Fブラックチョーク消失事件 ヒント

 


[Fブラックチョーク消失事件 ヒント]

 (※出題『話しているのは?』は、この段階で解明されます)





「おかしな小説ッス」

「なにこの短さ! 情報不足過ぎるわよ! ていうか、あたしまだ校長なのっ?」

「別にザクロさんの世界を引き継ぐ必要はなかったのですよ?」

 リンゴちゃん、ミカンちゃん、スモモ先輩の三人はほぼ同時に読み終えたようで、さっそく、それぞれ率直な感想を口にする。下手な受け答えはせずに、私は愛想笑いを返す。



 ザクロ先輩だけが尚も真剣な表情で原稿を読んでいた。


「ああ、ザクロさんは何度も読み返して黙考する方ですから……」

 と、スモモ先輩がフォローし、


「……ひひ、この問題、難しいね。ごめん、四人で先に進めてて」

 ザクロ先輩自身がそれを謝罪した。



「わかりました。では、スモモ先輩、ミカンちゃん、リンゴちゃん、何かご質問があればどうぞ」



「……そうね。とりあえず、文句は答えを聞いてからにしてあげる。先に三つほど訊かせて貰うわ」

 最初に質問をぶつけてきたのはミカンちゃんだった。

 前回のゲームでもそうだったが、彼女は文句を言いながらも真剣に考察する人間なのだ。



「まずは素朴な疑問なのだけど、前置きで『東廊下』という名称を決めておきながら、作中でそれが使われていない。これに、何らかの意味はある?」

「いいえ。何の意味もありません。確かに作中では『中央廊下』と『西廊下』しか登場しておりせんが、これからの議論や私の解説にて必要になると思いましたので、予め名前を決めておきました」



 『私の解説にて』という台詞には『絶対に解かせない』という意味が込められているのだが、誰もそれには触れてくれなかった。



「じゃあ次。今回は作中で六人が容疑者とされることもなく、アリバイを尋ねられることもない。

 犯行時刻に六人は何をしていたのか、どこを見ていたのか、相互にアリバイがあるのは誰と誰か、誰かを監視していた者はいるのか、そういった情報が全くないのが納得いかない。

 出題『話しているのは?』を解けば、それぞれが所持している『道具』は見えてくる。けれど『アリバイ』は見えてこないわよね? アリバイ皆無で解けってこと?」


 私がその質問に対して返答する前に、ミカンちゃんは続ける。


「で、それも含めて最後の質問。この問題――解けるようにできているのよね?」


 愚問だった。私は口角を上げて、彼女の質問に答える。



。そして、この問題は解けるようにできています。少なくとも私はそのつもりで出題しました」



「…………そ、わかったわ」


「では、さっそく推理を始めましょうか」

 そっけない口調のミカンちゃんとは対照的に、スモモ先輩は柔らかい声でそう言うと、さっそく自ら口火を切った。


「イチゴさん。確かにアリバイが皆無であることも含めて、全体的に情報不足気味だとわたしも思います。

 勿論、それを責めている訳ではないですよ? というより、少な過ぎる情報は逆に出題者にとってはデメリットでしかないのです。


 明記されている部分以外の解釈は解答者の自由です。そんなルールの中で、自由を制限できるアリバイという武器を使用しないのであれば――極端な話、という状況が生まれる可能性があります」



 そして、



「そして――



 だからもっとしっかり穴を埋めておくべきでしたね。これだと、どこからでも攻めることができます。きっとスモモ先輩は言外にそう言っている。



「つまり、犯人は誰でもいいから、トリックを暴けばいいってことッスか? イチゴっちが誰を犯人と想定していたにせよ、反論できないからそれだけで正解?」

「いえいえ、そこまで甘く見てはいけません。けれど、解き方はザクロさんの出題とは真逆。今回はフーダニットではなく、ハウダニットを先に考えるべきでしょう」



 リンゴちゃんが首を傾げる。

「……フーとかハウとか、それなんッスか?」


「『フーダニット』は『誰が犯人か』。『ハウダニット』は『いかにしてやったか』です。


 今回こそは『ブラックチョークを盗んだのは誰か?』ではなく、『犯人はいかにしてブッラクチョークを盗んだのか?』という問題を先に解決する必要がある。それは断言できます」



「道理ですね。アリバイがない以上、そこから考えても何も見えてきませんから」

 ミカンちゃんはそう言った後に、

「でもまぁ、その前に――」と続ける。



「その前に――この『話しているのは?』という出題を



「ああ、そうでしたね」

 とスモモ先輩が微笑する。

「ミカンさんはもう解けてしまいましたか?」


「ええ。この手の論理パズルは得意なので、あっさりと。じゃあもう、あたしが説明してしまっても良いですか?」

 得意気に言い放つミカンちゃんに、スモモ先輩は「お願いします」と微笑みかける。



 ミカンちゃんは満足そうに人差し指を立てて、



「じゃあ、イチゴには悪いけれどさっそく解いちゃうわね。

 まず六つのヒントだけれど、これらは解くのに必要な手順通りに並べられていない。だから、まずは並べ直してみましょう。



・二回以上話しているものはいない。

・リンゴはメロンの三つ前に話している。

・メロンの後には、リンゴ以外の誰かが話している。

・二番目に話しているのは、リンゴかザクロかスモモかメロンである。

・ミカンの直前に話しているのは、リンゴかメロンである。

・ザクロの直前に話しているのはスモモではない。



 ――こうなるわね。まず、【二回以上話しているものはいない。】ってことで、重複はなし。それぞれ別人が発したものだとわかる。


 次、【リンゴはメロンの三つ前に話している。】だけれど、話しているのは五人よ?

 つまり、『三つ前』に誰かが存在するような立ち位置は、四番目か五番目しかないわね。



 従って、


 【メロンは四番目か五番目に話している。】

 【メロンが四番目なら、リンゴは一番目に話している。】

 【メロンが五番目なら、リンゴは二番目に話している。】


  と言い換えることができる」



「す、凄いッス! 一つのヒントが三つになったッス!」と、リンゴちゃんが驚愕して、声を上げる。



 ミカンちゃんは満足そうに頷いて続ける。



「じゃあ次ね、【メロンの後には、リンゴ以外の誰かが話している。】。

 『リンゴ以外の』というのは必要のない情報ね。気にしていると大切な情報を見落とす。


 これは単純に、

 【メロンの後には誰かが話している。】と捉えて、

 【五番目に話しているのはメロンではない。】と言い換えることができる。

 当然、五番目の後には誰も存在しないから、ね」



「一応、補足ですが」

 と、スモモ先輩が口を挟む。

「『その後も会話が続いているなら六番目=一番目である』という屁理屈は通用しません。

 まずヒントの中には、【二回以上話しているものはいない。】という前提があります。加えて、これら六つのヒントが提示されたタイミングや『判断材料は全て示された』という一文がどこにあるのかがポイントですね」


「ええ」

 とミカンちゃんが引き継ぐ。

「だからそんな抜け道も封じて、【メロンは五番目ではない】と断言できる。



 じゃあ、これを念頭に置いた上で、さっきのヒントを見直すわよ。

 【メロンは四番目か五番目に話している。】。五番目ではないなら……って、言うまでもないわね?

 ―― 一つ目の空白を埋めるわよ。『メロンは四番目である』。



 そして、【メロンが四番目なら、リンゴは一番目】ってことで、『リンゴは一番目である』。はい、これで残り三つね」



「……う。ちょっと頭が痛くなってきたッス」

「解こうとしてなかったからよ。論理パズルってのは、挑戦しなければ何も楽しくない。まぁ、わからなければメモでもなさい。もしくは結論だけ聞けば良いわ」

「……りょ、了解ッス……」



「ふん。――じゃあ次は、【二番目に話しているのは、リンゴかザクロかスモモかメロンである。】ね」


「……んー、四択ッスか。流石に情報がなさ過ぎるッスね」


「馬鹿ね。これは【二番目に話しているのは、ミカンではない。】と言い換えることができるでしょ」

「おお、なるほどッス!」



「で、次のヒント【ミカンの直前に話しているのは、リンゴかメロンである。】。

 リンゴは一番目。メロンは四番目よ。その二人の発言を『直前』に置けるのは二番目か五番目のみ。

 そして、【二番目はミカンではない】とわかっているのだから、『ミカンは五番目である』と断言できる」


「え、えっと……な、なるほどッス?」


「さて、残っているのは二番目と三番目。ここにザクロとスモモが入る――と言った所で最後のヒント【ザクロの直前に話しているのはスモモではない。】。

 この条件を満たす答えは一つしかない。

『二番目はザクロである』そして『三番目はスモモである』。逆だと、ザクロの直前にスモモが来てしまうものね。



 ――さあ、従って、



 一番目、リンゴ。

 二番目、ザクロ。

 三番目、スモモ。

 四番目、メロン。

 五番目、ミカン。



 となる――以上」




「おぉ、凄いッス!」

 リンゴちゃんが大きく拍手する。スモモ先輩も微笑みながら、小さく拍手する。まるで事件の真相自体が解かれたような錯覚に陥るが、勿論そうではない。



 スモモ先輩もそれを理解しているようで、遠慮がちに口を挟む。

「これで、誰がどんな道具を持っているのかが明らかになりました。発言の内容自体も重要になるかも知れません。しかし、問題はここからです」


「わ、わかってますよ!」

 あたふたするミカンちゃんに向けて、スモモ先輩は控えめに微笑んだ。


 しかしすぐに真面目な表情に戻り、


「――では、推理を始めましょう」


 さっそく、本題に切り込んでくる。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る