第6話 ③

 太陽がずいぶんと高くなっている。街道から少し離れた場所にある木立の陰で、アゼル達は体を休めていた。アゼルの傷は思ったよりも深くなく、一針縫うだけで済んだ。銀髪の男が、ずっと南の地方からの交易品だという大きな干し果物をくれた。

 それをありがたく頂きながら、アゼルは居住まいを正すと男に向かって正対し、昨晩の事を含めての説明を求める。男は苦笑いをしていた。

「ちょっと、アゼル……」

「分かってる。助けてもらった事に感謝はしている、けれど俺達の警戒も理解できるはずだ」

「その通りだ。まずは名乗っておこう、ギスト・オーギュ・ゼヤ。アンリンの聖堂に勤める魔術師だ」

 彼は、まずは食べてしまおうと言って干し果物を口にする。セリスもそれを口にしてみると、驚くほど甘い。そして意外と大きな種が入っていて、見た目ほど食べる部分がない。種には使い道があるから捨てるなと言われ、よくしゃぶってから出す。

 セリスとアゼルが出した種を丁寧にしまい、ギストと名乗った男は本題に入る。彼が二人を助けたのは偶然ではなかった。

 アンリンの聖堂でも神器の探索は行っており、ギストもその探索者の一人だった。ファロ村での魔物退治に神器が使用されたことは明白であり、アゼルとセリスが何らかの情報を持っていると、彼は睨んでいた。

 そのためファロ村の動向は追っており、マーレンの死後、二人が旅に出る事も掴んでいた。

「最初から、つけていたのか」

「そのつもりだったが、君達の出発の方が少し早くてね」

 慌てて追跡を開始し、昨晩ようやく追いついたのだ。野宿に適した場所に当たりを付けながら追跡したのが正解だったと言う。

「じゃあ、あの連中とは無関係なんだな」

「それに関しては私も驚いているよ。君達には盗賊に狙われる心当たりでもあるのか?」

 アゼルは黙って首を振る。心当たりはあるがそれを言う必要はないし、そもそも目の前の男もその心当たりを目当てに彼らに接近しているのだ。アゼルの厳しい視線に、ギストは小さく息をつくと二人に提案をする。

「ともかく、君達が狙われているという事実は覆らない。私とともにアンリンの聖堂に来ないか?」

 南を目指している二人の旅路を考えれば、アンリンは通り道にあたる。街道に沿えば楽に歩けるし比較的安全なはずだ。今後の旅に備えた補給なども、アンリンの街なら容易に整えられるだろう。それに、在野とはいえ偉大な魔術師の関係者を無視したとあれば、聖堂としても立場がない。

 ギストの流れる様な言葉に、反論の余地はなかった。アゼル達がアンリンの街を避けて通ろうとしたのは、不用意に聖堂と接触してセリスと神器の関係を詮索されたくないからであり、その目的はすでに半分失敗に終わっている。ギストと聖堂が何をどこまで知っているのかは分からないが、ここでギストの提案に乗らなかったところで何かが好転する可能性もなかった。

「幸い、私は多少とも旅に慣れている。一緒にいれば、裸足で逃げだすような事も無くなると思うが」

 にこやかに言ったその言葉が決め手になったわけではないが、アゼルは黙ってうなずいた。何よりもセリスの身の安全が第一なのだ。その様子に満足した表情を見せたギストは、二人に休憩の終わりを告げる。日暮れまでに少しでも距離を稼いでおきたいと言った。






 地面に低く這うような天幕が張られている。周囲の草地に溶け込むような色の天幕は、少し離れるとどこにあるか分からなくなってしまう。その中で男達が地図を広げている。昨晩、アゼル達を襲撃した者達だ。フードを取ったその顔は一様に若い。

 昨晩の襲撃で大きな怪我を負ったものはいなかったが、謎の霧から全員が脱出できたのは日が昇った後だった。投げ矢を持っていた男は、そっと部下の表情を伺う。全員が悔しさを隠さない表情を浮かべているのを見て、内心ため息をつく。

 昨晩の事は、自分を含めて油断していたという事に他ならない。素人と侮って、魔術を使われる可能性を考えていなかったのだ。標的が魔術師の元で暮らしていたという情報は掴んでいたのだ、何らかの魔術を使う可能性を否定すべきではなかった。すなわち、昨晩の事は反省すべきであって後悔する事ではない。

「標的は、アンリンの街に向かうのでしょうか?」

「他にあるまい。その前にもう一度仕掛けたいところだが……」

 彼らの活動はあくまでも秘密のものであり、兵士に見つかるなどあってはならない。ましてや、彼らの存在がアンリン辺境公に察知されるなどもっての他であった。

 しかし最近、アンリン辺境領では傭兵の掃討を理由に、街道を中心として兵士による巡察が行われていた。野盗や山賊も掃討の対象になっており、結果として街道筋の治安は非常に良くなっている。襲撃者にとっては都合の悪い状況だった。

「むしろ、街に入ってもらった方がこちらも動きやすくなるのでは?」

「隠れるなら人の中とも言います」

 部下の検討を聞きながら、男は考えを巡らせる。アンリン辺境領に出現したという魔物の情報は真実であった。

 だが、彼らの目的はその魔物を倒したはずの神器であった。魔物が出現した村では、村に住んでいた魔術師が魔物を倒した事になっており、神器に関する情報は明確には掴めていない。アンリンの聖堂でも確たる情報は掴んでいないらしく、彼らが探った限りでは目立った動きは見せていなかった。

 魔物を倒したという魔術師の死後、その遺髪を故郷に埋葬するために旅に出る二人組が神器を持っているというのも、彼ら自身が調べて掴んだ情報ではない。果たして、自分達の正体や行動が他の者に発覚する危険を冒してまで、不明確な情報に賭けるべきなのかどうか。男は視線を上げ、つぶやくように言う。

「アンリンの街に向かう」

 しかし、あの二人に対する接触は避けるよう指示した。油断ならない相手だと分かった以上、正確な情報もなしに動く事は不利益しかもたらさない。男は地図を巻き取ると、出発の準備を命じた。

 低い天幕の中で男達が唱和する。

「我らただ、王命のままに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る