#35 花蓮様の切っ掛け


 数秒間俯いた後、再び顔を上げて話し始めた。


「切っ掛けはありがちなスカウトなの。大学3年の春頃に一人で買い物に出かけててスカウトされたの。確か名古屋の栄じゃなかったかな。 あの頃、ナンパとか凄く多くていつも無視して相手にしないようにしてたんだけど、その時は無視してもすっごくしつこくてイライラしてね、思いっきり睨んだの。 今までナンパされても私が睨むと、ほとんどの人は諦めてくれたからね。 でもそのスカウトは逆に熱心に話し始めて「その表情、絶対に向いてる! 君ならその顔だけでお金になる!」とか言い出してね。 それでも無視して行こうとしたら、無理やり名刺渡されて、風俗興味無くてもいいから1度連絡して欲しいって」


「連絡するつもり無かったけど、なんか引っ掛かって名刺を捨てずに手帳に挟んでおいたのね。 それでそのことは直ぐに忘れたんだけど、就活始まって色々ストレスが増え始めて、最初の頃は就活も全然上手く行かなくて気ばっかり焦ってて。2年まではマサくんがいつも傍に居たから、ストレスもそれほど感じなくて済んでたけど、3年で就活始まると一緒に過す時間減って、ストレスばかり感じるようになってて、そんな時に家庭教師のアルバイトも解約されちゃったの。 生徒の子は不満無いって言ってくれてたけど、その子が教えてくれたのは、その子のお父さんが私のことばかり話すんだって。それでお母さんの方が怒って先生を変えろって話になったって」


「なんか色々ありすぎて、頭が追い付かないんだけど」


「そうだよね。私も当時は次から次へと色々あり過ぎて、かなり余裕無かったと思う。 それでね、そんな時期に就活のスケジュールを手帳に書き込んでた時に、いつか貰ったスカウトの名刺を見つけてね。 バイト首になっちゃったし今更他のアルバイト探しても就活中じゃシフトあまり入れないから雇って貰えないだろうし、親に頼りたくてもあの頃教習所に通い始めてた時期で教習所のお金やリクルートスーツとか全部親に出して貰ってたからこれ以上頼れないし、だからお金に困ってたのもあって一度電話だけでもしてみようかって思って掛けてみたの。 それでスカウトの人に事情話したら「このお店なら、店長が良い人だから不慣れな子でもちゃんと考えて対応してくれるだろう」って言ってSMクラブのお店を紹介してくれて、面接に行ってみたら店長さんにも凄く気に入って貰えて、何でもNGで良いからって話で働くことになったの。あとから分かったけど、特に私は特別扱いして貰えてたみたい」


「でもさ、それだったら俺に相談してくれればよかったんじゃない? マドカの為だったら、俺、自分の通帳ごと差し出してたぞ?」


「そうだね。今考えれば、相談するべきだったと思う。 でも当時は、それだけは絶対にダメだって思ったの。 よく言うでしょ?金の切れ目が縁の切れ目って。 結婚して夫婦だったらお金のこと相談出来たけど、私たちは将来の約束も無いただの恋人だったからね。 お金の貸し借りで二人の間にヒビが入ったりするのが怖かったの。 お金のことでマサくんに頼るのだけはイヤだったの」


「そうは言っても、風俗行くくらいなら」


「それに、ムキになってたのもあったと思う」


「ムキに?俺に対して?」


「うん。 マサくんは就活なんかほとんどしないで就職先決まってたでしょ? 周りが就活で大変な時期でも、いつもマイペースでのんびりしてて、そういうマサくんに頼るのはイヤだってムキになってたのもあったと思う」


「そうなんだ・・・そう言われちゃうと、これ以上は何も言い返せんな」


「もちろんそんなのは、私の醜い嫉妬とか妬みとかで、マサくんは何も悪くないんだよ? でも就活中のストレスとか家庭教師の首とかで全然余裕なくなってて、考えることとかおかしくなってたんだと思う」


「そうなると、環境とかタイミングとかが悪い方に重なってたってことなのかな」


「でも結局、そのお店で働くことを決めたのは自分だからね。 マサくんを傷つけたのは、間違いなく私自身の過ちだっていうのは分かってるよ」


「なんか話聞いて、ショックというよりも、やりきれない気持ちが半端無いんだけど。 恨み言を言う様だけど、やっぱり相談してほしかったし、ストレス発散だって他に方法はいくらでもあったと思うよ? こんなこと今更言われても煩いお説教にしか聞こえないかもしれないけど、俺はマドカと結婚することを考えて就職先決めたし、結婚する為に色々我慢しながらも仕事続けて、会社でも認められて同期の中では早めに店長になれたし、お金だって結婚のことを一番に考えてずっと貯金してた。 マドカにもそうしろとは言わないけど、今聞くと、どうしてもマドカとの温度差みたいなのを感じちゃうよ」


「それは、ホントごめんなさい。 色々言い訳みたいなこと言ったけど、私の考えの甘さとかその場その場の状況の変化について行けなくて、そのクセ、プライドだけは高かったからマサくんに頼ることから逃げて、結局自分でどうにかしようとして、ドンドンおかしな方へ迷い込んじゃったんだと思う」



 正直言うと、お店での待遇とか「ホントかよ?」って思わないでもない。

 俺もガキじゃないからな。

 世の中そんなに甘くないのは分かってるつもり。


 でも、マドカの容姿と性格なら、「ありえる」とも思えた。


 兎に角、マドカは包み隠さず話してくれたと思う。

 あとは俺の覚悟の問題だろう。



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