第十一話   お兄ちゃんは苦労人

 第七区立庭苑中高一貫校

 文字通り東陣連合の第七区にある唯一の中高一貫校である。学年は中等部三年、高等部三年の計六年。基本的に自由を重んじる校風であるがその実、同区にある『キーパー』の本部より定期的に教師役として現役の『キーパー』職員が来校し生徒に戦いの技能を教える。

 そのため進学する生徒は少なく『キーパー』に就職するものが多い。しかしそれはあくまでもだ。大体の生徒は周りのペースについて来れずに転校、訓練による部位の欠損による自主退学、精神的苦痛トラウマによる精神疾患の発症など多くの生徒がフェードアウトして行く。

 退学率は高等部に上がるとより顕著に現れるようになる。特に高等部一年の四月から五月に掛けて多くの生徒が前述の通りになる。

 この庭苑中高一貫校は各学年AからEまでの組があり一組につき三十人計1080人の生徒が在籍する。

 六月現在、高等部一年は一つのクラスを残して既に数人の退学者が出た。

 その誰一人として退学者の出なかった極めて稀なクラス。一年c組、別名『第三次地脈連動型局地的災害サードインパクト』の当事者?一クラスであり、最大級の死戦を潜り抜けた経験を全員が持っていた、極めて異端なクラスである。


 このクラスの中心人物、風波かざの芯楽しんらはスマホを使い新聞を読んでいた。

 中心と言っても常に学友の中に居るわけではなく常に孤立しているからこその中心なのだ。例の一件の際に見せた異才は一般の少年少女には少々、いや、かなり認め難いものだったのだ。

 周りの反応は同じ部屋にいるのに遙か遠くにいる、言葉を変えればアイドルや芸能人といったテレビやスマホなどの画面の向こう側の住人という感じが最もしっくりくる。

 だが、芯楽にも当然友人がいる。ただし、三人しかいないのだ。入学当初はもう少しいたのだが…。

 

「朝っぱらからなに読んでんの?」


 芯楽の背後から元気な声が響く。


「ニュース」

「ニュースって面白いの?それ。もしかしてだけど、頭良さそうに見えるから読んでるわけじゃないよね?だったらダサいよ」


 適当に返されて、完全に不貞腐れている声でディスられた芯楽はスマホの画面から目を離し後ろを向いた。


「自分の住んでる所の時間くらい知っておいて損はないだろ。特になんて重要だろ。もう二日も経ってるのに捜査が一向に進んでないんだぞ」

「ちゃんと進んでるよ。だって、原因はガスに引火した事が原因だって言われてるよ。私だってちゃんとニュースくらい見てるよ」

「だからあり得ないんだよ。あそこの一帯はそもそも電気は通っていてもガスは通っていない。それに、もしもガスが引火して爆発したとして、それで破壊されるほどあの研究所の壁が脆いわけないだろ。あの研究はDNA研究と表向きに公表してるけどその実態は知ってんだろ。あれが暴れても壊れないって定評がある壁だ。それがあれだけ破壊されたんだ。それだけのものが産まれた、もしくは人為的に破壊されたかの二択だ」


 指を二本立てながら呆れた表情でやや、捲し立てるように言う芯楽。

 この熱量には流石の友人も微妙に顔を引き攣らせる。


「でも確定してるわけじゃないでしょ?それに確かめることなんて出来ないじゃん」

「アイツなら情報通だから知ってるだろ」

「神谷っちかー、今日学校来てるかな?」

「流石の引きこもりも今日くらいはくると思うぞ」

「なんで?」


 当然の疑問にも芯楽は笑いながら当たり前の事を言うように答えた。


だから」


「あっなるほどね」


 お互いの中では当たり前で当然で普遍的な理由に自然と笑みが溢れる。


「じゃっ、待ちますか〜あの二人を」

「四人揃うなんて久しぶりだね」

「一人は圧倒的年上なのに下の学年だからな揃うかどうか」

「アリアちゃんは学校ないならいつでも会えるよ」

「そう言えば、アリアちゃんのクラスにも新しい臨時講師が来るらしいぞ」

「本当!」


 突然身を乗り出してきたことに芯楽は驚きながらも続きを言う。


「なんでもを身につけていたらしいぞ」




 中等部の校舎は西にある高等部の校舎とは違い東に位置している。

 西校舎の二階廊下を歩く二人の人影があった。

 片方はスーツを着こなしている女性教師、そしてアロハシャツにサンダルの男だった。


「本当に大丈夫なんですか?」

「何がかな?」

「うちのクラスに来て」


 女性が心配そうに聞くのだがアロハ男はそんな事関係ない、どうでもいいといった様子で口元に笑みを浮かべ小さく笑いながら言い返す。


「問題ないって。なんせこのクラスのトップがアリアだからね「本当にわかってるんですか?貴方の言っているアリア=シュバリエはあの『万能幽霊』というこの国、いえこの世界でもとてつもなく有名な『』の一人なんですよ!どれだけの偉業を成し遂げても届かない領域に立つ異端者だけが持つことを許されているあのなんですよ。『剣聖』やら『剣製』、『解体屋』などの代々受け継がれるもありますけど、アリアさんのはそういうのとは別です。だってアリアさんは『、そして『万能幽霊』の二つ名が登場したのは今から数千年前から、つまり生ける伝説ってやつなんですよ。そんなあの子のいる戦闘科クラスの臨時講師になるなんて、身の程をわきまえたほうがいいですよ。ただでさえ現役だった私が手をこまねいているクラスですから」


 後半は捲し立てて勝手に自己完結してしまった女性教師に天多は苦笑するも(うちの義妹も有名人だな)程度にしかとらえていなかった。現役で戦場に立っていた元兵士が手を拱いたところで天多には一切関係がない。

 会話もなくただ歩いているだけだったのだが、そんな時間にも終わりが来た。


「どうやら着いたみたいね」


 女性教師は数ある内の一つの教室の前に立つと振り返って言った。扉からは中で話している声が薄らと聞こえる。


「私に呼ばれたら入ってきてね」


 そう言い残し、教室に入ってしまう。

 少し待っていると教室内が静かになった。そして女性教師の声が耳に入った。


「入っていいわよ」


 天多は一つ息を吐くと普段通りにドアを開け、教室に入った。

 教卓に向かって歩く天多のことを教室にいる生徒の多くが目で追っていた。

 教卓の前に立ち一度室内の全員を見渡すと一人に目をつけた。


「何時まで此処にいるつもりなのかな?留年幽霊」


 教室に居た全員は天多の言った事を一瞬で理解できた人は居なかった。しかし、時間が経つにつれ目の前の臨時講師がを呼んだのかだんだんと理解して行った者たちの顔はみるみる青くなっていった。 

 そして、呼ばれた『留年幽霊』もとい『万能幽霊』の少女当人は立ち上がり犬歯を剥き出しにした大胆不敵な笑みを浮かべた。

 その顔に周りの生徒や女性教師は驚きを表していた。周りにいる者の知っているアリアの笑顔は天真爛漫という言葉がよく似合うもののことだ。

 しかし、今のアリアの笑顔は目の前にある敵を確実に殺すという意思が全面に出ており完全に普段のアリアとは剥離していた。

 金髪の少女はゆったりと立ち上がり、いや浮かび上がり胸元に手を添えた。そして、何かを掴む動作をすると何処からともなく持ち手が現れる。それを引き抜くと黄金の刀身の両刃の剣が現れる。


「あの剣は…まさか!」


「『異端殺し』⁉︎なんであれをあんな奴に?」

「あれは二代目、というか原作オリジナルからちょこっとズレたところに位置しちゃった二次創作オリジナル。初代は別だからごっちゃにしない様に気を付けてね。テストには出ないし実物を拝める機会なんてないけどね」

「は?何言ってるんですか?」

「豆知識、気にしないでいいよ」


 攻撃体制に入ったアリアに周りが危機感を抱く中、一人だけ関係ない、むしろ楽しそうにしている者が軽口を叩く。


「話は済んだ?」


 幽鬼の様(幽霊だけに)な雰囲気で天多に切先を向ける少女の口から漏れ出た言葉は一種の呪詛だとしても疑うものはいない様な代物だった。


「何時でもどうぞ」


 瞬間、生徒たちと女性教師のは迸る火花とぶつかり合う黄金と漆黒の光だった。

 アリアの持つ異端殺黄金の剣しと天多の持つ漆黒の杖が交差し続ける。

 姿を隠し他方向から攻撃を仕掛けているためアリアの攻撃の挙動は見えない。ただ姿を隠すだけで無く当人の速度だけで既に周りの目には止まらないのだか。

 だが天多の方もそれに負けず劣らずの実力を見せていた。漆黒の杖を振り、周りには見ることができない速度のアリアの攻撃を何事もないかの様に逸らし、いなし、相殺していく。

 一方下がり躱し、

 杖を傾けいなし、

 そして真正面に指弾デコピンを放つ。


「痛っ!」


 小さく可愛らしい悲鳴が教室に響いた。

 宙に浮きながら両手で額を押さえ涙目なアリアが居た。持っていたはずの異端殺黄金の剣しも何時の間にか消えていた。天多の持っていた漆黒の杖も同時に消えていた。


「ひどい!妹虐待反対!天兄のDV!」

「これの何処がDV《家庭内暴力》なんだ?先に遊び始めたのはアリアからだよね?」

「もっと優しく遊んでよ!」

「あれでも結構優しかったけど…。でもアリアはかなーり殺意がこもってたよね?」


 先程まで戦っていたはずの二人が漫才の様なもの始めたのだ。困惑しないはずがない。


「さてと、改めて自己紹介をしようかな。僕の名前は三山天多。この万年、いや千年留年生の義理の兄だ。正直に言うと此処にきた目的は例の事件の当事者たる君達の監視と教育だよ」


 天多は一呼吸おくとサラッと言った。


「君たちが能力を完璧に扱える様に指導していくから。安心していいよ、これの剣の師匠は橘家の三代目の当主だけど、実践経験の相手は大体が僕だから。うん、僕より強いのはそれなりに居るけど僕を殺せるのはこれの持ってる剣か、僕の彼女、もしくは『運び屋』位かな?『台風の目』ならワンチャンあるかもね」


 天多はアリアをこれと呼んだことに当の本人は気に召すわけもなく、また勝てるはずもないため宙に浮きながら見事な膨れっ面を見せていた。


「そう言うわけだから殺す気で来て欲しいな。君達じゃどうせ無理だから。」


 天多の自己紹介は過去に類を見ないほどの異例なものとなった。

 当然場の空気は滅茶苦茶になった。衝撃的過ぎて何も言えない、故人を惜しむ声が聞こえる分お通夜の方がまだ声が聞こえた。

 そんな空気を壊せる者など天多以外にいるのだろうか?


「彼女?あっ!もしかしてティア姉も来てるの?」


 居た。天多元凶義妹元凶天多らしく空気を無視した自分勝手な発言をする。天多も義妹には甘く優しく答える。


「来てるよ。講師ではなく生徒の一人としてね。例の子たちと同じクラスで監視してるから、休み時間にあっちの教室に行くといいよ」

「て言うか天兄は戦闘以外教えることできるの?」

「無理」


 あっさりと言った天多の言葉は完全に教師のなんたるかを否定していた。

 流石に心配したのかアリアが聞く。


「教師務まるの?」

「国語くらいなら務まるよ」

「ティア姉と一緒に本読んでるもんね」

「古文に関しても当時を体験してるから全然問題ない…たぶん」

「今の間は何?」

「ナンデモゴザイマセン」


 アリアとて兄である天多が多くのことを知っているのは理解している。そうでなくてはアリアはができていないのだ。

 アリアは知っている。

 四百年ほど前に起こった歴史からも消えかけている全世界を巻き込んだ戦争において三山天多という人物がどれ程の功績をあげそしてどれ程の功績を消されたのか。

 あまりの異常性によって歴史から消された存在が何人かいる。極悪な犯罪者以外にも強過ぎたから消された者、常識からかけ離れたから消された者、誰もが何かの専門分野を語るとき『極致』や『頂』といった言葉を使うだろう。歴史から消えるのは、いや、消されるのは『極致』にたどり着いた者なのか、それとも『頂』に至った者なのか。

 この問いにアリアは答えを得ていた。愛する家族兄姉から教えられたのだ。

 彼らは言った。


「世界の歴史から消える者は皆等しく『極致』のその先、『頂』の更に上を歩む者だ」


 アリアは歴史から消される存在に至っている。これらは才能や努力の限界を真の意味で越えた者の特権だ。

 消されない者は決まって人類に受け入れられた者だけだ。

 『剣神』に勝利した三代目『剣聖』などがいい例だ。

 ちなみに『剣神』はかなり強いのだが過去五回、神以外に敗北している。うち一回が三代目『剣聖』で残りが二回ずつティアがを用いて、天多がで勝利を収めている。天多に関してはもはやいじめと呼べるほどフルボッコにしていた。

 今、この教室にいる人で目の前の三山天多のことを知っている者はアリア以外にいない。だからこそ天多がこの場にいる者に教示することがどれほど凄い事なのか分かっていない。

 尊敬する兄姉と学校生活を送れることの喜びと今後のクラスの不安に遠い目をするアリアだった。

 天多はいい笑顔で笑っていた。

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