第三話・館地下にある殺人迷宮が正常稼働するか、テストしてくれと秘密倶楽部のレオ老人からご依頼

 仕事を初めてそろそろ一年かそこら。たぶん。

 いい感じに常連も出てきた頃だが、だからこそ仕事は丁寧にしなきゃいけないと気を引き締める。

 そんなふうに気を新たにしつつ、俺はリムジンを降りて執事へ案内されるがまま歩いて行く。

 本日は英国。古城を改築したお宅。石なのかなんなのか、正確にはわからない壁と鮮やかな色味の絨毯を踏みしめて案内された部屋へたどり着く。

「ようこそ、テストプレイヤー」

 広々とした書斎。無数の背表紙だけで頭が痛くなりそうな本が頭上高く積み重なり、部屋にはこうこうと日差しが差し込む。

 見るからにお金持ちのお部屋と言う印象を抱く高価な家具に囲まれて、老人が静かに椅子へ腰掛けていた。

「はじめまして。ミスター」

「はは、そう畏まらなくても良いとも。こそばゆさが先にくるからね」

 手のひらが老人の対面にある椅子を指差す。俺はなるべく失礼のないように気をつけて、促された席へ座った。

 うわ。座り心地ヤバ。

「昨夜はよく眠れたかね」

「ええ。ホテルのロイヤルなんて、初めて泊まりました。お心遣い、ありがとうございます」

「キミがロブを助けてくれたお礼をかねて、だ。気にしないでくれたまえ」

 殺人ゲームを主催し、人々の死を娯楽とする倶楽部。その一員である老人レオ・アーン。

 一見して穏やかな風貌だけど、その実は血と肉とむき出しの感情を好む男だ。

「もしもキミの助言がなければ、彼はこの後テストする場所へ行くことへなっていたよ」

「生き延びれば無罪放免、そうでなければ……ですね」

「もちろん。寛容だろう?」

 ぱちりとウィンク。外国人のクセみたいなものなのかな。似合ってるけど。

「俺がテストする場所……迷宮でしたっけ」

「その通り。数々の罠が敷き詰められた、殺人迷宮だ」

 意気揚々とうなずく。それだけ迷宮へ自身があるのか、シワの刻まれた顔が興奮で赤く染まっている。

「実のところ、この古城を買い取ったのも地下の空間と拷問部屋が魅力的であったからなんだよ」

「え、それじゃあもしかして……」

「その通り。元々、ここの地下には似たような設備が備わっていたんだ」

 人類の進歩の無さを嘆くべきか。昔っから変わらない性質を伝統と呼ぶべきか、とても悩む。

「と言っても、当時の地下迷宮はどれもレトロで使いかっても悪くて仕方なかったんだ。

 だから買い取った後、時間をかけて改造したのが此度の迷宮なんだよ」

 カメラの設置。回路の誘導や、罠の刷新とすることは多かったらしい。

 受けてくれる業者がいたというのが、素朴な疑問だがそこは倶楽部の権威とか御用達の企業とかがいるんだろう。

 デスゲームの舞台作りなら、内へ任せてください! 的なの。

「いつ頃から使われてるんですか?」

「三十年前だ」

「俺が生まれる前から、そりゃすごい」

 まさしく伝統の殺人迷宮と言うわけだ。

「ああ。だけど、やはり長く使っているからこそ、問題点も多い……まず広大すぎるせいで、一部の罠が未使用なんだ」

「進路次第じゃ行かないところも、もちろん出てきますもんね」

 レオ老がうなずく。

「次に酷使されている罠がどれだけ、損耗しているかもあやふやだ。刃の切れ味が落ちてるかどうか、なかなか確認する機会もない」

「適当にさらってきてぐさーなんてのは、いくらなんでもと」

「殺人を楽しむ倶楽部だが、だからといって人死だけを眺めたいわけでもないからなぁ」

 芸術性と言うか娯楽性というか。そういうのが大事、と言う事だ。たぶん。

「では、俺は迷宮内へ入って全ての罠へかかってくると言うことでよろしいですか?」

「それもあるが、もう一つの問題が同じ行き来の問題で同じ罠へかかった場合がどうなるかも確認したい。通常の状況では、起こり得ない事だからね」

 大体は一つの罠を超えた先で行き止まりにぶち当たり、戻る前に死ぬと言う。

 が。万が一はある。俺みたいなチート持ちや、あるいは加奈多さんのような超人を引き当てたら死ぬはずの罠で死なない可能性は十分にある。

「わかりました。では、各罠を数回ほど検証していきます」

「ああ。時に、残機は十分かね? 罠の数は30弱もあるが……」

 問われ、視線を片隅へ送る。


【×78】


 念のために補充してきたので、全てに二回ずつひっかかっても余裕はある。

 俺は問題ないとうなずきつつ、補足するように告げた。

「不足するとなった場合、あのホテルへ一度、逃げ帰らせてもらいますよ」

「わかった。それと現地の様子は逐一、監視している。トラブルがあった場合、すぐに大声を上げてくれ」

 レオが言い切ると同時に、部屋のドアが開く。

 屈強なボディーガード達が俺の脇へたった。

「せっかくだ。大多数のように、連行されるというのも経験してみるかな」

「ええ、それでは是非」

 答えると同時に。俺の顔へ、黒い布がかぶさった。






 ごうんと、大きな音をたててエレベーターが止まる。

 ちょっと揺れがひどかったし、ここもメンテナンスしたほうが良いだろうなぁなどと思っていると、ゆるやかに扉が開いた。

 長々と続く光沢のある廊下。窓はなく、うっすらと遠くへ明かりが見える。

 唯一の出口だと伝えんばかりだったが、まもなく光源が灯り輝きは平凡な色へと落ち着いた。

「生還おめでとう――と、本来ならここで出迎えるのが通例なんだよ」

 簡素なテーブルには真っ白なクロスがかかり、上にはスイーツの塔とたっぷりの紅茶。

 空いた席を先程のように促すレオ老に従って、俺は木造りの椅子へ腰掛けた。可憐なメイドの女性が静かに、ティーカップへお茶を注いでくれた。

「若いキミには腕よりも、見目の良い女性の方が嬉しいだろう」

「実に」

 うなずく。たゆんと揺れる胸部が素晴らしい。

 金髪メイドはそれだけで至宝だ。うんうん。

「ちなみに、何人目ですか?」

「6人目だ。もしも、数えるならだが」

 多いのか少ないのかは、この地下で死んだ数次第だろう。体感では意外と多い、という印象だ。

「その中で、あの出口までたどり着けたのは……」

「ははははっ。そこまで悪辣ではないさ。ちゃんと、全員が脱出しているよ。多額の報酬を手に、ね」

 変に疑ったの申し訳なくなるくらい、朗らかに答えられた。

 軽く頭を下げるが気を悪くした様子はなさそうだ。

「おかげさまで、一通りの点検ができた。技師たちに変わって、礼を言おう」

 話題を切り替えるように、レオ老は深く追求せずに話を進める。

「仕事ですから」

 答えつつ目線をちらっと、残機を確認。


【×13】


 なんだかんだ、60回以上は死んだ。一回の仕事で考えたら最高記録だな。

 当然ながら稼ぎとしても。金額以上の体験をさせてもらってるから、どちらかと言えば申し訳無さが勝る。

「そういえば、ちょっと聞きたいんですけど良いですか?」

 居心地の悪さと無言の間を打ち破るように、俺から切り出す。

「もちろん。と言っても、予想は着くが。あの煙が出ただけの部屋だろ」

 モニターで見ていたなら、そりゃそうか。俺はうなずく。

「ええ、言われる通り声を出したら出てきましたけど特に何にもなくて。どんな死に方、する部屋だったんですか?」

「一定声量を関知することで、致死性のガスを噴出するのだがな。まさか、消費期限があるとは思わなかった」

「消費期限」

 え、そんなのあるの。

「我々も把握はしていなかった。二十年近く、一度も使用されずにいたこともあって毒性が劣化していったようだ。

 今後は定期的に入れ替える事を、念頭に置かねばならないな」

 くるりとを揺らすように持ってから、一口傾ける。様になっている仕草は経験による優雅さを感じさせた。

「あっ、それと中盤くらいかな。壁が狭まってくる罠が途中で止まっちゃいましたけど、アレは……」

「人骨だ」

 ケーキをわずかに切り分けながら答える。

 真似るように俺も目の前に差し出されたパイへ、フォークを通す。

「可動部の隙間へ骨が転がり落ちて、歯車の隙間を埋めてしまっていたようだ。

 すっかり取り除くには、すっかり分解してしまわないとできそうにないと、技師がぼやいていた」

「迷宮の中程でしたけど、メンテナンス用の通路とかはないんですか?」

「もちろん有る。が、あくまで基幹部分だけのメンテナンスを目的としているので、難しいとの事だ」

 同時に。だからこそ、こぼれ落ちた人骨へ気が付かなかったとも。

 だよなぁ。掃除とか大雑把だろうし。動かなさない時は動かさないだろうから、不良にはなかなか気が付かないものだ。

 やっぱり大掛かりなしかけほど、丁寧で小まめな管理が必須なんだなぁ。

「だからしばらく、この迷宮は休業にして全面改修しようかと思っているところなんだ」

「どちらにせよ人の手をいれるなら、一気にやっちゃったほうが良いってことですね」

 二度目。同じルートを通る場合、罠が不発だったこともある。

 そこを踏まえると確かに、再調整は必要だろう。

「それもあるし、やはり近頃はもっと見栄えと派手なのが好まれる。言ってしまえば……動画映えというやつだ」

 にやっと老人が顔をゆがめる。

 感性が若い。

「単純に迷宮へ閉じ込め、脱出までを見るのも悪くはない。

 が、若いものにはロブが主導する、キミの発案した競技性が高いものも人気がある」

 あれ人気なんだ。

 ちょっと鼻が高い。

「でも、こうした古式ゆかしいものもあって良いと思いますよ」

 大掛かりな仕掛けが動く様は、見ていてはらはらドキドキとする慌ただしさがある。

 目の前に迫る殺人鬼とは別の、異常で異質な死による圧迫感。罠ならではと言えるだろう。

 どろどろに解けてくとか。サイコロステーキになっちゃうとか。

 得難いと言うか、ただ殺すだけでは発生し得ない死に様だ。

「ふふふっ。楽しみは色々と多い方がいい、というのは同感だ。新しい殺人迷宮が出来上がった暁には、ぜひともテストプレイを頼むよ」

「その時は是非に」

「世界最高の殺人迷宮にしてみせるさ」

 互いに笑い合う。新しく出来上がるアトラクションを心待ちにする用に、俺とレオ老はしばし。

 高価なスイーツと紅茶をたしなみながら、穏やかな午後を過ごすのだった。

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