こんこん×ぽこぽこ! ~顔のよくて変な狐さんに迫られて狸(ボク)は困ってます!~

だでぃこ

おまけ たぬパパとおさんぽ

「じゃあこのはちゃん、お父さんをお願いね」

 家の玄関口で、お母さんが犬の散歩グッズの入ったトートバッグとメモ書きを渡してくる。

「任せなさいかあさん。娘のことは僕がしっかりリードするからね!」

「リードされるのはお父さんの方なんだけど……」

 視線を落とすと、上機嫌に尻尾をパタパタふる茶黒の毛玉生物……狸がいた。

 何を隠そう、この狸がボク……豆沢 このはのお父さんである。

 ボク達は妖怪狸一家。普段は全員人間の姿をとっているのだけど……何故かお父さんは家では狸の姿を取って生活したがる。

 今はもう狸の姿で散歩するようになってしまった。このまま会社に狸姿で行かないか、心配になってくるんだけど……

「じゃあ行ってくるね」

 お父さんのリードを引いて、家を後にした。


「ふふぅ〜〜〜ん♪ 娘とデート、嬉しいな〜〜♪」

「娘とのデートってよりも犬の散歩だよこれ」

 閑静な住宅街をボクとお父さんは歩いていた。

 日は照っているものの、夏がもうすぐ明けようとしていて、湿気の少ない風が吹き外を歩きやすい気温になっていた。

 熱のこもったアスファルトがお父さんの肉球を焼かないか心配していたが、ボクの前をとてとてと走る様子を見るに心配ないと安堵する。

 茶黒のまるまるとしたフォルムが小気味に揺れ、尻尾も同様に、ゆらゆらと振り子のように振れる。

でも……ひとこと、言っておかないといけないことがある。

「お父さん、外ではあんまり喋らないで」

 呑気に鼻歌を歌うお父さんに対し、周りに誰もいないことを確認しながら一言注意を入れる。

 妖怪は人間に正体がバレてはいけない決まりがあるのだけれど、お父さんの様子を見ていたらいつバレるかハラハラしてしまう。

「娘と会話も出来ない散歩なんて、辛いものがあるんだけどねぇ……」

「だったら人間に化けてよ……」

「うーんでも僕のこれはライフワークというか……この姿でないと落ち着かないというか……娘にリードを引かれるのはむしろ心地いいというか……倒錯的というか……」

「きもっ……」

 最後の一言に対し、刺すような侮蔑の目線をお父さんに送る。

「ぶふぅぅぅぅ⁉ それ、父親が娘に言われたくないワードベスト3に入るやつ‼」

 だったら言われないように父親としての威厳を持って欲しいんだけど……

 

「あ、まめちゃん?」

 突然耳に届いた女の子の声にびくっ、とバネのように身体が跳ねた。

「あ、あいみー⁉」

 ボクの友達、あいみーがゆるふわオーラと柴犬を引き連れて、ボクの前に現れた。

まずい……! 狸(おとうさん)が喋っているところ、見られた……⁉


「まめちゃん、誰と会話してたの? おじさんの声が聞こえたような……」

 あいみーがキョロキョロと辺りを見回す。

 幸い、目の前の狸が喋っている姿を見ていなかったようだ。

「こ、この子だよ! この子とお話してたの! ほら挨拶して、さだはる!」

 ごまかすように足下にいるさだはる……もとい、父狸の前脇を抱えて持ち上げる。

 さだはる、はお父さんの本名だけれど、自分の父親を呼び捨てにするのはなんとも不思議な感覚を覚える。

「クゥーン♪」

 合わせて、お父さんが人馴れした狸のように振る舞う。

「わぁー! まめちゃんって、狸飼ってるの⁉ かわいいー!」

「ま、まぁ……うん……」

 あいみーがきらきらと輝かしい目でお父さんを見る。

 飼ってる、というか……この狸はお父さんです……うちの父親兼ペットです……。

 あいみーは無類の動物好きだ。先程聞こえたと言うおじさんの声の事もこの様子ならすっかり忘れてることだろう。

 多分空耳かなんかだと思っているだろう。多分。

 人間の世界には喋る狸なんていない。いいね?


「撫でていい?」

「う、うん。いいよ」

「じゃあお言葉に甘えまして……よしよし♡」

 早速あいみーがお父さんの下顎や頭をさわさわと撫で始めた。

「きゃふっ……きゅうん……」

 犬や猫を家で飼っているあいみーのことなので、どうやれば狸……もといお父さんをとろかすかなんて、造作もないことなんだろう。

「いい子いい子♡」

「きゅぅ〜ん♡」

 ……目の前で、自分の父親が、娘と同い年の女の子に撫でられてふやかされてる図が展開されている。

 ガワが狸とはいえ、中身が四十も半ば、枕が臭くなっているようなおじさんが、高一の女の子に撫でられきゅんきゅん言っている絵面は文字に起こすだけでも地獄絵図だと思う。     それが自分の父親なら尚更だ。

 なるべく撫でられているお父さんを見ないように視線を落とす。

 そこにはあいみーの足下で「ぼくもぼくも」と飼い主に上目遣いを送る柴犬の姿があった。

(可愛いな……)

 茶柴の天使を見て魂が浄化されたような気分になると同時にお父さんもこうだったらいいのにな……と思うのであった。

「あー! 用事思い出しちゃったー! そろそろ行こっかー!! さだはるー!!」

 わざとらしく声を上げながらお父さんをあいみーから引き剥がす。これ以上情けない父親の姿を見るのは精神衛生上よろしくない。

「また学校でね‼」

「うん、またねー。さだはるくんもー」

 にこやかに手を振るあいみーに見守られながらその場を立ち去った。


「……娘と同い年の女の子にキュンキュン言うな」

 お父さんを抱きかかえながら、もふもふでぷよぷよの腹肉をぎゅう、とつまむ。

「いだだだだ‼ 違うんだ! あの子の撫でテクが予想以上にすごくて……やましい気持ちはないんだ‼」

「へーへーそうですか、お母さんに言っとくね」

「そ、それだけはぁ‼」

 お父さんの言い訳を聞き流しながら、散歩コースの定番である公園へ向かった。


* *

 

「ギャウウーーー‼ (た、助けてくれーーー‼)」

 それは、公園で起こった事態だった。

 つんざくようなお父さんの叫びが、公園内に伝播する。それも狸語で。

動物妖怪の特性で、動物が何を言っているのか理解出来るのだ。

「おまえ、どんぐり食うか⁉ 食え!」

「えいえい!」

「かわいー! リボンつけたげるー!」

 幼稚園児ぐらいの子供三人がお父さんを見つけ囲い込むや、ほっぺをつねったりどんぐりを食べさせようとしたり木の棒でつついたり、頭にリボンをつけようとしてくるのだった。

「き、君たちやめて!」

 子供達を注意するもなかなかやめない。

 街中には狸はいないので、非常に珍しいのだろう。

 子供の旺盛な好奇心の前ではボクの注意など風車同然で通り抜けていく。

 お父さんは完全にキッズ達のおもちゃだった。

「こらー! あんた達やめなさい‼」

 キッズ達に気圧されているうちに、お母さんらしき人達が駆け寄ってくる。

「ちぇー」

「もっとあそびたいのにー」

 流石にお母さん達に止められれば聞くのか、キッズ達は波が引くようにお父さんから引いていくのだった。

「ごめんなさいねぇウチの子が……」

「あはは……元気な子達で何よりです……」

 申し訳なさそうに謝るお母さんに愛想笑いを浮かべつつ、ボク達はその場を退散した。


「はぁ……」

 どっと疲れが押し寄せてきたので近くのベンチに座り込む。

辺りには青々と茂った草木にジャングルジムや鉄棒といった遊具が並んでおり、さっきの子供たちが母親に連れられて帰ろうとしている姿が見受けられた。

周りに人がいなくなってきたので、今ならお父さんと会話することも出来るだろう。

お父さんもぴょんとペンチに飛び上がり、ボクの隣に座り込んでくる。

 お父さんの頭にはピンク色のリボンがついていて、口はボリボリと何かを頬張っている。

「この時期のどんぐりは青くてまずいなぁ……」

「結局子供達のリクエストに応えてるんだね……」

 子供達をがっかりさせまいという努力もしてくれていたようで、可能な限りでキッズ達の無茶振りに応えていた。

 いい加減なんだけど気性は穏やかで優しいんだよね、お父さん。

子供たちの横暴に怒っている様子もないし。

「まあ流石に突かれたりは困っちゃうけどさ、あれぐらいの子を見ちゃうとこのはの小さい頃を思い出しちゃうからね。遊んであげたくもなるのさ」

 それはいいんだけど、変なものは口に入れないで欲しいかな……。

「ふふ……思い出したよ。小さかったこのははそりゃあ可愛くてねぇ、さっき食べたどんぐりぐらい小さくて……」

「小さすぎるでしょ」

「なかなか泣き止まない子だったけど、僕が狸の姿になってあやすとね、すぐ泣き止んで笑うようになったんだ。僕が狸の姿でいるのはね、その名残でこのはにずっと笑って欲しいからなんだよ」

 お父さんが懐かしむ眼差しで、遠くの空を見上げる。

「お父さん……」

 そうだったんだ……。

 子供の頃を思い出すと……確かに狸姿のお父さんに抱きついて、毛皮の肌触りを楽しんで、いつも遊んでいた。

 いい加減なお父さんだと思っていたけど、狸の姿は今もボクの為にやってくれて……

「まあ、この姿でいるのは半分は僕の趣味なんだけどね!」

「あ、そうですか……」

 じぃん、ときた感情を返せと言いたくなった。

 やっぱりお父さんはお父さんだ。

「お父さんと結婚するって言ってくれた時は嬉しかったなぁ……」

「そんなこと言ったっけ⁉」

 確かにお父さんに懐いてた記憶はあるけれど……そんなこと言った……!?

 子供の時分の話とはいえ父親と結婚するだのの話をされるのは正直恥ずかしい。

「お父さんと結婚して、お山で暮らす! って言ってくれたよねぇ……」

「ボクは野生に還る気でいたのかな……?」

 もし本当に言ってたのならゾッとする話だ。

 どうかお父さんの捏造した記憶であって欲しい。色んな意味で。

「どうやら狐のお嬢さんに娘を取られちゃったみたいでそれも叶わなくなっちゃったなぁ! あははは!」

「……そうだね」

困ったなぁ、といったお父さんの笑みに対し、ふっ、と短い笑みで返す。

 ボクの恋人……紺の事が頭に浮かぶ。

ド天然ぶりに振り回されて、紆余曲折あったけれど……ボクにとってはかけがえのない存在になってしまった少女。

 付き合ってまだ間もないけれど……一緒にいるようになれたのは、背中を押してくれるお父さんやお母さんの存在があってこその話だったんだ。

「……ありがとうね、お父さん。お父さんとお母さんがいてくれたから、あの時ボク達は……」

「あっはは。僕は何かしたつもりはないんだけどね……でも、君たちの行く末を見守るためには、長生きしなきゃなぁ」

 じわりと喜びが胸に広がってくる。

 そうだ。ボクには……見守ってくれる人がいる。

 その人達に応えるために……紺とずっと一緒にいて、幸せになるんだ。

「いこっか、お父さん」

「ああ」

 疲れも取れた。リードを掴んで、立ちあがり歩き出す。

 ボクを大切にしてくれているお父さんのために……行かなくちゃいけない場所へ。

 ボクはお父さんと並んで、そこへ向かうことにした―――。


*  *


「ギャウウウウウウウウウウウウウ‼」

「ほら行くよ‼ 何そこで伏せってんの‼」

 動物病院の前。ボクとお父さんはかれこれ十分は格闘していた。

 リードを引っ張るも、お父さんは必死に抵抗して岩のように動かない。

 こんな小さな身体のどこにそんな力があるんだ……⁉

 リードを思い切り引っ張ると、お父さんの下あごの肉がぶにぃ、と盛り上がる。

 正直ちょっと面白い。

 でも周りの人達が面白そうに見ているので恥ずかしい。

 何故父親の駄々を娘が説得しないといけないのだろう……。

「キャウウン!(やだー病院やだよー‼)」

「いい年こいてなに病院が嫌って言ってんの‼ ほら早く立って‼」

 すべてはこの為。お父さんの予防接種の為に今日はこの散歩が企画されたのである。

 出発前にお母さんに渡されたのは病院の場所が書かれたメモだ。

 普通に連れて行こうとすると絶対抵抗されるのだけど、娘とのデートという体ならすんなり行ってくれるだろう、というお母さんの計らいだ。

 結果は推して知るべし、というところだけど。

「ほらボク達の為に長生きするって言ったでしょ‼ さっさと予防接種受けろ‼」

「キャウンキャウン!(それでも予防接種は受けたくない‼ 人権ならぬ狸権の侵害だ‼ 動物愛護団体に訴えるぞ‼)」

 狸語で何やら訴えてくる。短い狸語にそんな意味があるのか……と狸語を翻訳した身ながら感心してしまう。でも実の娘訴えんな。


 三十分も格闘したのち、お父さんがやっとのことで折れ、予防接種を受けることとなった。

『はーいさだはるくんよく頑張ったねー♡』

 動物病院の美人な女医さんにそう褒められきゅんきゅんと甘えた鳴き声を発していたので、あいみーの件含めお母さんにチクっておいた。

 お母さんの静かなる怒りが暫く収まらなかったのは……また別のお話。

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