第2話 ②

 村の広場には様々な品物が陳列されていた。広場の真ん中には、昨日やってきた隊商が運んできた品々が並び、広場の周囲には近隣の集落からやってきた人達が持ち込んだ物が並べられている。快晴と相まって、市は盛況だった。

 品物の説明や呼び込みの声、値切り交渉や秤量の揉め事、隊商とともにやってきた楽師の歌う声。市の賑やかさは、辺境に住む人々の心を浮き立たせるものであった。村中の人が集まっているかのように、広場は人でごった返している。

 アゼルもその人だかりの中にいた。少しためらった後、後ろを歩くセリスの手を握る。はぐれると困るから、そう言い訳のようにつぶやいた。

 隊商が運んできた品物は、多くが日々の生活に必要なものではないが、どれもきらびやかで、そして高価だ。セリスが美しい柄が織り込まれた布地を眺めてため息をついている。隊商の人が、彼女の黒髪に似合う櫛があると露台の下を覗き込む。

「ごめんなさい、綿布を探してるんです。一番安いやつ」

 セリスの言葉に隊商の人は肩をすくめ、無地の布を持ってきた。一番安いものであっても、流石に綿布は値が張った。アゼルは値段を聞いて、場所を移す。

「買えそう?」

「マーレンの薬ならちゃんと売れるはず」

 隊商は、村に着いた当日に食料や村の物産の買い付けをしている。珍しいものは特にない村だが、ここからは大きな村もなく保存の利く食べ物はよく売れたようだ。隊商への販売は村長がまとめて行い、村人が個人で隊商に物を売る事は、僅かな例外を除いてない。

 その例外の一つが、マーレンの作る物であった。相場がないので、直接取引をするしかないのだ。買い付け担当の人がいる荷馬車に案内され、アゼルは背負っていた荷物を降ろす。

「傷薬だね……こっちは水当たりの薬。これは熱冷ましかな」

 木製の容器に入っている様々な色の薬に、鼻を近づけたり、指に付けて舐めたりしながら、担当者は薬の確認をしていく。そしてアゼルが説明する薬の使い方を、薄い木の札に書き込んでいった。

 担当者は薬の種類と量を確認し終えると、あらぬ方を見つめながらぶつぶつと数字を言う。木の板に薬の名称と値段を書き付けて、アゼルに提示した。

「払いはスニール銅貨でいいんだろ?」

「え、あぁ」

「半分は塩で。あと、毒消しと痛み止め、計算おかしいですよ」

 セリスの言葉に、アゼルは驚いた表情を見せる。担当者は苦笑いをして、魔術師の弟子は誤魔化せないなと言う。最初に提示した値段を修正すると、詫びにはならないが、マーレンが作っている調味料があれば、言い値で買い取ろうと言ってくれた。

 村長の屋敷で食事に招待された時に教えてもらい、隊商の支配人がその味をいたく気に入ったのだそうだ。アゼルは明日持ってくる事を約束し、銅貨と塩を受け取った。

「ごめん、計算苦手で」

 アゼルは恥ずかしそうに言う。セリスは読み書きも計算も一通りできるのだ。彼女の出自に何か関係があるのかもしれないとマーレンは言っているが、彼女の記憶に戻る兆しは見えていない。

 薬を売ったお金で先ほどの綿布を買うが、その交渉もセリスがやってくれた。おまけでもらった綺麗な端切れを、彼女は嬉しそうに手持ちの袋にしまう。

 二人は人込みから抜け出して息をついた。干した果物を売っている露店があったのでそれを買い求め、広場の端に腰を下ろす。セリスが綿布を上手く買ってくれたので、買い出しの資金にはいくばくかの余裕があった。マーレンに飴でも買って帰ろうかと考えていると、呼び声が聞こえてくる。

「いやぁ、三人でむくれていたものだから。ついでに連れてきた」

 アゼルの師匠であるディカルダが、リノン達を連れて市に来ていた。人が多くて危ないからと、マーレンと一緒に留守番をしているはずだったのだが、説得してくれたのだろう。

 子供達の手には、ラプという飲み物が入った器がある。イモの粉を材料にした酸っぱい飲み物で、水飴や蜂蜜を入れて飲むそれは、特別な時にだけ作られるものだ。代金を払おうとするアゼルに手を振り、ディカルダは行くところがあると子供達を引き渡す。

 その機嫌のいい様子に、もう何杯か飲んでいるなとアゼルは思った。村で作られる酒とは違う酒を隊商は持ってきている。夜中に、引き取りに来いと呼び出されるかもしれない、アゼルはため息をついた。

 器のラプを飲んでしまうと、子供達も満足したようだ。せっかくなので、夕食に肉を買っていこうとアゼルは提案する。子供達のはしゃぐ声を聞きながら、セリスに使えるお金を聞く。

「おい、池の端の連中が何で市に入ってんだよ」

 不意に聞こえてきた声の悪意に、アゼルは顔をしかめる。振り向くと、ゲランとその取り巻きが、肩を怒らせながら歩いてくるのが見える。春先の一件以来、彼らとは出来るだけ会わないようにしており、今日も人込みであれば上手くやり過ごせるだろうと思っていた。取り巻きの一人がさらに続ける。

「何でかって聞いてんだよ」

「薬を売りに来たのと、買うものが少しあっただけだ」

 すぐに帰る、そう言ってアゼルは、心配そうな顔をしているセリスに目配せをする。連中の目的はあくまで彼であり、巻き込む必要はないと考えたのだ。

 だが、そのセリスとの目配せがゲランを刺激した。

 あの決闘騒ぎのそもそもの原因は、数年前までマーレンの家にいて今はこの地方の領主のいる街で針子をして暮らしている女性に、ゲランがちょっかいを掛けていた事にあった。彼にしてみれば、一緒に暮らしているアゼルは邪魔ものであり、何かにつけて目の敵にしていたのだ。

 ゲランは、この村では大きな家の跡取りであり、子供の頃からガキ大将だった。しかし、腕力を頼みにしたがるゲランを嫌う女性は多く、その事が彼の誇りをいたく傷つけていた。彼の視線がアゼルからその隣へと動く。

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