Track 4. シンメトリー
結果的に、
例え自分が思い描いていたアイドルになれないとしても、何より優先すべきはデビューだと考えたからだ。
年齢的にも、きっと最後のチャンスになる。どんなに不当な扱いを受けようと、その先が夢に繋がっていればそれでいい。
そんな覚悟で手を握る類人にルナールは年相応に笑って「じゃあ、衣食住のお世話もよろしくね」と爆弾を落とし、きらりと光るブラックカードを差し出した。
高校生の妹は突然一つ屋根の下で暮らし始めたのハーフ美男子に「これが少女漫画なら確実にあたしがヒロインね」と、初日からメロっていた。だが当の本人は推ししか眼中にないようで「鼻の形が類人さんに似てるね!」と笑顔で恋愛フラグを圧し折ったのも、今では懐かしい。
ちなみに生活費として渡されたブラックカードは使うには恐ろしすぎて、丁重にお返しした。そのせいで大したもてなしはできていないが、
「これが類人さんが育った家!」
「これ! 雑誌で言ってた類人さんとお父さんが大喧嘩した時にできた壁のへこみ!」
「どっひゃ~! このオフショットって類人さんが同期と組んだ幻の異端児ユニット、『
など、一人で大変盛り上がりだったので、とりあえず問題はないらしい。
無邪気にはしゃぐルナールを保護者目線で見守る類人には、これからの期待よりも心配事の方が遥かに多い。
十七歳入所という経歴は、事務所の特色からすると少し遅い方だ。しかも百合子社長のスペオキ。彼の周囲には大人の期待と子ども嫉妬が混ざり合った異様な渦が漂っている。
どこへ行こうとも風当たりが強くなるだろうと心配する類人に「僕が類人さんに相応しいことを証明してやる!」と見当違いなやる気を見せたルナール。「何でお前が」と思われているのは類人の方なのに。
だが
アメリカのダンススクールに通っていたらしく、日本人にあまり馴染みのない表現力はいっそう目を惹いた。バレエの基礎もあって、しなやかさとメリハリが効いたダンスは十分にステージ映えするだろう。
ボイトレを始めてからの成長ぶりは著しく、特に高音域が素晴らしい。試しに類人が下ハモに入ってみると、二人の歌声は質が似通っているらしく効果的に耳に残った。「まるで二人で一つの声みたい。あなたたちは出会うべくして出会ったのね」と、コーチからお墨付きまで貰った。
加えて演技も怖い物知らず。経験を積ませようと事務所主催の興行に参加することになったのだが、海外仕込みの大胆な表現力に触発された演出家が急遽台本を作り直したくらいだ。当初一行だった台詞は、気づけば一ページに増えた。
類人と同じようにデビューを目指して研鑽を重ねる若いタレントたちは、自らの才能で
厳しいオーディションやスカウトで所属すること自体がステータスと言われる
一方で、下手を愛そうとするのは日本独特の文化の一つだ。出来の悪い子ほど可愛いとはよく言ったもので、生まれ持った資質の足りない部分を努力で補う少年たちを、ファンはよく愛してくれた。だから彼らは努力を惜しまない。
だが世界へ目を向けるとどうだろう。
日本の音楽チャートには海外のハイレベルなパフォーマンスが台頭し、ユーザーの目は肥える一方だ。
これから
それを席捲する
そして類人にも新時代の波が否応なしに打ち寄せている。
ルナールと仕事を共にするようになり、彼を取り巻く環境に少しずつ変化が訪れたのだ。
まず類人が当初不安視していた『格差』についてだが、案の定それは振り付けや歌割、衣装で顕著に表れた。
宣材写真撮影の現場でシャンパンゴールドの煌びやかなジャケットを羽織ったルナールに対し、類人に用意されたのは厳ついが輝きに負ける黒いライダース。美術品を際立たせるだけの添え物として扱おうとする現場監督の意図が透けて見えるようだ。
しかし、それに異を唱えたのもルナールである。
「類人さんは黒よりシルバーの方が似合うよ」
衣装スタッフからライダースをやんわりとひったくり、彼のために用意された衣装ラックからシルバーのジャケットを取り出した。
当たり障りのない適当なスタイリングをするメイクスタッフには「僕がやる。類人さんは前髪を上げた方がかっこいいんだ」と言って仕事を
するとどいう現象が起きるかと言うと、二人は格差売りからセット売りにシフトチェンジされ、いつしか『奇跡のシンメ』と呼ばれるようになった。
シンメとは、シンメトリーの略である。
ダンスフォーメーションの一つで、ステージに立った時に左右対称の位置にいる二人のことを指す。身長や体格のバランスを考えて現場の振付師が適当に振り分けることがほとんどだ。そこから二人セットで行動するようになって生み出される性格面やパフォーマンスの芸術的な相対性は、アイドル業界の神秘と呼ばれる。
つまりシンメはなろうと思ってなれるものではない、大変名誉な称号だった。
この好転を誰より喜んだのは、以前から類人を応援していたファンたちだ。
社長のスペオキとセット売りが発表された当初こそ「類人くんが日陰者にされる」と警戒心を剥き出しにしていたが、ルナールが類人のガチヲタと知れ渡って一転、「公式の同担には勝てん」と二人の門出を祝福し始めた。今ではルナールの旗振りの下、類人の布教活動に勤しんでいる。
デビュー前のタレントが出演する歌番組でのソロが増え、ダンスでは端から二番目の立ち位置だったのがルナールと共にセンターを任されるようになり、ついには朝の情報番組内で二人のMCコーナーが始まった。
背中合わせの撮影にも慣れたものだ。まるで最初から二振一具で作られたように、二人の凹凸はピタリとはまる。
予想外の舵取りに困惑する類人に「全部類人さんが頑張ってきたからだよ。僕も本当に嬉しい」と言って、ルナールは二人で連載を持つことになった雑誌のアンケートを楽しそうに埋める。周囲からはデビューも秒読みなのでは、と
ルナールに選ばれてから、全てが順調すぎた。
今まで浪費してきた時間はこのためにあったのかもしれないと思うほどの幸福を類人は享受している。
そう、享受だ。自分の力で掴み取ったものではない。
全てルナールが
このままデビューして、ルナールの光を浴びて輝く存在になってしまったら。それはもう、自分の力で輝く恒星ではなくなってしまう。
そして単身日本に降り立った住所不定のルナールが類人の犬と呼ばれるようになり、一階に花屋を構える3LDKの四ノ宮家に居候し始めてから季節が一巡しようとしていた十二月のとある日。
雑誌の撮影が終わった移動車の中で、ルナールは唐突にまたあの言葉を囁いたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます