第十話 学生っていいご身分だよね
天多達はとある一室の中にいた。この部屋の内装はどこにでもある執務室といった感じだ。革張りの椅子に高級そうな木製の机、その手前には来客用のソファが置かれている。
椅子の上には一人の男が座っている。その男は屈強というにはあまりにも痩せていて、字面だけ見ると一人の武闘派集団の長としては頼りない様に思える。
しかし、その男が放つ覇気は歴戦の猛者を思わせる程強力だ。
いつの間にか起きていた軍服少女ですら恐怖に体を小刻みに震わせている。
天多と遥は二人揃って飄々とした態度を崩す事なく、どちらが話し掛けるかアイコンタクトで話し合い?をしている。
男の放つ覇気がさらに強くなり、殺気になっていっている。苛立ちが現れはじめたのだろう。もうめんどくさくなったのか二人はジャンケンで決めることにした様だ。
正直なところ、「とっととしてくれ」と言いたいが、灯河にその様な事を言えるハートはない。言ったら多分、
天多が男の正面のソファに座った。どうやらジャンケン勝負は天多の敗北で終わった様だ。
「見苦しいものを見せたね。久しぶりに見たけど目付きが悪くなったね。疲れてんの?大丈夫?休めてる?」
「アンタは変わんねぇな。今回は何の用だ?また面倒事か?」
「面倒事になるかは当人次第だから僕は知らんよ?」
天多はあっけらかんと言いのける。適当に、目の前の男を見ながらも何処か遠くを見ている様な雰囲気を出しながら。
「じゃあ後のことは任せる。ヤンチャ小僧も程々にしときなよ〜」
「待て!説明していけ!」
男が慌てて呼ぶも天多の姿はそこにはない。既にこの部屋から出て行った。座っていたはずなのだが余りの行動の速さに灯河の目にとまらなかった。実際、軍服少女も呆然としている。唯一、遥だけはこうなる事を予想していたのか、苦笑していた。
「落ち着いて下さい、総司令。あの人はいつも通りですよ。付き合うだけ疲れますよ?諦める方が賢明ですよ」
「わかっておる!しかしあの男の適当さに怒りを通り越して呆れてるんだ」
「ははは。あの人らしいですよね」
「まったく…。どんな時でもアレが変わらないことが嬉しくのあり嘆かわしくもあるのだがな」
二人で話をしており、会話に一切入ることのできない灯河と軍服少女。互いに顔を見合わせてため息を吐く。同じ境遇に立ったために気が合ったのだろう。
総司令と呼ばれた男は二人を置き去りにしていたことに気がついたのか、バツが悪そうな顔をして言い放つ。
「すまないな。こんなことになってしまって。白雪、怪我はなかったか?」
「は、はい!問題ありません。戦いにすらなっていなかったので」
「仕方ないさ。あの人は戦う事を一切しないから。でも、十分強いよ、むしろ強過ぎるくらい」
「遥先輩、あの人は何者なんですか?」
当然の疑問。この事は灯河も疑問に思っていた。この場にいる四人の内二人が顔見知りなのは何となくわかる。しかし、その関係性が謎だった。
「僕とあの人の関係は師弟関係だよ。僕があの人の弟子として戦い方を教わったんだよ」
灯河は遥の軽薄な口調や雰囲気が似ていたためそうなんじゃないかとは思っていたが、本当に師弟関係だったとは確信を持てていなかったため納得していた。
「遥先輩の師匠ですか!私は何で事をしてしまったのでしょう!」
「気にしないで良いよ。寧ろ気に入ったかもしれないな」
「え?気に入った?ですか」
「あの人の弟子って僕を含めて大体負けず嫌いだからね。まぁあの人の自身負ける事を望んでいる感じだから、いつか自分を負かしてくれる人を育ててるだけだろうけど」
あの人、結構長い時間を生きてるから。と遥は続けたが、その真意は灯河には分からなかったが、軍服少女は何となくわかった様だ。
「俺、と言うかうちの家系との関係も実を言うと初代の頃からだからな。そう考えるとあいつとんでもねえ時間を過ごしたんだよな」
うちの家系、などよく分からない事を言っている。しかし、それでも話を聞いておかないといけないと灯河は思っていた。自分がどうなるのか天多から一切説明されていないのだから。
「取り敢えず自己紹介くらいしようぜ。お前、どうせあいつから何も聞いてないんだろ?」
「えっと、はい。そうです何も聞いてません」
男はため息を一つ吐くと、天多の出て行った扉を眺めた。
「ま、アイツらしいったららしいな。アイツ自身のことは本人から聞け。俺も特に知らねぇんだわ、悪りぃな。こんなかで一番詳しいのはそこに居る遥だ。聞きたければ好きにしろ。改めて、俺の名前は
胞蛾が握手を求め手を差し出す。それに対し狼狽えながらも灯河は差し出された手を握り返す。
「俺は長野灯河です。よろしくお願いします」
灯河の反応が気に入ったのか胞蛾は口元に笑みを浮かべる。後ろでその顔を見た遥と軍服少女はそれぞれ違った顔をしていた。軍服少女は驚愕に眼を見開き、遥は『似合わねぇ』と言いたげに笑う。
「そのおっさんの気色悪い笑顔を見て気分を害してるとか悪いけど、理不尽な事に対する授業料だと思って我慢してくれ」
「気色悪いとは何だ」
「本当のことでしょ?」
遥が相手が上司であるにも関わらず容赦無く喧嘩を売っていく。恐ろしいのは当人にその気が無いことだ。天然で自覚なく喧嘩を売るところは天多にそっくりである。
「このおっさんのことは放っておいて良いからね。僕は
「騙されんなよ。立場上はヒラだが実力は折り紙つきだ。本当は今すぐにでも次期総司令に任命したいんだが、本人が頑なに拒んでいてな。戦闘能力は此処のトップだ」
実際、遥の実力は他の隊員よりも頭一つ飛び抜けている。いや、遥の戦い方は相手の強さ、戦い方よりもほんの少し強い位に抑えている。そのため、キーパーの全員が遥の力量を測れていないのだ。だからこそ、それが過大評価なのか過小評価なのか、はたまた適正な評価なのかわかっていないのだ。
睨み合っている二人にとうとう我慢できなくなったのか軍服少女が灯河に話しかける。
「えっと…私の名前は白雪、
「いや、気にしないでください」
全体的に雪を彷彿とさせる様な美しさに灯河は緊張してしまい敬語になってしまう。
「話しやすい様に話して下さい」
「あ、ああ。そうさせてもらう」
「はい、よろしくお願いします」
白雪は満足そうに薄らと笑う。
「全員と自己紹介ができた様だな。なら、君が此処に来たことに関する話をさせてもらうが、かまわないか?」
「はい!」
何も知らない今のままよりも何かしらを知った方が得策となると考えたため、灯河は緊張しながらも返事をする。
一方、ティア達もまたとある一室の中にいた。と言っても、天多達のいた様な格式ばった所ではなくシンプルな会議室の様なところだった。金属製のパイプを組み合わせた土台の上に白いプラスチックの板を乗せただけの何処にでもある、昴達の居た世界にもあったありふれた椅子と机だ。
(この世界にもプラスチックがあったんだな)
普段の学校に当たり前の様にあった物が目の前にあった。これは言い換えればあちらの世界の科学文明と同じくらい、もしくは超える程の文明を保持している事を意味していた。
その事に気がついた者は殆どいなかった。
昴達の目の前には数人の大人がいた。それらの人は男女問わず昴達を試す視線を浮かべていた。
「此度はその様な大人数で押しかけての御用件とは何でしょうか?『白銀の天使』様」
大人の中でも一際若い、美女と言うより美少女と言った方がしっくりくる様な人だった。紫髪を肩で切り揃えている。
「その名はあまり気に入りません。寧ろ嫌気がさします。私は私であり、天使の様な自我の薄い存在ではありませんよ『悠久の魔女』さん」
「私をその名で呼ぶとは、覚悟はできてるのでしょうね?」
静かに笑顔で睨み合う二人のいる空間にはイラついた空気と緊張感が混在していた。イラついてるのは二人で緊張しているのがその他の人達である。
「それはこちらの意見ですよ」
火に油を注ぐティアとそれにキレる紫髪の美少女。
ティアの背後は空間が渦巻き状に歪み始め紫髪の少女の背後には二体の蛇の幻影が蠢く。
「………ッ!」
両者が同時に動く。互いの攻撃方法は同じく手刀であるが、その威力は全くの別物、いやその本質は似て非なるものだった。
しかし、それらが互いの体を傷つける事はなかった。
互いの腕を掴み止める手がそこにあったからだ。
しかし、周りの目を引いたのはその人物の服装だった。改めて状況をいおう。
周りとは次元の違う攻撃を何処からともなく現れた一人のアロハシャツの男が止めた。
「じゃれあうのも結構だけど周りに注意を払ってね。って、この事を言うのって何回目だろう。軽く千回は超えてる気がするけど」
その男は口を開くと嗜める様に言った。
紫髪の少女は驚いていたが、ティアは薄らと笑みを浮かべるだけだった。
「相変わらず出鱈目なヤツね、貴方は。何処から入ってきたの?教えてくれないかしら、天多さん」
「僕とティアは常に魂が繋がっているからね。それを通じて移動する事ができるだけ。便利だよ、相手の考えはわからなくとも感情は伝わってくるから心配になって来ただけだよ」
出鱈目だ。天多の発言を聞いた者は全員がそう思った。
昴達にとって驚いたのは教師陣にも天多を知っている人がいなかった事だ。
ますます、天多の正体がわからなくなった昴。しかし知りたいとは思わなかった。知ってしまったら何か命が危険な気がしたからだ。
天多は掴んでいた手を離し一歩後ろに下がる。そして、昴達異世界組(天多達視点)の方を見ると困った様な表情を浮かべる。
「ごめんね。見苦しいものを見せて。あぁ、彼女達のことは気にしないでいいよ。常人が天才の考えを理解出来ない、天才が馬鹿の考えを理解出来ないそれと同じだよ。頑張ったところで理解できないからそういうものだとするのが正解だよ」
正しく天災だよ。薄らと笑いながらしめるサンダルアロハ。どう反応したら良いかわからなくなってしまった昴達はただ固まるばかりだったのだが、反応した者が二人いた。
「「
先程まで啀み合っていたはずにも関わらず息ぴったりにツッコミを入れる。
これを言葉にするのなら『喧嘩するほど仲がいい』だろう。しかし、それを口にする
「挨拶とか社交辞令とかはその辺にしてさっさと本題に入ってあげて」
二人はしぶしぶといった感じでため息をつく。
「すみませんでしたね。お見苦しい物をお見せして。では、説明させていただきます。皆さんはこの世界に来たばかりで何もわかっていないでしょう。それにこの世界を生き抜くには実力が足りません。そこら辺の小学生にも負けますよ?ですから、一般人位の強さにはなって貰います。当然学費は無料、寧ろ生活費はこちらからも援助させて頂きます」
事務的な説明の内容はなかなかの好待遇ではあるが何か裏があるように思えてしまう。
「あぁ、ちなみに皆さんに拒否権はありません。国が決めた方針ですので。全員当学に入学してもらいます。先生は別となりますけど。皆さんには新たに設立した特別学級である2年E組に入ってもらいます」
「あの〜」
龍弥が手を挙げ発言する。
「今朝一人天多さんに連れてかれたんですけど、良いんですか?」
「どうりで一人足りないと思っていたらそう言う事ですか。問題ありません、彼がやったと言っておけば政府も承認してくれるでしょうから。彼ら2人はこの国、ひいてはこの世界の特例的なものだと思ってください」
「小難しい話は終わり‼︎ここからはこの校舎内の散策って事にしよう。ティア、案内してあげて」
「はい!任せて下さい。皆さん、しっかり着いてきて下さいね」
堅苦しい空気を容赦なくぶち壊し話を打ち切る。
「さ、行った行った。楽しんで来なよ。後の話はこっちでするから」
昴達が退出した事を確認すると場の雰囲気を変えた。
「さて、少々真面目な話をしよう」
「それはさておき何故彼らの中にこの世界とは別の女神の使徒が居る?」
広い会議室に2人しかいない中話を進める。
「使徒?そっちじゃない方だよ」
「なに?」
想定していた方とは違うと言外に言われて思わず問い返した紫髪の学長。
そんな姿に天多は人の悪い笑みを浮かべ
「向こう側の魔術師なんて見たの久しぶりだよ。まだまだひよっこっぽいけどこの世界でどんな成長を遂げるのか結構楽しみだ」
「そんなことか?」
「ついでに超越系も居たよ」
「それを先に言え!」
逆だった紫髪が彼女の驚きを表していた。机から身を乗り出し叫ぶようにツッコミを入れる。
その顔に満足したのか、天多はニコニコといった擬音が似合う笑みを浮かべると立ち上がると、出口に向かって歩き出す。
「あ、そうそうティアはあの子達と一緒の学年に転入してサポート、僕は臨時講師的な立ち位置で基本的に2年F組にいるから何かあったら来るといいよ」
そう言い残し廊下を歩き出した。
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