第十二話 邂逅と逃亡と出会いと出逢い
街灯の仄かな灯が第七区の道を照らしている。しかし、そんな灯の届かない真っ暗な路地裏を歩く人影がいくつか見られた。
東側ではボロボロになり血痕の付着したシャツとパンツ、そして大量の血臓物だったものと奥へと続く赤色の足跡があった。
「うへぇ…。何すかこれ?」
「臓物と血と足跡だな」
「そんなあっさり言われても」
呆れた声と生真面目な声音の掛け合いが繰り広げられるが、呑気にしている場合ではない。
実際にCape outと書かれた黄色と黒のテープを貼っている警察官は迷惑そうな目で見ている。
「で、犯人の目星くらいはついてるんですか?」
「それを今追ってもらっている」
「追っている。誰がですか?」
生真面目な声の主は「ニヤリ」と人の悪い笑みを浮かべる訳ではないが、もしも表情が柔らかかったらそうなっていただろうと思いながら言った。
「ウチの期待の新人達だ」
「はぁっ!新人達ぃ!」
一人の男の悲痛な叫び声が夜の街に響いた。
時を同じくして、暗い路地裏の中をゆっくりと血痕を追っている影が二つあった。
方や軍服姿の少女、もう一方は長身の少し怖い顔をした少年。神谷白雪と長野灯河だった。
「えっと、なんか発見はあったか?」
「いえ。特に何も。奥へと続く血痕だけですね」
業務上としての淡々とした話をするが白雪は突如、後ろに跳び路地の前方から距離をとった。その手には既に氷の剣を造り出し臨戦体制と呼べるものだった。
彼女の警戒している先から人影が近づいてくる。それは一人の男だった。しかし、一人ではなかった。随伴者が少々異常だった。彼の背後に続くそれは真っ黒な円柱、もっと言ってしまえばドラム缶だった。
夜中に人間を殺した何かが居た路地を歩いてくるドラム缶型ロボットを連れた男。これを不審者と呼ばずしてなんと呼ぶのだろうか?
「そんな警戒しないでほしいなぁ、いくらボクでも傷ついちゃうな〜」
「動くな!何者だ!名を名乗れ!」
白雪は叫ぶような声で謎の男に声を発するが男は白雪を見ると少し驚いたらしく目を少し開いた。
「まさかこんな所で神谷の嬢に出会うとは、これまたついてないなぁ俺」
男は口調を変えた。だがその口調は白雪のことを知っている様だった。
白雪の目が開かれる中、男とドラム缶はいつの間にか背後に居た。
「忠告だが、あまり力のない奴が裏に首を突っ込むなよぉ。命がいくつあっても足りないぞ。これは
男はそう言い残し立ち去ろうとしたが足を止めて来た道を指差した。
「お前らが追っているのはあっちに行った。あれはなかなかの化け物だったな。バラすのに工具が四つはもってかれる。自営業だから必要外の経費は払いたくないんだ。お前らも気を付けろよ」
男とドラム缶は既に消えていた。空気に溶けるといった表現が最も合う消え方だった。
(何もできなかった。)
奇しくもこの時二人は同じことを思っていた。
「なあ白雪、あの人が言ってた『
裏と言っていたのだから白雪ですら知らないと思い、灯河自身答えが返ってくるとは思っていないのだが白雪は口を開いた。
「『
「マジ?」
「マジです」
言われた内容は想像を遥かに上回る話で灯河は驚きを隠せず目を見開き己の耳を疑ったのだが、白雪に当たり前と肯定され言葉を失った。
少しの間言葉も無く立ち尽くす二人だったが、白雪が口を開いた。
「兎に角、今は先を急ぎましょう!」
「あ、お、おう」
そうして二人は月の光すら入らない路地裏の暗闇に再び足を踏み入れる。
灯河は知らなかった。
白雪は懸念していた。
「ありがとうございました〜」
店員の心の篭っていない感謝を背に児童ドアから出る昴。
内心ではこの世界にコンビニがあることに驚いたが、品揃え、内装、そして店員のやる気の無さがどうにも近所のコンビニに酷似しており懐かしさに自然と頬が綻んだ。
昴は手に持っているビニル袋(これもこの異世界にあることに驚いた)の中身チラ見する。
中にはおにぎりがいくつか入っていた。小腹が空いたため何か夜食を食べたかったがためにスマホを使いダメ元でコンビニを検索すると近くにあったのでわざわざやってきた。
この世界のコンビニのおにぎりがどのような味なのか気になる逸る気持ちを抑えきれず足早に帰路につく。
「何かいい物は買えたかい?」
「うわっ!」
突如として背後からかけられた声に昴は驚きの声をあげる。そして声を掛けられた方を見るとそこには
「み、三山さん?」
気怠そうな表情をしていても分かる程よいイケメン、常に振り撒く軽薄そうな雰囲気は正しく三山天多だった。
しかし、昴の知っている天多と違いがあるとすれば、
「いつの間に髪を染めたんですか?」
街灯に照らされて無くとも分かる白髪であった。
純白
真っ白
吸い込まれる様な漆黒である天多とは
「三山天多か…。残念だけど俺はアレとは少々違う。そうだな…
灰無と名乗った男は黒色のコートを靡かせ笑った。
その黒眼の奥を測ることは昴には出来なかった。
「そうだ、どこか案内して欲しい所とかないかな?これでも送り届けることが俺の仕事だから」
「送り届ける?」
「そっ、依頼人の望む所へ送り届けるのが俺の仕事。たとえあの世であっても別世界でも最後まで送り届けるよ。重複は勘弁だけど」
途中あの世とか物騒なことが聞こえた気がしたが昴は聞かなかったことにした。案内すると言われても昴が帰るべき場所への道はスマホに載っているから必要無かった。だからこそ誘いを断ることにした。
「いえ。場所も行き方もわかるから必要ないです。それでは、さよなら」
そう言い残し走って灰無から離れる。何となく、これ以上話をすると何か良くないことが起こる予感がしたのだ。
しかし、その判断は灰無と共に行動する事が危険なのかは定かではない。
そんな一人の少年が走り去るの背を見届けている灰無は呟く。
「あ〜ぁ。そっちは
灰無はため息をつき昴の走って行った方へと足を進める。
「追うかぁ、仕方ない。これで死なれたら夢見悪いし。最後まで案内するか…」
「はっ、はっ、は…」
夜の道を走る者の荒い息が微かに聞こえる。
(ここまで離れればもう大丈夫だよな)
灰無と名乗る人から可能な限り距離をとっていた。特に明確な理由はない。ただ、自分の中で何故か側にいることを酷く拒んだのだ。目に見えない爆弾、いや殺人ウィルスやバクテリア辺りが例えとして相応しいのだろう。
兎に角、近くにいたく無かったのだ。人柄は良かったのだが何処か危険な感じがしたのだ。
息を整えながら歩く昴だが、周りを見てようやく気付いた。
灰無から離れてから誰ともすれ違っていないのだ。
(人が誰もいない?この辺りに何かあるのか?それとも何かが居たのか?)
危険
未知
本能が警鐘を鳴らす。
ココから離れろと。
すぐに後ろを向き走ろうとした。
その時それが現れた。大胆不敵に傲岸不遜に夜の闇より堕ちてきた。
ドゴァ!
それが着地した地面が砕け散り破片が土埃と共に舞い上がる。土埃が収まりその姿が顕になる。
それは、黒かった。
それは、腹に口があった。
それは、鋭い爪を持っていた。
それは、おおよその生物では無い異形を体現していた。
それの赤い目が昴を見る。
見られたと悟った瞬間、昴は勢いよく地に伏せた。
本能が反応したのだ、死の予感を。後ろでは『ゴリッ』といった音が聞こえる。それを視野に入れた状態で背後を確認するとそこには地面が抉られた跡があった。アスファルトもコンクリートの壁や電柱も何か鋭利な爪のようなもので力ずくで引っ掻いたのだろう。
既にわかっている。背を向けたら必ず死ぬことを。だからこそ、何としても隙を作るしかないことを。
この日、八城昴は平和に慣れた異世界から転移したクラスの中で初のこの先決して慣れることはない明確な死と相対した。
こういった作品の多くは決して越えることのできない壁が立ち塞がり、乗り越える事で成長した。
しかし乗り越えなければならないのだろうか。
真の意味は立ち向かう事にあるのではないか?
今、少年は生まれて初めて危険を冒す。
生き残るために命を賭けた攻防が始まろうとしていた…
月が雲に隠れ辺りが暗闇に包まれる。その中に二人の人影が住居の屋根の上にあった。
「行くのですか?」
「一応はあの子の臨時講師だからね。生徒を危険に晒し続ける程鬼畜じゃないから。それにこれ以上は流石に危険すぎるからね。確実に死ぬ。同調も終わったから行ってくるよ」
灰色掛かった髪をした天多の金色の瞳が同行者を見つめる。その目はどこか申し訳なさげで許して欲しいと語っている様だった。
「はぁ。行ってきてください。必ず守ってあげてくださいね」
「あぁ。必ず帰ってくるよ。もう一体の方は頼んだよ」
そう言い残し天多は少年と化け物の戦いに足を踏み出した。
少年を取り巻く環境は良くも悪くも一段と変化が生まれた。
多くの者は少年を好奇の目で見ている。
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皆さんお久しぶりでございます
今回はいつもより千文字程少なくなっています。
作者のモチベーションによるものですのでこれからは時々更新していきます。
これからもよろしくお願いします。
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