Fブラックチョーク消失事件 問題編



[イチゴからの挑戦状 『Fブラックチョーク消失事件』]





●前置き



 事件の内容を語る前に、校舎の構造を軽く説明しておく必要がある。



 本事件の舞台となるF宛女学園の校舎は、鳥瞰すると『H』の形をしている。


 作中では便宜上、右の縦棒を『東廊下』。

 左の縦棒を『西廊下』。

 それらを繋ぐ横棒を『中央廊下』と呼ぶ。


 廊下の長さは全て10メートルとする。



 そして、三階東廊下北の突き当り(『H』の右上の部分)に一年F組の教室が、

 三階西廊下北の突き当り(『H』の左上の部分)に一年E組の教室がある。



 本校舎は三階建てだが、一階及び二階は今回の事件とは無関係なので考える必要はない。

 また、作中で明記されていない通路や抜け道、秘密の部屋などは一切存在しない。



 以上の点を留意した上で本文を読んで頂きたい。






●本文



 9月某日。

 あの『Fアップルパイ盗難事件』から一ヶ月が経過したその日、F宛女学園に新たな事件が起きようとしていた。



 午後1時。お昼休み。

 数名の職員によって、校内全ての窓が開け放たれる。

 本校では、午後1時から午後2時までの一時間、こうして学び舎の空気を入れ替えるのだ。


 イチゴの所属する一年F組の教室の真ん中では、メロン、ザクロ、スモモ、リンゴ、そして校長であるミカンが、輪になって談笑している。

 生徒達が「少し寒いわね」「風強いッス」と元気に騒ぎ立てる中、イチゴだけが教室の隅――一番後ろの窓際の席に座ってぼんやりとしていた。



 彼女には大きな悩みがあった。

 どうしてこの学園に来てしまったのだろう。ここは私のいるべき場所じゃない。

 みんなはとても楽しそうにしている。けれど、私はここにいても楽しくない。夏休みが明けたというのに友達は一人もできない。それどころか、クラスメイトと会話したこともない。自分は未来の選択を誤ったのだ。

 遅い後悔を胸に抱きながら、イチゴはクラスメイト達の会話に、ぼんやりと耳を傾ける。



 ――と、さっそくではあるが、ここで一つ出題を。

 以下の会話は『メロン、ザクロ、スモモ、リンゴ、ミカン』によるものであるが、ここでは口調を統一し、発言の順番を伏せさせて頂く。後のヒントを元に、それぞれ誰が発したものなのかを考えて貰いたい。


 それでは、出題『話しているのは?』を開始する。




「そうです。黒いチョーク。それをライム先生が持っているらしいのです。ブラックチョークと呼んで大切にしているそうですが、黒いチョークに意味なんてあるのでしょうか」

「意味がないからこそ価値があるのでしょうね。しかし大切にしている割には、いつも一年E組の教壇の上に置いているらしいです。ここから見えますかね?」

「うーん……F組、E組、廊下、全ての窓が開いているのでE組の教室が丸見えですが、流石に教壇の上に何があるかまでは見えないですね」

「でも、大切なものなら肌身離さず持っておくべきですよね。どうして無防備な状態にしておくのでしょうか?」

「きっと、みんなに自慢したいですよ。ならばお望み通り、後で見に行ってみませんか?」




 それではヒントを提示する。




・二番目に話しているのは、リンゴかザクロかスモモかメロンである。

・メロンの後には、リンゴ以外の誰かが話している。

・ミカンの直前に話しているのは、リンゴかメロンである。

・ザクロの直前に話しているのはスモモではない。

・リンゴはメロンの三つ前に話している。

・二回以上話しているものはいない。




 以上である。判断材料は全て示された。



 そして、会話は続く。

 以下の五つの発言は、『メロン、ザクロ、スモモ、リンゴ、ミカン』がそれぞれ、先程と全く同じ順番で発したものである。




「そうだ。私達も自分の宝物を紹介しませんか? まずは私から。見てくださいこの『限定香り付き消しゴム』を! 縦3センチ、横2センチ。高さ1センチのものが10個! 全部、香りが違うのですよ!」

「私の宝物はこの『紐』です。長さ1メートル、直径5ミリのものが5本。最適のサイズです」

「私の宝物は過去の記憶です」

「私の宝物は皆さんですね」

「恥ずかしい答えですね。――ああ、私の宝物ですか? それは勿論秘密です。絶対に。まぁ、あのブラックチョークは奪ってでも欲しいですけどね」




 耳に入ってくる会話の内容を、イチゴは理解していない。いや、理解しようとしていない。誰が何をしゃべっているのかもわからないし、そもそも興味がない。ただぼんやりと、『騒がしいなぁ』とだけ思っていた。

 そして一瞬だけ、ベランダから飛び降りてしまおうか、なんて物騒なことまで考えてしまった。彼女はそれほどまでに憔悴していたのだ。



 午後1時20分。

 一年E組の教室へ担任のライム先生が訪れる。五限目は体育なので、E組の生徒達は既に全員がグラウンドへ集合している。

 ライムがここに来た理由は、教室に生徒が残っていないかを確認し、残っていれば早くグラウンドへ行くように催促する為だった。しかしどうやら、その必要はないらしい。

 西廊下は無人である。一年E組の教室内にも人はいない。さわやかな風が通り抜ける、何の変哲もない簡素な教室だ。


 しかし――ライムにとっては、とても大きな異変があった。



 



 風で落下したのかと思い、教壇付近をくまなく探すが見つからない。まさか奪われたのか? 確かに珍しいチョークだ。需要はあるだろう。

 ……いや、誰かを疑うのはきちんと探してからにしよう。疑うのではなく、まずは信じて助けを求めよう。

 そんな風に自分を説得して、ライムは教室を飛び出した。



 午後1時30分。

「貴方達、私のブラックチョークを知らない? よければ一緒に探して欲しいのだけど」

 ライムが一年F組へ行き、事情を話す。先生の頼みなら仕方がないなと思い、一年F組にいたみんながすぐに一年E組へ向かった。



 午後1時35分。

 一年E組に、メロン、ザクロ、スモモ、リンゴ、ミカン、イチゴが集まる。

 お昼休みが終わる午後2時までの間、みんなでブラックチョークを探すが結局見つからなかった。




●補足


・ブラックチョークは何者かの手によって盗まれた。犯行時刻は午後1時から午後1時20分の間である。


・午後1時から午後1時40分まで、レモン先生が中央廊下の掃除をしていたのだが、彼女は終始誰の姿も目撃していない。つまりこの間、中央廊下を通過したものは存在しない。


・『メロン、ザクロ、スモモ、リンゴ、ミカン、イチゴ』の中に、ライム及びレモンがいるといったことはない。


・三階の廊下は地上から7メートル、天井は地上から10メートルの位置に存在するが、作中にて、この地上7メートルから10メートル以外の空間に入ったものは存在しない(例えば一段であっても二階への階段を降りたものは存在しない)。校舎内だけでなく、校舎外にもこのルールを適用する。


・窓の外に、人が足をつけられるスペースは存在しない。


・外から校舎に触れたものは存在しない。


・事件は同日中に発生しており、時系列は前後していない。


・作中に登場する全ての道具に、書かれている以上の解釈を加えることを禁止する。



●問題


・ライム先生のブラックチョークを盗んだ犯人の名前と、その方法をお答えください。


〈以上〉

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