最終話・模倣犯シースからのご依頼とエッジさんとのニューゲーム
事業として見ればそれこそ、軌道に乗ったと言えるのだろうか。
安定して月に数件の依頼があるし、今ではワールドワイドにあちこちへと飛び回る事が多い。
そろそろ英語の一つでも話せるようになったほうが良いのだろうか、なんて考えることも有る。
最大の難点は俺以外に残機を持つ人間がいないこと。
どうしたって仕事は順番待ちになってしまうのがいくらか、申し訳ない気分になる。
デスゲームに参加した人たちの中にさえ、俺のように残機を持つ人間はいない。だから、テストプレイヤーをできるのは今のところ俺だけだ。
「まっ、しょーがないんだろうけど」
言い方は悪いが、俺のような特別な人間というのは少ない。
いないわけではないのがまた、なんともややこしい所だけど。
初めての依頼人である朝井加奈多さんのように、超人的な肉体を持つ人や夢の中へ潜り込むだとかそういう人とは何度か仕事を通じて知り合った。
世の中。俺が思っていた以上に不思議に満ち溢れているらしい。
だいたい同じところへ行き着くのはなんでだか知らないけど、俺がデスゲームのテストプレイヤーを生業にしているからかな。
もしも正義のヒーローだとか傭兵を目指してたら、別の超人に出会っていたかもしれない。
「居るのかねぇ、そんな人」
居るかもしれないしいないかもしれない。どちらにせよ、まだ会う機会はないしそれよりも先に。今は目先の仕事だ。
坂の上にそびえる目的地を見上げた。
木々が生い茂り、コンクリートの地面はひび割れ、雑草が顔を覗かせている。放置されて長そうだ。
日本での仕事。懐へ余裕ができたので、豪華にグリーン車でゆうゆうと過ごした後にタクシーで小一時間。
その後、徒歩で道なりに進んだ所に廃旅館がある。
バブル期と言う名前しかしらない時代の名残とでも言うのか、日本のあちこちにこうした古びたまま放置された施設がある。
一部は買い取られたりして新しく生まれ変わるのだが、当然。手から溢れるものはあるもの。
デスゲームの開催場所へ選ばれることは、ある意味では新生なのかもしれない。
そんなの望んでね~って言われればそれまでだけど。ほっとくのが悪いとしておこう。
【旅宿・あさひ】
我ながら私的な事を思いながら、しっかりとした作りの看板を潜った。
建物自体は純和風なのだが、ところどころに欧風を思わせる椅子や家具が雑に設えられている。
どこか統一感のない有様は、とりあえずと言う間に合わせが透けて見えた。
日中。日差しが十分と差し込む部屋の中をしばらく進むと、椅子の上にぽつりと乗っかるこけしが目に飛び込む。
素朴な作りだが、大きさは一抱えほど。土産屋の飾りかと勘違いしそうになる。
『ようこそ、テストプレイヤー』
合成音がなる。どこか懐かしさを覚える対応に、俺は思わず苦笑した。
「おまたせしました。ご依頼のシースさんですね?」
『そうだ。内容は把握しているな』
「はいはい。えっと」
スマホを取り出し、やりとりした内容を読み返す。
「時間制限を定める毒薬の接種と、各フロアへ設置された罠の動作確認。以上、12デスで間違いないですね?」
中々に数が多い。しかし、うーん。
『ああ、間違いない』
考え込んでいる間に、こけしからノイズ混じりの声が響く。
マイクを使い慣れていないのか、それとも調整が雑なのか。
ゲームマスターとしてはまだまだ未熟感がうかがえるのは、俺がある意味で一流どころばかりと対面しているからかも知れない。
エッジさんこと朝井加奈多さんとか、ロブやレオ老のような倶楽部。
彼女らの洗練された作り込みは、伝統や才覚に依存するのだ。
「薬はどちらに?」
ごとりと物音がする。
部屋の片隅を見つめると、ペッドボトルの水。近寄ってみると、小さなカプセルが転がっているのがわかった。
液状の薬を飲みやすくするための、市販されているカプセル容器の中は青い蛍光色の液体が満ちている。
『薬の効果は4時間44分で出てくる』
「洒落が聞いてますね」
失笑を堪えつつ、カプセルを舌へ載せてペッドボトルの水で飲み干す。温い。
側で物音が聞こえるが、無視してこけしの方へ語りかける。
「罠はどの順番で試してもいいですか?」
『…………ゴゾッ……』
少し間が空いた。想定していなかった質問と言う雰囲気だ。
うーん、この雑さ加減。大丈夫か不安になるぜ。
返答を待つ最中。スマホがメールを受信する。
何度かやりとりした捨てアドから、新着のメッセージが届いていた。
『スマホへ指示を送っておいた。その通りに、だ』
「了解しましたー」
意味があるやらないのやら。あちこちへ歩き回る指示の書かれたメールを頼りに、俺は旅館の中へ進んでいった。
かび臭いにおい。
腕は固く縛られ、火傷の後がじくじくと痛む。
真っ暗な部屋の中。椅子に座っていると言う、退屈な時間をはたしてどれだけ過ごしただろうか。
依頼の終わり。『情報を漏らさないため』とうそぶいて、俺へスタンガンを押し当てた依頼人のシース。
懸念としては当然なのだけど、しかしまあ。なんとも乱雑にすぎる手際だ。
「さっさと死んだほうが楽だったかなぁ」
後悔と共に右上へゆっくりと首を動かす。
明かりの灯らない部屋の中であっても、残機だけはなぜかはっきりと認識できるのだ。
【×23】
仕事終わりの数値。余裕は十二分にあるのだが、しかし。
俺は大人しく例のシースと言う依頼人に捕まることを選んだ。正確には捕まり続けることを、だ。
正直な所。たぶん、そうなるだろうと言う期待から。
もっとも。俺が死ぬ前に、だけど……どうやら期待通りの展開になったらしい。
物々しい音をたてて、入り口の鉄扉が開かれる。
片手に荷物を引きずるようにしながら見知らぬ男を引きずって、彼女は現れた。
「やっ、来ると思ってましたよエッジさん」
「居ると思ってたわ、テストプレイヤーくん」
お互いに冗談めかして話す。
ばちりと室内へ電灯が灯り、部屋の様子があらわとなった。
「冷凍庫か」
見覚えがある作りだ。前、閉じ込められて脱出するまでどれくらい生き残れるのかテストしたからね。
「電源が入ってたら、死ねたでしょうに」
加奈多さんが手に持った荷物――おそらく、シース――を部屋の隅へ投げ捨てる。
痛みに呻く声が聞こえた。まだ、生きているようだ。
「どうでした? 模倣犯のゲームは」
そう。今回の依頼人である男の罠、あるいは展開は全てがエッジこと加奈多さんが実行したデスゲームの模倣だ。
もっとも。
「先にプレイしたでしょう。キミは、どう思ったか聞かせて欲しいわ」
後学のためにねと、柔らかく温和な音色で問いかけながら加奈多さんが俺の膝上へ座る。
痛いし重い。顔が近い、いい匂い。
「雑だし、なにより致命的な欠陥がありました」
「詳しく」
「クリアできないゲームは、ゲームじゃないです」
男。シースの仕組んだゲーム、罠はすべてが生還をさせない作りになっていた。
仕組みを理解すれば、解けると言う難易度ではない。
技術を駆使すれば突破することの叶う、難しさというわけではない。
ただ無意味に難しく。そして、解除のための手順が存在しないのだ。
「犠牲を持って、解除を促すなんて手段もなかったものね」
「ええ。どうあがいてもクリアできず、活路も見いだせない。そんなものはゲームじゃない」
ただの殺戮だ。
殺したいだけなら、それこそ遊戯と言う体を取る必要なんてない。
「やってることは変わらないのだけれども、ね」
くすくすと喉を揺らして、加奈多さんが笑う。
美学などと名乗ればそれこそ、ふざけるなと激昂されるのは間違いないが。
それなりの線引きや、勝利したからこそ得られるものまで奪うのはもっと許されない。
「そこまで分かってて。ワタシに会うために、ここで待っていたと」
ふわりと頬を緩ませる加奈多さん。
「あいつのゲーム事態はだめでしたけどエッジの模倣なのは見て取れたんで、学生を狙うだろうなってのは予想できました」
思想信条どうあれど。エッジは学生感の友情や、繋がり、人としてのキラメキと言うべきものに価値を見出している。
だからこそ。朝井加奈多は教師という立場を利用して生徒の中を探り、頃合いを見て教え子達をデスゲームへ参加させたのだ。
「なら、前回の生存者である貴女を巻き込む手筈を整えるんじゃないかなって……エッジが殺せなかった女を殺すとか、差異を比べさせるために」
自分もまた、同じ参加者として。毒薬を飲んで。
誰かが正体を見破るならばそれで良し。死ぬのもまた、悪くないとしながら。
今のところ。彼女へたどり着いた参加者はいないようだけど。
「だから、ただ人を殺す事だけ考えてる罠なら突破してくるだろうなってのは簡単に予想できましたよ
そちらは、なぜ俺がここにいると?」
「デスゲームの舞台があるなら、テストプレイヤーの存在も簡単にわかったわ」
ぺちぺちと頬へ手が触れる。
「あとはゲームマスター、と呼ぶのもはばかるけど彼の性格や罠から逃してない可能性を考えた結果ね。
入れば会って帰るだけだし。いないか、とっとと死んでたならそれはそれで問題ないもの」
つまり。
俺にせよ、加奈多さんにせよ負けない賭けだ。
勝って得るものは、ちょっとした小粋なやり取りの時間だけど
「さて、それじゃあそろそろ……と言いたいけど、理緒くん」
「はい?」
「一つ、やってみたいことがあるのよ。だから……お願いしてもいいかしら」
財布から一万円を抜いて、ひらりと目の前に掲げる。
視線は冷凍庫の入り口。重い重い扉へ、向いていた。
ああ。それはよく分かる。
「わかりました。良いですよ」
「ありがと。それじゃ、お詫びじゃないけどワタシとキミでゲームをしましょう」
一万円を服へねじ込んで。加奈多――エッジ――は、ポケットからカプセル錠剤を取り出した。
市販。けれど、中身は毒々しい緑色の液体へ満たされたモノが二つ。
「ここからワタシの家までは、順当に行けば約6時間と半分。薬の効果からすれば、間に合わない時間ね」
それを躊躇なく口へ。一つを飲み干して、もう一つを舌へ載せて……俺の口と重ね、流し込んできた。
「はわっ!?」
「ワタシが生き残ったらデートでもしましょ」
妖艶に微笑む。濃厚な赤色の眼差しが勝利を確信したように、いたずらっぽく歪んでいる。
「俺は?」
「あいつにとっ捕まった時点で、仕事は失敗。だから――――」
立ち上がる。
いつか見たグレーの縦セーターと白いスカート。薄いピンクの髪をなびかせて、エッジが鉄製の扉へ向かう。
ほどなく。電気が落とされ。
「――GAME OVER」
流暢ながらも聞き惚れる、いい声音で仕事の失敗とゲームマスター失格の烙印をあわせて告げて。
俺と、模倣犯は冷凍庫の暗闇の中へ置き去りにするのだった。
~完~
おため死~どうやら俺には残機があるらしいので、今日からデスゲームのテストプレイヤーやって生計を立てます~ 平なつしお @natusio_hinaka
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