第3話 ③

 ファロ村は北に大きな池を控え、その向こう側は広大な森になっている。池からは小川が流れ出しており、村の東側を南に流れはるか遠くで大きな河へと合流する。傭兵に襲撃された隣村は南西の方角に位置しており、傭兵が来る方向もそちら側と考えられた。

 既存の柵の補強に加え、今まで柵を設置していなかった所への増設も大急ぎで行われている。敵の正確な数は分からないが五十人程度らしいので、複数の場所から村に侵入される可能性があった。高い建物がないので、ファロの木に臨時の見張り台を設置する。

「上出来、上出来」

 アゼルが持ってきた棒を見て、ディカルダはそう言った。持ちやすいように一部分だけ面を取って、人の背丈の倍を超える長さに揃えられた木材。その木材の先端に小刀や鉈、その他武器になりそうな金具を括り付け、接着剤で固定している。

 村にまともな武器はほとんどないため、ディカルダが指示をして間に合わせで作らせた長槍。有志で集まった村人は、半信半疑といった表情でそれを持った。

「突いたり切ったりせんでいい、全員の息を合わせて上下に振るんだ」

 傭兵の武器は個人所有で種類もまちまちだが、斧や戦槌は短いものが多く、槍も身長を超える長さの物は少ない。素人が戦うのであれば、より長い武器を揃えるのが必須だ。たまたま新しい家の建築を準備している人がいて、材木が用意されていた事が幸運だった。

 どこから出してきたのか革に金属の補強を施した鎧を着こんだディカルダが、いつの間にか村の防衛計画を仕切っていた。有志の長槍隊を村の南面の柵に集め、弓の上手い者やちゃんと武器を扱える者を、それ以外の場所の警戒に当たらせる。

「敵の弓矢はマーレンさんの魔術で防いでもらうしかないな」

 アゼルについてこいと言って、ディカルダは足早に歩きだした。村から魔術師への正式な要請という事で、村長の息子もついてきた。

「マーレンはそういうの気にしないと思う」

「そうはいかないんだよ」

 それが調和と秩序に適うものであると要請する側が訴え、魔術師が二柱の神に許しを請うた上で要請を受ける。それがこういった場合の正式な手続きであり、それをおろそかにするとその地から調和と秩序が失われる。そう考えられていた。

 魔術師には畏敬の念を持って接するものであり、それはそのまま調和と秩序をもたらす神への信仰でもある。裏を返せば、人知を超えた力を持つ者への畏れであり、魔物への恐怖と同様ものだ。

 どちらにしても、マーレンと一緒に暮らしているアゼルには理解のしにくい事であった。何より今の彼の関心事は、自分に何ができるかであり、何をさせてもらえるかだ。

 村の通りの一角で、ゲランとその取り巻きが大人達に何かを掛け合っていた。アゼルは目を合わせないように、その場を通り過ごそうとする。それが許されるわけもなく、ゲランに呼び止められる。

「お前は得意の剣術を披露するのかよ?」

「……するわけないだろ」

 普段ならそのまま一触即発の雰囲気になるところだが、今は違った。お互いに考えている事は同じだからだ。彼らは子供という事で、傭兵が来たら村の北側の安全な場所に避難するよう言われていた。いざとなれば舟を使って、子供達だけ北の森に逃げるよう言われている。

 ゲラン達はそれを不服として、自分達も村の守りに参加させろと掛け合っていたのだ。狩りで使う弓を肩に、ゲランは自分の弓の腕を盛んに言いつのっていた。アゼルも胸の内では、彼らと一緒になって自分がいかに役に立つか訴えたいと思っている。

「子供のごっこ遊びじゃないんだ。死人も間違いなく出るぞ」

 ディカルダの低い声は、普段とは違う重々しいものだった。その様子に気圧され、ゲランは酔っ払いがと捨て台詞を吐いて、その場を離れた。なおも不満そうなアゼルに、ディカルダはため息をついて、稽古とは違うのだとだけ言う。

 先に立って歩くディカルダから少し離れてアゼルは歩いた。幼い者も多く、その子達の安全を確保するのも立派な仕事だと、村長の息子は言ってくれる。池の端には年寄りや子供の姿が多く、既に避難を始めている人もいるようだ。

 マーレンは魔術師の正装を身に着けていた。

 光と闇の二柱の神を象徴する白と黒の布地。複雑な文様は魔術の源であるウィドを示し、その文様を規則正しく並べることでウィドを調和と秩序に基づいて扱う魔術師である事を表す。マーレンは、きちんとした手順で村からの要請を受けた。

 村長の息子は、マーレンが用意した薬や包帯の入った箱を背負うと、ディカルダとともに慌ただしく村の南柵に戻った。

 マーレンは不安げな表情の子供達を呼び集める。そしてアゼルに言った。

「この子達の事はあんたに任せるからね」

「分かってるよ」

 厳しい表情のマーレンに、アゼルは思わず視線を落とす。マーレンはアゼルの頬を両手で包むようにして、彼の目をしっかりと見つめる。それ以上は何も言わず、代わりに笛を手渡した。緊急時の合図のためだ。

 マーレンはあとの子供達一人一人と抱擁を交わすと、静かに家を後にした。

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