第二話・金持ちの道楽的殺人倶楽部の新人ゲームマスターロブからのご依頼
朝井加奈多さんこと、エッジが俺にたいして高評価をつけてくれたことで依頼の件数は右肩上がり。
銃で撃たれ、串刺しになり、ミキサーにかけられて溺死してサメに食われて熊にまぐまぐとされたり。数ヶ月の間に、一通りの死因は体験したのではなかろうか。
いやはや。意外とデスゲームを考えている人は多いもの。
おかげで、被害者目線でのアドバイスだって出来るようになってきたほどだ。
本業じゃないからあくまでこういうのもありますよ、と提案するくらいだけど。
「それでより良い、デスゲームになったら幸いってね……と、ここか」
英語の地図を四苦八苦しながら読み込んで、目的地へたどり着く。
そう。俺の評判はとうとう国内を超えて、海外へと届いたのである。まあ、そもそも。残機なんて持ってる人間、他にいないんだろうけど。
古びた湖畔のコテージ。日本とは違った木々の香りが満ちた避暑地が、今日の依頼主が待つ場所だ。
木製のログハウスがいくつか立ち並ぶエリアを散策するように歩くと、自然の溢れた景色には不釣り合いなダークグレーのスーツを着こなした金髪の青年が一人いる。
「やっ、テストプレイヤー。待っていたよ」
少しばかり違和感のある抑揚だが、聞き取りやすい日本語で青年が語りかけ大げさな手振りで右手を差し出してくる。
にこやかな顔は人の良さがにじみ出て、まさしくハンサムというのが似合う。
「はじめまして。今日は、よろしくお願いします」
手を握り返してお互いに上下へシェイクハンド。がっしりと力強く。
「ああ、ヨロシク。早速だが仕事の説明に入ってもいいかな?」
「ええ、もちろん」
社会の裏側。人に死を強いる遊戯へ巻き込み、そんな姿をあざ笑う娯楽とする倶楽部がある。
彼はそんな倶楽部の一員で、いわゆる中間管理職だ。あるいはなりたてのゲームマスターのロブ・コーウェンが依頼人の名前だ。
初めての大きな仕事ということで、万全を期すためにと俺を呼んだのだと言う。
湖畔の中央。大きな湖は、別の場所でピラニアのいる生け簀へ飛び込んだのを思い起こす。意外と完食してくれず、依頼人と頭を捻ったのも懐かしい思い出だ。
そのまま道をそれて、森林の方へ。木漏れ日が差し込み、冷たくも心地よい風が肌を抜けていった。
「これから向かう場所は森の一番奥でね、参加者……8名を予定している……は、そこで目覚めて罠に苛まれ殺人鬼に追われると言うシチュエーションだ」
「とすると、俺は可能な限り当日を再現したほうがいいですよね」
「そうなる。もちろん、気絶から目覚める必要はないけれど、何もわからないと言う風で逃げ惑ってくれたら最高だね」
死亡予定回数は10前後だが、念のために幅を持たせて20としている。
俺が先程の入り口付近にたどり着いたら、ゲームは終了だ。
【×49】
残機は十分。万が一、10を切ることがあったら日本でリスポーンしようと密かに決める。
「殺人鬼の数は、どれくらいですか」
「3名。いずれも札付きので、刑務所から引っ張り出すのに苦労したよ」
一纏めにするなら全員、猟奇殺人鬼。細かく見るならそれぞれ、独自の殺しが光る。
「と、するとそれぞれの個性に合わせた死に方もしといたほうがいいのかな」
「ああ、その発想はなかった。確かに視聴者を楽しませるならその方が絶対に良い。画角の調整もあるし、よければお願いするよ」
「了解でーす。ちなみに、どんな死に方を?」
「それはお楽しみってことで、どうかな?」
ぱちりと、カッコよくウィンク。さすがハンサム。色男な仕草がとても似合う。
「と、ほら見えてきた。あそこが開始地点だ」
木々の隙間。まだ、多少の距離はあるが古ぼけたログハウスに髑髏やらが装飾されてさながら、魔女の家に思えるように仕上がっている。
「ヘンゼルとグレーテルは魔女の元から逃げ出し、追ってから逃れようと必死に藻掻くが哀れ、現実は物語のようには行かない……そういう筋書きさ」
「童話へなぞらえるのは、良いですね」
理解がしやすい。馬鹿にしてるのかと最初は怒り出すが、次第に現実味を帯びた時。自分たちが主人公じゃないと気がついたときの落差は、きっと大きいものだろう。
「分かってくれて嬉しいよ……それでは、テストプレイヤーがログハウスに入って1時間後にゲーム開始だ。本番さながら、思うようにプレイしてくれよ」
「わかりました。必死に逃げてみせます」
期待していると、歯を見せて笑う。すでに成功を確信しているような、会心の笑であった。
ログハウスの中。日本のそれとは微妙に違うコーヒーメーカーに四苦八苦して、どうにか一杯を用意する。
香りがすごくいい。豆の違いだろうか。
「あ~……えと、とりあえずどうぞ」
「Thanks……いや、ありがとう……」
憔悴仕切ったロブが、ゆるゆるとコーヒーカップを受け取り、すする。苦々しい顔は、味よりも現状を憂いているからだろう。
とっぷりと夜も更けて。窓の外には人工の明かり一つなく、暗闇が広がっている。
デスゲームのテストはすでに終わった。問題は、その内容だ。
「逃げた殺人鬼、どうなりました?」
「先程、州警察が射殺したと連絡があったよ……残りの二名も病院で、死亡が確認された」
全滅だ。俺がどうこうしわたけじゃーない。
「冷静に考えて、好き好んで人殺すようなやつがムカつくやつを生かしておくわけ、ないっすよね」
「ああ。見事な仲間割れだったよ」
理由は定かでないが。逃げてる最中、罠の一つを殺人鬼側が発動させてしまった。
誤作動と言うか対象の識別をしていなかった結果だが。そのせいで怪我をしたのが、別の殺人鬼だったのが問題だ。
そりゃあ切れる。ブチ切れる。
で、そうなれば当たり前だが殺すという選択肢が生まれてくるのだろう。
だって殺人鬼だもん。理由としては、十分すぎてしまったのだ。
だから二人の殺人鬼は俺をそっちのけで殺し合い、ほとんど相打ちになって倒れて病院へ搬送されたけど手遅れだったようだ。残機無いからね。
「殺人鬼に首輪とか、はめてなかったんですね」
「契約はしっかり結んでいたんだ……」
「守るわきゃーないですよ。だって殺人鬼ですし」
自分の快楽優先したやつらだし。
そう言うと、ロブはがっくりと肩を落としてしまった。
ううむ。この上で、更に問題点を指摘するのは気が引けるけどお仕事だし一応は話しておこう。
「あとーですね。開催場所、すごい走りやすくて逃げるの簡単でした」
「見ていた。テストプレイヤーが特別、レジャーになれていると言うことでは……」
「ないない。死ぬのは慣れてるけど、それ以外は平凡かやや上程度ですよ」
100メートルを5秒前後とか言う、インチキ臭い身体能力はしてない。そういうのは加奈多さんの領分だ。
「奥まってて暗かったですけど、土は硬いし木々も合間が多いから移動が苦にならないんですよ。移動を制限するなら、靴を奪うくらいはしたほうが良いと思います」
「まるで考えてなかったよ……この際だ、他の問題点は?」
疲れ切った顔には活力はない。大きな騒動になった手前、もしかしたら先がないのかもしれないがそれはもう、仕方ない。
「罠の種類も少ないのが、気になりましたね」
「即死するのは興ざめかと思ってね、なるべく致死性の低いけれど動きを阻害するものを選んだんだが裏目に出たか」
「参加人数からすれば、一つくらいは即死のがあってもいいと思いますよ」
8人もいるんだし。
「周到な用意がなければできないとなれば、疑心暗鬼も煽れますし」
「そうか。確かに、そうだ。連れてきた者が生き残っていれば、疑いの目は向くな」
明確な敵がいるのに味方へ疑いを向ける。そういうのは見ている人たちからすれば、生のドラマと言えるはずだ。
「ざっと言えるのは、これくらいですけど……次の殺人鬼って、補充の宛は……」
「難しい。いいや、正直に言おう。ない」
だからこその焦燥か。
倶楽部が求めるゲームの開催そのものがもはや、不可能に近い状況に陥っている。
「う~ん……いっそ、参加者同士で殺し合わせるしかないのでは?」
「…………っ!」
がばりと、ロブが顔を上げる。青い瞳には活力がわずかに、灯っている。
「詳しく! 詳しく、頼むっ!」
「単純ですよ。殺人鬼が用意できないから、代わりに参加者へ殺人鬼になってもらうんです」
参加人数が8人なら、4対4でもいいし一人だけでもいい。主題からは大きく、ハズれないはずだ。
「悪くない。だが、あとはどう強制させればいい?」
「んっと、そうだなぁ……報酬で釣るか、それとも……殺さなきゃ生命がないぞって状況にするか」
加奈多さん、例の毒薬貸してくれるかなぁ。ちょっと連絡してみよ。
「一応、日本の知り合いに毒薬を借りられるか聞いてみます。解毒剤とセットで運用すれば、脅しと報酬には十分かと。
ただ、貸してくれるかはわからないので、そこは期待しすぎないでくださいね」
「いや、いや十分だとも! ああ、これで光明が見えた! ありがとう、テストプレイヤー……いや、リオ!」
ロブが両手で俺の手を包み、上下へぶんぶんと振り回す。
「さっそく、本部へ打診してくるよ! っと、そうだ! リオ、この後の予定は空いてるか? 良ければ食事をご馳走しよう。なんでも良いぞぉ!」
「はは、なら本場のステーキをお願いします」
「任せておけ。最高の肉を出す店へ、連れて行ってやる」
くたびれた様子から一転。陽気に振る舞い、ロブがスマホを片手に部屋を後にする。
すくなくとも最悪の事態は免れたようだ。
一人残された部屋で、俺はすっかりと冷めたコーヒーを口へ運ぶ。苦味ばかりで味はよくわからず目を細める。
【×49】
片隅に映る残機は変わらずだ。
あ、そういえば報酬はどうしよ。
「……ま、いいか」
旨いステーキが食えるなら、それで十分だろう。うん。
と、思っていたけど。
なんだかんだでロブは予定していた死亡回数分の金額を振り込んでくれた。
『次のテストへの先払いだ』
そんな一文を添えて。日本で受け取った俺の脳裏に、あのハンサムな笑顔が浮かぶのだった。
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