第一話・極限状態で人の本性と真実の友情が見たい、強靭な狂人女殺人鬼のエッジさんからご依頼

 新幹線へ乗り込み、駅弁を堪能しつつ西へ。

 県庁所在地の駅からバスを乗り継ぎ、さらに徒歩で一時間弱。

 はなはだ面倒くさい道程を超えて、ようやくと目的地へとたどり着く。

 自然豊かな田舎町の奥底に眠るように、その廃ホテル。


【HOTEL Sunset】


 五階建て。雨風にさらされた外壁は元の色を失い、汚れたままに植物が食い物にしている。

 栄枯盛衰を思わせる風貌は、なるほど。確かにデスゲームの舞台としては適切に思われた。

「ここなら悲鳴も聞こえないだろうし」

 宇宙と廃ホテルと廃ビル、人里離れた洋館から特に。

 キョロキョロと周囲を見渡しながら、俺は入口へと足を進める。自動ドアは当然、動いてないだろうなと手を伸ばすと物々しい音をたてながら、ゆっくりと開き目を丸くした。

 ――電気が来てる。

 普通ならそれこそ、あり得ない事態へ身を固くするところだけど。今日、俺がココへ来た理由を考えればちょっとしたサプライズにしかならない。

 どこかでこれから、俺がテストする機械が動いているのだろう。

 そう。

 殺人マシンやデストラップの数々が……!

「これが初仕事だけど、ちょっとわくわくして来たぞ」

 あの、理不尽極まりない動作やどう考えても一人で準備できない数々の機械郡。

 それを間近で見れるのだから、まさに映画を見ているようなもんだ。人生的な意味でなく、ホラー的な意味で。

 極上のスリルを期待しながら、俺は自動ドアをくぐって奥へと進んでいく。

 ホテルのロビーは閑散として、けれど後付された照明がほどほどに周囲を照らしている。

 夜と言うにはまだ速い時刻だが、流石に建物の中心部分まで届くほどの強さはない。

 少しばかり脆い床を、踏みながら少しばかり進むと不意に。ライトが一箇所を煌々と照らし出した。

『ようこそ、テストプレイヤーくん』

 機械混じりの声が聞こえた。

 それはまるで、眼の前の奇妙な人形が喋っているかのようだ。

 右半分が金髪で、少女の霊とか宿ってる仏蘭西人形。

 左半分がきっと、夜中に髪の毛が伸びる日本人形。

 呪われてそーな人形の間の子が、今日の依頼人だ。もちろん、操ってる人間の方が。

「おまたせしました、えっと『エッジ』さんですよね。その人形がゲームを案内する役割ってことですか?」

 正直、名前からくるイメージとはあまり合ってない気もする。

『そうだ。まだキミを信用しているわけではないからね……動作テストも兼ねて、このような対応をさせてもらった』

 ま、そりゃあそうか。俺だっていきなり、残機があるのでデスゲームのテストプレイヤーやります、とか言う馬鹿が居たら真面目に病院を紹介するか無視するわ。

「りょーかいです。それじゃあ、早速始めさせてもらいたいんですけど、いいですか?」

『ああ、頼む。予定は依頼する時に送らせてもらった通りだ』

 ごそごそとスマホを取り出し、内容を確認する。

「罠の実用実験が5件と、それから毒薬の効果を試す……以上、6デスですね」

『あっている。順路はこの人形の下へ地図を置いておいた。それと毒薬だが』

 わざとらしいほどはっきりとした、モーターの音色が響く。

 人形が左右へ分かたれて、中からまさに毒と言わんばかりのオドロオドロシイ緑色の液体が入った試験管が一つ。覗かせた。

『ゲーム本番ではここに、解毒薬が用意される予定だ』

「テストする事、多くて大変っすね」

『正直、労力に見合うか今から不安だよ』

 合成音声に失笑が混じったようなノイズが聞こえる。

 俺は毒薬を手に取り、ゴム栓を引き抜き一息で飲み干した。無味無臭。違和感が強い。

「飲みましたよー。味も匂いもなくて、違和感が強いですね」

『飲み物へ混ぜるにはちょうどいいだろう。効果は6時間後。5時間目頃に、発汗と発熱があるはずだ。もちろん、個人差で前後するが』

「そのへんも確認しときますね……タイマーセットして、と」

 とりあえず3時間後から様子みとこ。

 それから人形を横にどかして、地図を手に取る。ホテルの見取り図のコピーだが、紙は煤けてわずかに虫食いがある。もちろん、機能を損なうことはないようだが。

「演出ですか」

『雰囲気づくりはゲームマスターの役目だろう。本番では各ゲームをクリアすると、解毒薬へ通じる暗証番号が手に入る仕組みだ』

「けど、今日はクリアする必要はないっすね」

『そうなるな――では、頼んだよ』

 スピーカー越しに言うと同時に、ホテルの館内が一斉に光を灯す。

 演出上手めと俺は頷きながら横目で残機を見つめた。


【×31】


 万が一があっても、まあ大丈夫だろう。

 テストした限り、リスポーン地点は多少は選べるみたいだし。

「よし、行くか」

 毒薬の効果が出てくる前に、一通りテストしちまおう。






「と、言うわけで一通り終わりましたよー」

 罠のテストに3時間7分。それから、毒薬の効果が出るまで3時間21分。予定時間をオーバーしたけれど、すべての行程を終えた俺はホテルのロビーへと顔を覗かせた。

「あっ、おかえりなさい。待ってたわ」

 真っ暗闇を切り抜くような明かりの下。先程、人形が座っていた位置に一人の女性の姿と高く積み重ねられた瓦礫がある。

 背丈は俺と同じかやや高い。淡いピンクの髪がゆるやかなウェーブを描き、臀部まで。

 年齢はやや上か。大人らしい成熟した顔立ちと、蠱惑的な体つきに思わず目を奪われた。グレーの縦セーターを押し上げる胸部が、なによりも。特に。

「テストプレイヤーくん、誠実に仕事をしてくれたから。お詫びじゃないけど、信用の証としてね」

 手にしていた瓦礫を手で二つに割って、そのまま女性は上へ軽く弾くように飛ばす。それは当然のように放物線を描き、段々と積み重ねた瓦礫の上へしっかりと乗っかった。

「すごっ」

「残機、なんて超常現象を持ってるキミに言われてもね」

 苦笑。穏やかな声は、機械越しに聞いたそれとは全く別。柔和な色で聞き惚れそうなほどだ。

「さて、それじゃあお仕事の話……の前に、自己紹介。ワタシは朝井加奈多あざい かなた。かなたを並び替えて、刀でエッジ。そんな単純な名前よ」

 よろしく、と。加奈多が手を振るう。

「真山理緒です。あらためてよろしく」

 挨拶を返す。廃ホテルで外が暗く、そしてなにより。俺が6回も死んだ後じゃなければ見合いでもしてるのかと思う所だ。

「で、さっそくですけど。やっぱり気になったのは、毒薬の効果っすね」

「そこよねぇ。誤差と言うには長かったし。死ぬたびにリセットされてたってことは、ない?」

「毒とかそういう要因が体内にある場合、それで死ぬまでは解除されないっぽいのでそこは問題ないと思います」

 もしかしたら解除できるかもしれないけど。これは今度、試しとこ。

「とすると、量か……これは後日、あらためてテストを頼んでもいいかしら?」

「連絡貰えれば何時でもー」

「ありがと。ええと、次は床の罠を踏んだやつ、よね」

 適切な手順で踏まないと、床からするどい針がいくつも出てきて串刺しになると言う罠だ。あれもどうやって動いてるんだか。

「ちょっと針と針の感覚が空きすぎてたのと、太さが足りなかったのが難点ですね。立ってる状態だと、当たる面積が少なくて即死とはいかなかったです」

「再起動までの間も問題よね。針に刺さっていると、当然だけど固定されてて動かない。

 針が戻ってからバランスを崩して、倒れたからもう一度、となると最悪の場合は発動しっぱなしになっちゃうわね」

 ちなみ。俺は正解をわからないし、問題も読んでないのでしらない。適当にまっすぐ進んだら、道の半分くらいでぐさっと来た。

「改良するか別のに置き換えるかはまた後で検討するとして、最後の大仕掛は――」

「部屋の左右にある回転ノコギリを避けて、スイッチを押すって罠ですよね。なんか、急にジャンル変わった感がありましたね」

 罠を飛んで走って避けて、スイッチを押すと仕掛けが解除されたりドアが開いたりするらしい。

 俺はもちろん、適当に進んで足をズバッと切られてそのままバラバラに惨殺された。仕事だもんね。

 ここまでが謎解きで、その失敗や解けなかったら生命が奪われるのに対して。ここだけはアクティブに動く感じだ。

「実は仕掛けや罠って、誘う予定の子たちが持つ秘密や知られたくないことが答えなのよ」

「へっ?」

「そうやって、不仲を煽ったあとに……協力すれば、一回で終わる罠がどーんと見えてくるの」

 くすくすと無邪気に笑う。大人びた加奈多さんがすると、それはどこか妖艶な雰囲気があった。

「スイッチの最後。ドアを開く罠は、一番手前に。罠を止めるスイッチは、一番ノコギリの動きが過剰なところへ。命がけよね」

「一人なら最悪、走るだけ。けど大勢が生きてたら……」

「苦労して苦労して罠を解除した人は、けど……罠を動かすこともできる。本当に『友達』を信頼できるかどうか、見てみたいのよ」

 とはいえ、と。加奈多さんが言う。

「もう少し調整が必要ね。今のままじゃ、確かに信用や信頼を試すよりただただ無為に殺すだけになっちゃいそうだわ」

 ため息。どこか艶っぽい。

「ん、ありがとう。今回のテストプレイを依頼してよかったわ。これはまだまだ、調整が必要ね」

 間を置いて、顔を上げた加奈多さんが傍らのポーチから茶封筒を取り出して手渡す。

 失礼してとことわりを入れてから中身を確認すると、きっちりと6万円が入っていた。

「あははっ、役に立ててよかったですよ」

 懐へしまう。初仕事の報酬は、値段以上に得るものがある心地だ。

「はい。それじゃあ、確かに……と、帰りはどうするの? もう良い時間だけど」

「適当に崖から飛んで、家で復活します」

「なんでもありね。ふふっ、でも気に入ったわ」

 加奈多さんが立ち上がり、俺の側へよる。

「ワタシ、少し特異な身体と言うか特徴があるのよ。大抵のことはできるし、普通の人よりも力がある。ここの設備も、一人でせっせと運んだんだから」

 ポケットへ手を入れて、財布を取り出した加奈多さんはそこから1万円を取り出して俺へ持たせた。

「だから人間の首の骨だって、簡単に折れるの。試して、良いかしら――テストプレイヤーの理緒くん」

「ええ、もちろん」


 ごきん。


【×24】

 

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