第十三話 立ち向かう者と見守る者、時々お邪魔する者

 互いの距離は五メートルほど。相手からすれば一歩だけ前へ出ながら腕を振れば届く距離、昴からすれば最低でも二歩は進まなければ届かない距離。

 それだけでは無い。昴にはとなる攻撃手段を一切持ち合わせてはいないのだ。

 昴が思いつく中で武器となるものは地面に転がっている目の前の化け物が破壊したアスファルトの残骸と自分の持っているだけだ。

 手札はほぼなし。

 身体のスペックはあちらが圧倒的に上。

 殺傷能力の塊である相手と何が出来るのかすらわからない自分。

 内心『何だこのクソゲー』と悪態をつきたくなったがそれが状況を変える訳ではないのだからすぐに頭の隅に追いやる。


「…うぉっ!!」


 本能が警鐘を発した時には咄嗟に伏せていた。そのまま左へ向かって転がる。

 通った後が破壊される。


 立ち向かわなければ『』…


 背を向けたら『』…


 立ち向かっても多分『』…

 

 既に『』が決定されてるのなら1%にも満たない『』を求めよう…


 恐怖は消えた…


 身体は震えてない…


 頭は自分でも驚くほど冴えている…


 心臓の音は遠くに聞こえている…


 昴は前傾姿勢になり一気に前に詰める。初手は左手を振り持っていたアスファルトの破片を投げつける。

 威力は全く気にしない。これの目的は簡単に言えば失望させ油断を誘うこと。

 当然化け物は避ける素振りすら見せない。そして本命は化け物には見えない位置の右腕。

 拳に身体の内外の力を一に集中させるイメージを持つ。何故そう考えたのかは分からない。ただ能力がそうしろと言っている気がしたから従ったのだ。

 化け物は避けるそぶりを見せなかった。

 しかし、昴の拳が当たる直前に化け物は腕を盾にして受け止めた。


「…ッ!」

「ゔぶぁ‼︎」


 鮮血が舞い散る。化け物の片腕が千切れる。

 化け物が驚く気配を感じるがそれどころではない。

 そもそも、昴はこの化け物を倒せるとは一切思っていない。絶対に勝てず殺されることがわかってるのだ。

 重要なのは倒すことでは無く、隙を作り逃げること。

 化け物は既に怯んでいる。

 衝撃で化け物の体が左にズレた。

 昴は右を通り抜け化け物に背を見せる。だが、化け物は崩れた体制をすぐさま持ち直し昴の背に歪な腕を振り抜く。

 そこで昴の最後の切り札が炸裂する。力を足に集中させた踏切は化け物の腕が背に当たる寸前に昴と化け物の距離を一気に開ける。

 その速度は化け物ですら目で追えない程の速度で一瞬で姿が見えなくなった。

 だが昴は勘違いをしていた。化け物が持つカードはその肉体や再生能力だけではない。動体視力、聴覚、空間認識能力、魔力感知能力、そして嗅覚。

 昴の匂いは既に覚えられている。

 今なおその匂いは捉えられている。

 獲物を追うために体の向きを変える化け物の前にいつの間にか人影があった。

 それが近づく気配は感じなかった。目の前にいるはずなのに一向に気配を感じない。

 幻覚、妄想のようなものかと知ってか知らずか、化け物は一度頭を振りそれを見据える。

 それは灰色の髪をした男だった。だが存在感が一切ない。身の前にいるはずにも関わらず置物のように気配を感じない。


「あの子のことは見逃してくれないかな?変わりと言っては何だけど、僕が相手をしよう」


 だが、この男は危険だと本能が警鐘を鳴らしていた。

 危険を排除するために容赦なく腕を振る。男は難なく躱す。急停止すると振り下ろされた腕は目の前に落ち、横薙ぎの攻撃はジャンプで交わされる。中に浮いたところを攻撃しようとしても、それは宙を蹴り着実に近づいて来る。

 化け物は背後に跳び距離を取る。

 だがそれは愚策だった。

 何故自分だけが中距離の攻撃手段を所有していると思ったのだろうか?

 気付くと腹部に焼けるような痛みがした。そこには空洞があった。その空洞は炎で焼かれた後の灰の様なものを出しながら広がり続ける。

 しかし、火の様なものはは一切見えない。

 ただ自分の体がゆっくりと崩壊していっているだけだ。

 男は銃を構えたままの姿でゆっくりと落ちる化け物を見る。


「すまない。僕は君を殺す事しかできない。それでもなお幸せな日常生活を謳歌する僕を恨んでくれ」


 男は呟き少年が逃げた方を向き歩き出す。

 その背中はどこか沈鬱としたものだった。

 己を狡猾と勘違いした愚かな化け物は沈鬱で軽薄な怪物の決めた運命予定調和により灰になって風になって消えた。




 ずぢゃっ!

 ががっががぐぎぎが!

 現在昴は勢いよく(文字通り)飛び出したのはいいものの着地に失敗し、地面に不時着していた。


「あガァっ、はぁはぁ…」


 ようやく止まったものの昴の体は切り傷や火傷の後が見られる。

 余りにも惨い傷跡だが昴は余りの痛みに気にしている余裕はなかった。身体中が焼ける様な痛みに襲われ、目の前がチカチカと点滅し出した。

 だが昴の不幸はこれだけでは終わらない。

 上から何かが降ってきた。

 デジャヴというやつを感じたが痛みで深く考えることができない。

 そして現れたは昴が先程まで相対していたにそっくりであった。

 おおよその生物には考えられないほど歪でグロテスクな肉体、滴っている血液、背筋が凍りつく程の溢れ出る殺気。


「ははは。嘘だろ…。冗談じゃねぇよ」


 口から漏れた言葉は内心を明確にらしていた。


「何でまたお前がいるんだよぉぉぉぉ!」


 満身創痍の少年は己の生を諦めようとした時、化け物の爪が目の前に迫っていた。

 グシャッ

 次に昴が感じたのは痛みではなく、音だった。

 そしてようやく気付いた。

 あの化け物が地面に叩き潰されて絶命していたのだ。


「元気があるのはとてもいいことですが、有りすぎるのは逆に困りものですね」


 暗闇からどこかおっとりとしたマイペースな女性の声がした。その方へ向くと一人の女が歩いてくる。

(誰だ?)

 昴が考えているとまず目に入ったのは白銀色の長い髪、次に目立つのは金色の瞳。

 昴は知っている、この世界に来てから初めてあった最も強い女性。


「アスティアさん」

「はい、ティアですよ。天多君に頼まれて助けに来ましたよ」


 どこからか込み上げて来た安心感に昴の意識は闇に落ちていく。

 その口元はうっすらと笑みが浮かんでいた。


 倒れた昴を見下ろすティアは、固まっていた。ティアは気絶する事などないために対処法を知らないのだ。


「あっ!えっと、その、どうすれば?」


 突如倒れた昴を前にオロオロと挙動不審になるティア。


「助けて…天多君…」


 普段の敬語も忘れる程狼狽えていた。

 こうして、彼我己と獲物の状況のみを判断材料とした化け物はすぐそこまで迫っていた規格外によって潰されて最後を迎えた。

 

 しばらく経った後に合流した天多に涙目で抱きついたのは天多にとって役得だったらしい。


「涙目のティアは久しぶりすぎて…こう、ぐっ!っとクルものがあったね」


 とは、本人天多の言である。

 

 怪我人の事はそっちのけだったのは言わずもがなであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無在の黙示録 灰色熊 @haiiroguma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ