第4話 ②
村の広場は人であふれている。池の端から逃げてきた人達と、村の南面の柵から戻ってきた人達が丁度合わさる形になり、混乱の様相を呈しているのだ。池の端から逃げてきた老人や子供は怯えきっており、話を聞ける状態ではなかった事も、混乱に拍車をかけていた。
池の端の方角からは、断続的に大きな音が聞こえてきており、何か大変な事が起こっているという事だけは分かる。だがそれが魔物の襲撃によるものだという事は、ほとんどの村人には分からない事だった。
隣村を襲撃した傭兵の生き残りから話を聞いていたのはごく一部であり、村人に動揺を与えるのを嫌ってその情報を伝えなかった事が仇となった。その判断自体は間違いではなかったと言い訳をしながら、ディカルダは大声を張り上げて現場の混乱を鎮めようとする。
「傭兵ならこんな派手な音はせん! マーレンさんが様子を見に行っとるから、今は逃げてきた人達を落ち着かせて安全な場所に移すんだ!」
もしも魔物の襲撃であれば、村人の加勢など邪魔にしかならない。ディカルダ自身、魔物を見た事は昔一度あるだけだが、その時に遠くから見た魔物と魔術師の戦いは、普通の人間が近寄れるようなものではなかった。
ただ、彼が見た戦いでは魔術師は何人もいた。果たして一人で大丈夫なのだろうかと、ディカルダは不安げな表情を池の端の方角に向ける。突然聞こえた雷鳴に、広場の人達が身をすくめた。
それでも集まった人達は、少しずつ落ち着きを取り戻し始めている。聞こえてくる大きな音を気にしながら、広場から村の西側にある丘へと向かっていた。
その広場に駆け込んできた子供達の姿に、ディカルダは慌てて駆け寄る。息を切らせているアゼル達に水筒の水を含ませると、何があったのかを聞こうとする。
「魔物が! マーレンが戦ってるんだ! 早く助けに!!」
「待て待て、もう少し詳しく……」
アゼルもセリスも縋りつくようにして訴えている。すでに何人かの犠牲者が出ている事は、逃げてきた人達の言葉から分かっていたが、魔物の危険性は想像以上のものであるようだ。それではなおの事、池の端に近づくのは危険だ。
しかしマーレンが魔物と戦っているのであれば、池の端の様子を確認して村に知らせる者も必要になるだろう。ディカルダは、近くにいた村人にアゼル達の事を頼むと、池の端に向かう事にする。池の端の周辺の様子を思い浮かべながら、出来るだけ遠目から見渡せる場所の見当をつける。
「何でついてきたんだ!」
「リノン達は村長の奥さんに頼んで来た!」
そういう事じゃないと言いながら、ディカルダはアゼルとセリスに戻るようにとは言わなかった。言って聞くようなら、最初からついてはこない。二人の真剣な表情は、危険な事を十分に承知している表情であり、それでもなお動かずにはいられないという表情だ。
池の端の西側に少しだけ高くなっている場所があり、彼らはそちら側に足を向ける。茂った藪をかき分けるようにして、池の端が見渡せる場所に出ようとした。その瞬間、ひときわ大きな音が周囲に轟き、猛烈な突風が吹きつけてくる。
ディカルダは近くの低い木の幹に身を寄せた。アゼルがセリスの頭を抱くようにして地面に伏せている。藪と茂みを激しく揺さぶり、池の向こう側に広がる森の木々までざわめかせるほどの爆発。
巻き上がった砂塵や水飛沫が濃い靄となり、その向こうの様子はなかなか見えるようにならない。頭を上げたアゼルがいち早く靄の向こう側に何かを見つけた。彼の指差す方を見ながらディカルダが聞く。
「あれが……魔物か?」
「……分からない。それよりマーレンは……?」
靄の中からうっすらと見えてきたのは、体の上半分を完全に失った魔物の姿。そして倒れているマーレンの姿だった。アゼルはもう駆け出している。
抱き起こしたマーレンの体に傷はなかった。だが顔は青白く、唇は血色を完全に失っている。わずかな息遣いは彼女が死んでいない事を示しているが、同時に危険な状態である事も示している。少しだけ目を開いた彼女が口を動かした。
「何で戻ってきたんだい……早くお逃げ」
「しっかり! マーレンしっかり!!」
ディカルダとセリスも駆けつけ、セリスは持って来た気付け薬をマーレンに含ませる。むせ返るマーレンを支えたセリスは、マーレンの口から血がこぼれるのを見た。
どこか安全な場所でマーレンを安静にしなくてはならない。アゼルとセリスはマーレンを担ぎ上げ、一刻も早くこの場を離れようとする。ディカルダが腰の剣を抜いた事に気付き、アゼルは振り向いた。
上半身が無くなっていたはずの魔物が、元の姿を取り戻そうとしている。残された下半身から黒い油のようなものが伸びあがり、それが少しずつ上半身を形作っていくのだ。
「早くマーレンさんを連れていけ……」
「師匠は!?」
ディカルダの固い笑みに、アゼルはそれ以上を聞かない。ぐったりとしたマーレンの体を引きずるようにして、アゼルとセリスは足を進める。
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