Fブラックチョーク消失事件 ヒントⅡ





 校舎の形→『H』

 右の縦棒→『東廊下』

 左の縦棒→『西廊下』

 間の横棒→『中央廊下』

 廊下の長さ→全て10メートル


 『H』の右上の部分→ 一年F組の教室

 『H』の左上の部分→ 一年E組の教室



 物語の舞台→三階の空間のみ






「まず、。補足の項目で明記されているのでこれは間違いありません」


「はい」


 と、ミカンちゃんは気を取り直して応じる。




西、ですね」




「普通に中央廊下を通るってのは……駄目ッスか」とリンゴちゃんが続く。


「駄目よ。補足に書かれてある通り、午後1時から午後1時40分までそこにはレモン先生がいた。その間、彼女は誰も目撃していない」


「……じゃあ、東廊下の窓から脱出したんッスか?」


 私は三人の議論を黙って拝聴する。

 スモモ先輩が前提を口にし、ミカンちゃんがそこから問題点を見つけ出し、リンゴちゃんが疑問を口にする。中々のチームワークだった。



 議論の的は窓からの脱出。

 スモモ先輩は、その可能性をゆっくりと潰してゆく。



「――リンゴさんがおっしゃる通り、わたしも『窓』というルートしか残されていないと思うのですが。ここには、かなり沢山の問題があります。


 まず大前提として、中央廊下が10メートルなので、F組側の窓からE組側の窓までも10メートルということになります。ここを通るなら、空中の10メートルを越えていかなければなりませんね」



「ええ。そしてまず、何らかの方法を使って窓から一旦地上に降りるというのは不可能です。


 補足には、


『三階の廊下は地上から7メートル、天井は地上から10メートルの位置に存在するが、作中にて、この地上7メートルから10メートル以外の空間に入ったものは存在しない(例えば一段であっても二階への階段を降りたものは存在しない)。校舎内だけでなく、校舎外にもこのルールを適用する。』


 と、補書かれていますから。


 校舎外も含めて、二階から下の空間には行くことすら許されません」



「……あ、わかったッス!」


 とリンゴちゃんが声を上げる。



「地上7メートルから10メートル。この3メートルから出ることなく、壁を横に伝っていけばいいんッス!」



「残念。『外から校舎に触れたものは存在しない』って補足に書かれているわね」


 ミカンちゃんはそう断じた後、私に視線を移して続ける。


「ねぇ、イチゴ、『手袋の上からなら触れたことにならない』みたいな屁理屈はなしよね?」


「ええ、それはないです。手袋という時点でルールEを破っているとも言えますが、例え服の上からだったとしても、きちんと触れた扱いにします。

 屁理屈や言い逃れではなく、服すらも『あらゆる道具』に含まれますからね」


「ふむ、確かにそうね。その厳密性は評価できるわ。じゃあ、会話の中にある消しゴムや紐を使うのかしら? でもその二つで……」


「んー、そうですね」

 とスモモ先輩が続く。

「補足に『作中に登場する全ての道具に、書かれている以上の解釈を加えることを禁止する。』とありますから、かなり厳しいと思います」


「……これがなければ、伸び縮みしたり引っ付いたりする巨大な消しゴム、ってのもありなんですかね?」

「いえ。ルールEがあるので、例えこの補足がなくても厳しいと思いますよ。念の為の予防線、なのでしょうね」


 ミカンちゃんとスモモ先輩が「ううむ」と唸る。




 しばらくして、リンゴちゃんが「あ!」と声を上げた。


「窓の外に非常用の通路や歩ける窪みがあったんッスよ! そしたら校舎に外から触れる必要はないッス!」


「それもないわね。『窓の外に、人が足をつけられるスペースは存在しない。』って補足に書かれてあるし、それ以前に隠し通路の存在は前置きで否定されてるわよ」




 中央廊下は使用できない。

 明記されていない通路も存在しない。

 従って常識的に考えれば窓から脱出するしかない。



 けれど3メートルという制限があり、外から校舎に触れることはできない。そして足をつけられる場所すら存在しない。


 更にルールEにより、作中で登場していない道具の使用も一切認められていない。

 登場している道具に妙な解釈を付加することは、ルールEで最初から禁じられているようなものだが、補足で更に厳密に禁止されている。


 どこにも隙がない――が、ブラックチョークは確かに何者かの手によって盗まれた。



 残り時間は20分。

 さあ、逃げ切れるか、という所で――スモモ先輩が手を上げて言った。




「……?」




 ミカンちゃんとリンゴちゃんが口をぽかんと開けて彼女を見る。



「……ひひ、スモモ君。凄いね、もう答えがわかったの?」

 ザクロ先輩も原稿から目を離し、彼女に尋ねる。


「ええ。一応私なりの答えは出ました。先程も言いましたが、イチゴさんが想定している答えが全てではありません。もしかすると、私は全ての要素を無視して正鵠を射るかも知れませんね」


「……き、聞かせてください」

 私の声は震えていた。



 大丈夫だ。たったの10分で解かれる訳がない。



 先程スモモ先輩に指摘されたように、問題に穴がある訳でもない。

 一見情報が少なく、どこからでも攻められそうに見えて、実はかなり守りを固めているのだ。

 だから私が想定していない別解も有り得ない。



「まず――」

 スモモ先輩が口を開く。

 私を含めた四人は固唾を飲んで、彼女の推理に耳を傾けた。



「ブラックチョークがどのような形で教壇に置かれているか、一切説明されておりません。だから解釈は解答者に委ねられます。

 ケースに入っているかも知れないし、剥き出しで一本だけ置かれているのかも知れない。いや、?」



「……ひひ、つまり?」

 ザクロ先輩が何かに気付いたように口角を上げ、先を促した。




「つまり――




「ひひ、そうだね。問題ない。


 あれ、そういえば、作中に『風強いッス』って台詞があったよねぇ。

 E組からF組までの窓が開け放たれていて、強い風が吹いているということが証明されているわけだから……」


 まるで言い終わってから気付いたかのように、ザクロ先輩が口に手を当てて大げさに驚く。


「ひひ、『犯人はいかにして一年E組へ侵入したか?』ではなく、『ブラックチョークはいかにして一年E組を脱出したか?』と考えればよかった訳だ?」


「はい。どうでしょう、イチゴさん? 貴方がこの解答を想定していたかはわかりませんが、




 ?」




 スモモ先輩はそこでこほんと咳払いし、


「つまり犯行は誰にだって――」


「――ひひ、待って」

 最後の一言を言いかけた所で、ザクロ先輩に制止された。



「……あれ、何か間違えましたか?」


「いや、もしかしたらそこまでしっかりと突き詰める必要はないかも知れないけれど、そこから犯人を絞り込むことも可能だと思ってね」



 そう言って、ザクロ先輩は、スモモ先輩の推理を引き継ぐ。



「……ひひ、注意すべきは『風強いッス』という台詞を誰が言ったかだよね。口調だけを見るとリンゴ君だけれど、記述がないから決めつけてはいけない。

 このゲームではルールCによって、犯人だけは嘘をつくことができる。




 だから、




 では、絶対にこの台詞を言っていない人物はいないか?




 一人だけいるね。




 『生徒達が「少し寒いわね」「風強いッス」と元気に騒ぎ立てる中、――。』。




 つまり、イチゴ君だけは絶対にあの台詞を言っていない。



 よってフーダニットの答え、つまり犯人は『イチゴ』で、

 ハウダニットの答えは、『風でF組まで飛ばされて来た小さなブラックチョークを盗んだ』。




 ――これでどうだろう?」




 心臓の音が自分の耳に届くほど大きく聞こえる。

 これだけ緊張したのは初めてかも知れない。



 だって私は、



「スモモ先輩とザクロ先輩の推理ですが――」




 先輩方二人の推理を、




「――




 否定することがのだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る