#34 花蓮様の理由




 マドカは俺の方を向いていた体を居住まいを正す様に正面に向いて座り直し、「ふぅ」と大きく白い息を吐いて正面を向いたまま話し始めた。


「SMクラブで働いてた理由は、性癖とか性欲とかじゃないの。ストレス発散だったの。 下らない理由だって思うかもしれないけど、今思い返してみると、ストレスが一番の理由だったと思う」


「そうなの?てっきりそういう性癖持っててハマって長いこと続けてたのかと思ってた。ストレスなの?」


「うん。 大学に入ってから卒業して就職しても、ずっとストレス感じてた」


「もしかして、ナンパとかセクハラか?」


 大学生の頃、マドカは次から次へと声を掛けて来る有象無象の男たちにウンザリしてて、たまにそれが顔に出て恐ろしい程冷たく不機嫌な表情をすることがあった。


「うん、一番のストレスはそうだね。 大学の中でもそうだし、就活中で色々な説明会や企業を回ってた時も酷かった。 他所の大学の就活生が馴れ馴れしく声掛けて来たり、面接の時とかでも面接官にニヤニヤ嫌らしい顔されてセクハラぎりぎりのこと質問されたり。 でも、それに負けたくなかった。私はマサくんだけの彼女なの。他の男性になんて全く興味ないし下心丸見えの人なんて不快でしかなかった。マサくん以外の男なんてみんな死ねばいいのにって本気で思ってた」


「ああ、うん。 マドカにそういうところあるのは俺も感じてた」


「そういうのが学生の時だけじゃなくて、就職してからも続いてたんだ。 でも会社の中になると、相手は先輩とか上司とかになってくるの。 どこの誰かも知らないナンパなら無視するなり睨んで追い返すなり出来たけど、上司とかになるとそれが出来ないの。 しかも会社だと男性だけじゃなくて同性も攻撃してくるんだよ? 女同士のが陰湿だからね。女の妬みってホント厄介だから。 今だったら私も30過ぎて何かあっても相手を黙らせるくらいは出来るけど、入社当時の新人には我慢するしかなかったの」


「でもそういうのって、マドカんトコくらい大きい企業なら、然るべき所に訴えればキッチリ対応してくれるんじゃないの?今時の企業はどこもコンプライアンスに厳しいだろ?」


「そうだよね、そう思うよね。実際に私も相談したよ。 でも中途半端な注意だけで終わって、状況は何も変わらなかったよ。 新人が何か訴えるのは勇気が要るのに、でも訴えた所で相手がそれなりの地位や立場の人だと、波風立たない様になぁなぁで済ませちゃうんだよね。今はもう少しマシになってるけど、当時はそんな感じだったから、直ぐに諦めちゃった」


「そうなんだ・・・全然知らなかった」


「それでね、SMクラブのアルバイトは、学生時代はお金稼げる火遊び程度のつもりで卒業と同時に辞めてたんだけどね、結局就職1年目の夏頃に復帰しちゃったの。会社で受けるストレスの捌け口にお店のアルバイトが丁度良かったんだね」


 マドカは表情は落ち着いているが、緊張している様で、俺の左手を握る手はさっきから強く力んでいた。



「SMクラブでは、S嬢のお仕事をしてたの。 でも、信じて貰えないかもしれないけど、プレーではお客さんの体に触れた事も私の体を触れさせたことも一度も無いんだよ? 言葉と表情、あとは道具使ってお客さんをイジメるの。 私はマサくん以外の男性に触れされるのも裸を見せるのも絶対に嫌だったから、最初にそう話したら、そういうサービスは全部NGにしてもいいってことになって」


 俺は風俗に詳しくないから分からないけど、そんな風俗嬢って居るのか? そんな条件で雇ってもらえるもんなのか?


「あと、私はSMに興味が無かったって言うと嘘になるけど、SM嬢になりたいって思うほどの強い欲求や性癖は無いからね。 もちろんアルバイト以外でそういう趣味の人と会ったりしたことも無いから。 所謂職業SM嬢? あくまでお仕事としてそういうプレーのサービスしてたの」


「俺、風俗行ったことないから全然わかんないんだけど、NGばかりで首にならないの?そういう女王様でも需要があったってことなの?」


「そういうことになるのかな。 そのお店で最初に色々説明受けて、どれも私には無理です、ココでは働けませんってハッキリ断ったら、だったら試しに直接的なサービス無しでやってみようかって話になって、それでそういう方向で行くことになったけど、最初はお客さんとか全然指名無くてね。HPや風俗雑誌にお店の写真も顔出しNGだし、プレーも直接的なのは全部NGだから当然なんだけど、お店の先輩とかにアドバイス色々貰って、お店での写真だけは顔出しOKにすることてなってね、それで少しづつお客さんから指名貰えるようになったの」


「要は、プレー内容じゃなくて、容姿でお客さんがついたってことか」


「うん、そういうことだね。 先輩からも最初は「仕事舐めてるの?」ってよく怒られたけど、私はお店でのお仕事にそこまで執着してなかったし「私にも譲れない物があります」って話してて、その内にお店の中でもこの子はそういう子なんだって認識されるようになって。というか、呆れられてたのかな? 常連さんが少しは付くようになってたし誰も文句言ったりしないようになって、逆にNGだらけでもお客さん取れるなんて才能あるとか言われたりして」


 この容姿の二十歳そこそこの女の子に、罵倒されたりムチやロウソクでいじめられるの、そういう性癖の人にはたまらないのかもしれないけど、やっぱり俺には理解出来そうにないな。


「キツイ言い方するけど、つまりマドカは、自分の容姿を俺以外の人からあれこれ言われるのは嫌なのに、女王様として容姿で指名してくれたお客さんにプレーでそのうっぷんをぶつけることで、ストレスを発散してたってことか? それでお客さんも、マドカにはそういうのを求めてて需要が上手く合ったってことなのかな? まだ俺には理解するの難しいけど、SMの世界は奥が深いってことなのか」


「私に関しては、そういうことになるのかな。お客さんは全員男性だから、男性相手にけなしたり罵倒する非日常的な行為は気持ちが高揚して悦楽を感じたし、一時でも日常のストレスから解放されて病みつきになってた。 いつもセクハラしてくる上司とか馴れ馴れしい先輩社員とかのこと思い浮かべながら罵倒してたから。 絶対にマサくんに向かっては出来ないことだったし、そんな姿をマサくんには絶対に見せられないけど、でも間違いなくストレスの発散にはなってたよ。 お客さんに関しては、性癖なんて人それぞれだからね。 私にも理解出来ない人ばかりだったけど、喜んでくれる人が居たのは確かだったよ」


「マドカがどうしてSM嬢を続けてたのかは、なんとか分った。 それでも分からないのは、何が切っ掛けでそのSMクラブで働くことになったの? 何があってマドカはそこで働こうって決めたの? 俺にはソコが一番分らないんだ。 俺の知ってるマドカは、真面目で誠実で清楚で、俺の前ではちょっぴりエッチだけど、他の人の前だとシモネタとかも絶対言わないし、俺も最初に知った時はマドカと風俗っていうのが結びつかなくて、全然イメージできなくて本当に信じられなくてさ」



 俺が問いかけると、マドカは俯いて握ってる俺の左手をじっと見つめていた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る