Fアップルパイ盗難事件 解答編
[Fアップルパイ盗難事件 解答編]
(※ヒントを先にお読みください)
「……ふむ、ちなみに訊くけど答えは出たのかしら?」
メロン先輩の問いかけに、私達三人は俯いたまま返事ができない。
悔しさ、申し訳なさ、あるいは怒り、それぞれの感情がそれぞれの心を支配し、口も開けない。つまりそれは無言の肯定だった。
「ひひ、やっぱり無理だったか。ま、新入部員だしこんなもんか」
「わたくしはもう少し期待していたのですがね……正直言って貴方達の成績は――2点です」
「な、何点満点中ですか……?」
思わず訊いてしまう。
「100万点満点中よ」
「低過ぎです!」
思わず叫んでしまうと同時に、メロン先輩のジョーク(?)に少しだけ元気を貰う。
「それで、解答はあるんですよね? なかったら退部しますよ!」
しかし、そんな私とは対照的にミカンちゃんは怒りを露わにしていた。
「か、解答は必ずあります! それが部活のルールですから! ほら、楽しい楽しい解答編のお時間ですよ~」
スモモ先輩がミカンちゃんをあやすが、どう見ても火に油だった。
「いいから早くしてくださいっ!」
予想通り、彼女は大きな声を出して憤慨する。
「ひひ、わかったよ。まず君達のミスから指摘させてもらうよ」
ザクロ先輩が人差し指を立てて続ける。
「君達はトリックを一生懸命考えていたけれど、一度も犯人を考えようとはしなかった」
「と、当然ですっ! まずはトリックを見つけないと始まりません。その次にアリバイやと照らし合わせて、犯行可能な人物を炙り出すのが普通でしょ!」
「ひひ、残念。ミカン君は読書家らしいけれど、その割には、だいぶ推理のプロセスが凝り固まっているみたいだね。残念だけれど、少なくともこの問題に限ってはそうじゃないんだ。
――だって、アリバイに注目するだけで犯人を特定できるのだから」
「――え」
私達三人は言葉を失う。
「ひひ、待ってて。今から、すごく簡単に犯人を絞ってあげる。
――ミカン君? 情報不足であると指摘して良いのは、与えられた情報をまずはきちんと纏められた者だけだ。最低限、これと同じメモは完成させて欲しかったな」
ザクロ先輩はそう言うと、アリバイを一覧にした小さな紙をこちらに差し出した。
犯行時刻(午前11時から午前11時30分まで)のアリバイ。
・メロン ザクロと部室で会話していた。
・ザクロ メロンと部室で会話していた。
・スモモ 部室の掃除をしていた(複数回の出入り有)。
・リンゴ 教室で補習をしていた。
・ミカン 学園へ向かっていた。
・イチゴ 学園へ向かっていた。
「ひひ、面倒だからここからは自分も含めて登場人物全員呼び捨てにしちゃうね。
まずは、メロンとザクロ。
二人は午前10時30分に部室で顏を合わせる。その後、物語のラストまで一度も外に出ていない。
但し、それ以前のアリバイはない――なんて仄めかされているけれど、その時間が犯行時刻外であることは明らかだ。
実は犯行は別の時間に行われていて……というアリバイ崩しが入り込む余地がないことは、本文をきちんと読めば理解できるでしょ?
だから、犯行時刻のアリバイだけを気にすれば良い。
午前11時から午前11時30分。メロンとザクロは間違いなく、互いにアリバイを証明し合っているね?
これが純粋な物語なら『二人が共犯であれば話は別』と言うことになる。
けれどルールB【犯人は一人。共犯が存在してはならない。】によって、それは有り得ない。
従って、メロンとザクロはシロである。まぁ、流石にここで躓くことはないか。
じゃあ、次はリンゴだ。
残念ながら彼女はたったひとりで補習を受けていた。だからアリバイを証明してくれる人がいない――本当にそうかな?
むしろ逆。彼女が一番強固なアリバイを持っている。
そう、証人は神だ。彼女は地の文によって補習を受けていることが明記されている。
つまり、ルールD【地の文に嘘が存在してはならない。】によって、リンゴは確実にシロと言える。
これで残る容疑者はスモモ、ミカン、イチゴだけだ。ひひ、あっと言う間に半分に絞れたね」
……ああ、なんてことだ。
どうして私は、情報が不足しているだなんて思ったのだろう。
推理とも呼べないくらい簡単に、容疑者を半分にしてしまえるではないか。
私達三人がきちんと犯人から先に考えていれば、ここまで辿り着くのは決して困難なことではなかったはずである。
「……ひひ」
と、ザクロ先輩は意地悪そうに笑って、問題の解剖を続ける。
「さて、ここからがF推会の本領発揮だ。
メロン、ザクロ、リンゴはシロ。スモモ、ミカン、イチゴはグレー。
犯人を当てようとするんじゃない。あと二人をグレーからシロにすれば良いんだ。
――と、いう訳で。
次に注目すべきはスモモだ。
彼女は午前10時50分に部室へ入り、その後、物語の最後までずっと部室の掃除をしていた。
ただし、一人で部室の外に出ることも多く、完璧なアリバイではなかった。その上、犯行時刻内の10分間は、ずっと一人でいたと言う。
うん。とっても怪しい――が、しかし。
ザクロは作中で『短い付き合いじゃないから、純粋なスモモ君が人の物を盗んでおきながら掃除を続けていたら流石にわかるよ』と言っているね?
コレ、何の意味もない証言だと切り捨ててはいないよね? 普通のミステリではそうだろうけれど、このゲームではこんな証言でも強靭なものになる訳だけれど?
……あれ? わかってない? うーん、そうだな、まずはルールCを確認して欲しい。
【犯人以外は嘘をついてはならない。】とあるね。
『故意の嘘』と書かれていないことがポイントだ。
つまり、あらゆる意味で犯人以外は嘘をついてはならない訳だ。
既にシロであることが確定したザクロは『というかまだ掃除が終わらないなんて、本当に綺麗好きなんだねー』と言っているね。
つまり、レモンがアリバイを尋ねに来た際もスモモが掃除を『続けていた』ことは明らかだ。
そして更に――ザクロは、スモモが『人の物を盗んでおきながら掃除を続けて』いれば『わかる』らしい。
あらゆる意味で嘘をついてはいけない存在であるシロのザクロ。彼女の発言は、絶対に真実であることが保証されている。
つまりこう書かれてある以上、ルールCによって、『ザクロはスモモが犯人ならわかる』というのが前提になってしまうのさ。
でもまぁ『わかる』だけだよね。そこで次はルールBだ。【犯人は一人。あらゆる意味で共犯が存在してはならない。】。明記されている通り、ここでも『あらゆる意味で』ってのがポイントだね。
つまりは、『直接犯行に及ばなかったにしても、犯人をかばう発言をすれば共犯となる』ってことだ。
ルールBとルールCを組み合わせて、もっとメタ的なことを言うと、『犯人以外の人物は、犯人によって誤認させられたことすら、作中で話すことは許されない』。
幸い今回はそんなに捻っていないけれど、つまりはメロンとザクロがシロだとわかったことで、連鎖的にスモモもシロだと言える。
スモモが犯人であれば『絶対にわかる』と言ってしまったシロのザクロには、スモモを庇うことも見逃すことも許されないからね」
…………しばし呆然とする。
普通のミステリでは、絶対に有り得ない推理方法だった。
しかし、説明されればとてもロジカルで、簡単なことのようにも思える。
推理はこの後、どう続く?
今からでも、原稿を読み直して真相に辿り着きたい――そう思ったが、ザクロ先輩は無慈悲にも解答編を続ける。
「――さて、もう残るはミカンとイチゴしかいないね?
それでは、二人がアリバイを語る場面を引用してみよう。
『ミカンさんとイチゴさんはどうですか?』と、レモンは残った二人にも質問する。
『その時間は、まだ学園へ向かっている最中でした』
ミカンはイチゴを一瞥しながらそう供述し、
『勿論、私もミカンちゃんと一緒です』
最後に残ったイチゴもそう言った。
どうかな? こんなミスディレクションには引っかかってすらいないかも知れないけれど、『二人が一緒にいた』と断言できる要素はどこにもないからね?
このゲームでは、明記されていないものはどう解釈したって構わない。だから『二人は別々に学園へと向かっていた』と読み取っても問題はない訳だ。
『ミカンはイチゴを一瞥しながら』ってのは、自分のアリバイを語りながら『さて最後に残されたイチゴは?』と気になって目を向けただけ。自然な心理だよね? 『この子と一緒に登校してました』なんて誤読したら駄目だからね?
――と言う訳で、ひとまず二人のアリバイは消滅し、犯人はミカンかイチゴのどちらかとなった。
ひひ、悪いけれど、ここまではただのジャブ。で、ここからが、ほんの少しだけ意地悪なんだけれど、でもまぁ、スモモをシロだと証明する筋道と同じことだよね。
ルールCにより、犯人以外は絶対に嘘をついてはならない。故意のものでなくても、確証がないものであっても、とにかくあらゆる嘘をついてはならない。
……ひひ、スモモがさ、作中でイチゴにこんなことを言っているよね。
――大丈夫、イチゴさんは犯人じゃない。
スモモはシロだから、この言葉は絶対に真実ということになる。
つまりこれでイチゴもシロであることが証明された。
ちなみにスモモはその後、『ううん、わたしはこの中にレモン先生のアップルパイを盗んだ人なんていないと思ってます』と続けているね。
うん、確かに彼女は『思っている』よ。それは真実だ。けれど『思っているだけ』だね。この言葉には何の意味もない。
どう? 簡単なロジックパズルでしょ? メロンとザクロがシロだと証明できれば、スモモがシロだと証明できる。スモモがシロだと証明できれば、イチゴがシロだと証明できる。
さあ、それでは犯人の発表だ。
容疑者が一人残っているね? 消去法だよ。ルールAにより、犯人はミカンだと断定できる! めでたしめでたし!」
ぱちぱちぱち。メロン先輩が大きく拍手をする。
「あ、相変わらず楽しそうに、お話されますね」
スモモ先輩は苦笑いしながら小さく遠慮がちに拍手をする。
恐る恐る私達を見ているので、ザクロ先輩に対して、言外に『第三者から見ればとっても不快な話し方ですよ』と忠告しているのかも知れない。
なぜかリンゴちゃんまで「うひょ~! 凄いッス!」と言いながら笑顔で拍手をしており、本当にこれで幕が降りた気さえしてくる。
「…………それで?」
けれど、低い声がそれを打ち破った。声の主はミカンちゃんだ。私ですら聞いたことのない声色にゾクリとする。
勿論、自分が犯人であることに怒っているのではないだろう。
「…………ひひ、何が?」
一方のザクロ先輩は余裕綽々だ。不気味な笑みを浮かべながら、舐めるようにミカンちゃんを視線で撫でまわす。
「ミカン……つまり作中のあたしがどこにいたかは知らない。けれど、まぁ、とにかく一人だけアリバイがなくて間違いなく犯人だってことはわかりました」
「……めでたしめでたし?」
茶化すザクロ先輩を睨みつけ、ミカンちゃんはぴしゃりと言い放つ。
「ミカンがどこにいたにせよ、何をしていたにせよ、午前11時からに午前11時45分までに職員室を出入りした者はいなかった!
つまりミカンには、犯行は勿論、現場からの脱出も不可能です!
いや、ミカンだけじゃない……誰にだって、レモン先生のアップルパイを盗むことはなんてできません!」
「……ひひ、できる。そして、午前11時から午前11時45分までに職員室を出入りした者は確かにいた。君が色々と勘違いしているだけ」
ザクロ先輩は、あっさりと反駁する。
リンゴちゃんはスモモ先輩が淹れてくれた紅茶を優雅に飲んでいるけれど、私は最後の最後まで頭を働かせる。
もう随分と手遅れだけれど、まだ最後の謎を解くチャンスは残っているはずだ。
一体、犯人のミカンちゃんはどんなトリックを使ったのだ?
職員室を出入りした者は確かに存在したとはどう言うことだ?
メタ的な保証までされた密室ではなかったのか?
作中に登場していない道具の使用も認められていないのだから、荒唐無稽なトリックが使われているとは思えない。
ならば切り口はやはり犯人の項目にしかないのではないか?
けれど今更、犯人に関するどんでん返しなんてものがあるはずはない。
――そこまで考えた所で、私の脳裏にふと、とんでもない可能性が過ぎった。
「…………いや、ある」
不覚にも思考が口から洩れる。けれど間違いない。私はやっと正解に辿り着いたのだ。
「ザクロ先輩、犯人がわかりました。時間切れですけど、答えていいですか?」
「…………ひひ、どうぞ」
ザクロ先輩が嬉しそうな顔をする。
見るとメロン先輩とスモモ先輩も同じような表情を浮かべていた。
ミカンちゃんとリンゴちゃんだけが、目と口を開いて、私を見つめていた。
当然だ。私は『犯人がわかりました』と言ったのだ。
既に明かされているはずの犯人に対してこう言った。それで先輩方が歓喜するということは、やはりこれで間違いがない。
「ど、どういうことよ、イチゴ?」
ミカンちゃんが縋るような目で私を見る。
「……どうしてわからなかったのでしょう。答えは、とても単純なものなのに」
「単純?」
「ええ。犯行時刻である午後11時から午前11時30分の間に職員室を出入りした人間、つまり犯人は確かに存在していた。それだけですよ」
「だ、だから、その時間、職員室の入口付近にはレモン先生とキウイ校長がいたでしょ? 彼女達の目撃情報を疑う必要がないことは補足にも書かれているわ」
混乱するのも無理はないだろう。
私はミカンちゃんから薦められたミステリを、付き合いでほんの数十冊読んだ程度の知識しかない。だから偉そうなことは言えないけれど、少なくとも目の前にある原稿ほど意地の悪いものは見たことがなかった。
読者を驚かせるエースとも言える叙述トリックも、もはやパターン化されている。
この原稿だって、分類するならば定番中の定番である例のパターンだ。
しかし、この使い方は反則だろうと思った。
真相を知れば、ミカンちゃんはきっと憤慨するだろう。私はそう思いつつも解説を続ける。
「ミカンちゃん。これが普通のミステリなら犯人は明白です。でも、このゲームには余計なルールが沢山加わっているから、読書家のミカンちゃんにはかえって難しいのかもしれない」
「もったいぶらないで!」
ミカンちゃんのことだから自分で謎を解きたいだろう。そう配慮したのだが、逆効果だったようだ。ならば、もう答えを言ってしまおう。
「『出くわした』という表現を見ると、外から帰って来た人との出会い頭をイメージしてしまう。でもそうとは限りませんよね。職員室を出た後に後ろから声をかけられたとしても、レモン先生視点では出くわしたことに変わりはないでしょう」
「……え? まさか、でも……」
きっと、アップルパイはあのジュラルミンケースの中に入っていたのだろう。
私はザクロ先輩の目を真っ直ぐに見つめて、
「――校長先生、ですよね」
この事件の犯人を言い当てた。
「……ひひ、お見事」
すぐに「そんなの有り得ない!」とミカンちゃんが叫ぶ。
ルールAにより犯人は『メロン、ザクロ、スモモ、リンゴ、ミカン、イチゴ』の中に存在することが約束されている。
だから校長先生が犯人だという解答は、常識的に考えればミカンちゃんの言う通り有り得ない。
ああ、なんだか楽しくなってきた。時間内に答えを見つけられず、ザクロ先輩の解説が始まってから説いた謎だけれど、ミカンちゃんが頭を悩ませている姿がなんだかとても愛おしい。彼女より先に私が謎を解いたことに無上の喜びを感じる。そして、自分の推理を口にするのがこんなにも楽しいだなんて思わなかった。
ザクロ先輩の楽しみを奪って悪いけれど、私は遠慮せずに最後まで続ける。
「念の為に言っておきますけど、容疑者六人の誰かが校長先生に変装していた訳じゃないですよ。地の文でしっかりと『校長先生』や『男性』と明記されているのが何よりの証拠です。ここにきて、実はあれは校長先生ではなくて……というのは有り得ません」
「わかってるわよ! あたしも流石に、作者がガードしている前提すら理解せずに『犯人は変装していたんだ!』なんて言うほど馬鹿じゃないわ。でも……じゃあ、いったい」
「発想を逆転させればいいのですよ」
私は深く呼吸をして、
「メロン先輩、作中で明記されていない事柄に関しては、どのような解釈をしても構わない――そうですよね?」
メロン先輩に最後の確認をする。
「そう、明記されたこと以外は何でもありよ。
ルールFに【ルールA~E以外の全てを認める。】ってあるでしょ。F推理研究会の『F』には六つの意味が込められているけれど、その内の一つは『フリーダム』の精神なの」
彼女は私を祝福するように、にっこりと微笑みながら、
「さぁ、イチゴ、答えをどうぞ」
後押しをしてくれた。
「はい」
みんなが私を見つめている。私はこほんと咳払いをして、『Fアップルパイ盗難事件』の真相を口にする。
「作中のミカンちゃんは――――キウイ校長です」
リンゴちゃんが紅茶を噴き出した。
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