿論、そんな伏線はない。舞台は現実世界だし、ファンタジーの要素は一切なかった。

 それなのに、解答編でいきなり魔法が登場するのだ。

 正直に言うと、作品自体が面白い訳ではない。それを読んだ時のミカンちゃんの反応を想像するのが面白かった。



 言うまでもなく、こんなミステリはF推会ですら許されない。なら、あの部室で憤慨しているミカンちゃんは、きっと本を壁に投げつけたことだろう。

 ミカンちゃんにそうさせたこの本が気に入って、もう五回は読み返してしまった。今は六回目のラストスパート。毎回、『僕は魔法使いです!』のシーンでニヤけてしまう。


 返却の約束の日まであと数回読み返して、その後は自分で買うと心に決めた。

 が――その六回目を読み終えた瞬間に虚しくなってしまった。



 4月20日。日曜日。

 私がなぜこんなものを面白いと思えるのか、その理由が言語化できてしまったのだ。

 ミカンちゃんの反応を想像するのが……なんていう少し意地悪な気持ちがゼロとは言わないけれど、本質は違う。

『僕は魔法使いです!』の台詞のふざけた空気感が、F推会の雰囲気に似ているからだ。


 けれど実際のF推会は、書こうと思えば誰でも書ける適当な悪ノリではなく、パズルであること、ゲームであることが求められる。



 だから、



 なんだ、単にF推会が恋しいだけか――と気付いてしまったのだ。



 F推理研究会の三戦目は、ミカンちゃんの出題だ。まず間違いなく、パズルを楽しむことが出来る。それは悪ふざけだけの手元の小説にはない要素なので、単純に楽しみではある。


 けれど、その一戦でF推会の未来は決まってしまうのだ。


 彼女の言う『本物のミステリ』がどれほどのものかは知らないが、あの楽しい部活動の存亡を賭けるのであれば、絶対に負けられない。そんな想いがより一層強くなる。


 しかし決戦は5日後だ。今から気を張っていると大事な日に緊張の糸が切れる。

 そう自分に言い聞かせながら件の小説を学生鞄に突っ込み、私は気分転換に、数日前の新聞を手に取る。



 『娯楽新聞ヤマボウシ』。



 ここ『F苑街』限定の、娯楽に特化した新聞である。


 ミカンちゃんが崇拝しているミステリ作家の一人、ミネオラ先生の連載もあり、F推会でも度々話題にあがっていた。――いや、ミカンちゃんのことなんて今はどうでも良いのだ。

 どうしても次の戦いのことが気になってしまって、文章なんて頭に入らないだろうけど、活字を適当に追ってF推会以外の事を考えよう。


 そんな私の姑息な試みは――あっさりと成功した。




【怪盗グアバ現る!

 4月13日。午前6時頃。この日オープンしたばかりの宝石店『カリン』で、『ドリアンダイヤ』と呼ばれる一億円相当のダイヤモンドが盗難される事件が発生した。現場には、近頃世間を騒がせている『怪盗グアバ』のものとみられるカードが残されており、警察は――】




 新聞から目を離し、深く呼吸をする。同時に、先程までのモヤモヤした感情も体外に排出された。



 怪盗グアバ。それは、近頃この辺りに出没する謎の怪盗の名前である。

 男でもあり、女でもあり、大人でもあり、子供でもある。実体のない、変幻自在の大怪盗。現場にカードを残すというフィクションのような稚拙な行動を取るが、その盗みの手口は鮮やかで、最近では妙なファンまでいるらしい。



 人気の秘訣の一端として、怪盗グアバには盗んだ宝を必ず返すという特徴がある。彼が残すカードには毎回宝の在処のヒントが書かれており、盗まれた宝はこのヒントから導き出される場所に必ず隠されている。



 宝はいつもスーツケースに丁寧に入れられており、毎回、傷は勿論、指紋さえも残されてはいない。

 無論、持ち主からしてみれば、だからと言って許せるようなことではないだろうが、警察――もしくは暗号を解読した有志――による捜査の甲斐もあって、怪盗グアバが本当の意味で財宝を盗んだことは、これまでに一度もない。



 ミカンちゃんから借りた作品の中には、いわゆる怪盗が登場する物語もいくつかあった。


 怪盗はいつも、警察や探偵に挑戦する。

 盗みを事前に予告して彼らと戦う怪盗もいれば、盗んだ後に宝を隠してヒントを与え、彼らと知恵比べする怪盗もいる。グアバは後者という訳だ。

 この『怪盗』と『探偵達』の攻防は、F推会における『出題者』と『解答者達』の攻防に似ている気がする。



 怪盗グアバの存在は少し前から気になっていて、何度かその暗号に挑戦したこともあるが、私にとってそれは単なる暇潰しでしかなかった。

 しかし――F推会に入部したことが原因だろうか――いつの間にか、私の中で彼への興味はこれまで以上のものとなっていた。


 恐らく、怪盗グアバの目的は『財宝』ではなく『楽しむ』ことだろう。彼の行動には、それが顕著に見られる。


 私は口角を上げて新聞に目を戻す。記事の最後には、怪盗グアバが残した『暗号』が書かれていた。




  『仮名の子、葉の散る旨、願人は無いが、芋とっ盛りて炭臭っが』




 見事に暗号を解き明かした者には、宝石店『カリン』のオーナーから賞金も与えられるらしい。

 出題者は怪盗グアバ。挑戦者はこの記事を読んだ全ての者。つまり、この私にだって彼に挑戦する権利はある訳だ。

 私の目的も怪盗グアバと同じである。『賞金』ではなく『楽しむ』ことを重視している。


 来週のF推会でミカンちゃんの出題を受けるまでの暇潰しとして、精々楽しませて貰おうと思った。


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