第36話 シアは今でも溺愛されている

「あ、こら。家の中で魔術の練習しちゃダメだって言ったでしょう?」


ちょっと目を離したすきに、イヴァンが火の輪っかを作って遊んでいる。

小さな火の玉を数珠つなぎにして、くるくる回していたようだ。

高度な魔術が使えるのはいいのだが、さすがに家の中で練習するのは困る。


「大丈夫だよ、何かあればすぐにエヴァンが消火できるように構えているから。」


「そうだよ!すぐに水を出せるように準備して待っているから!」


「そういうことじゃないでしょう?

 練習するなら辺境伯の屋敷に行ってくればいいのに。」


家の中にいると退屈するし、体力と魔力が有り余ってしまうのはよくわかる。

双子で産まれた二人は八歳にしては体格が大きく、行動力がありすぎる。

そういう時は辺境伯の屋敷に行けば、お祖父様も伯父様たちも喜んで訓練してくれるのに、

二人そろって嫌そうな顔になる。


「えぇ~。だってさ、ひいじいさま、すぐに剣の稽古しろって言うんだもん。」


「俺たち魔術使えるのに、剣の稽古もしなきゃダメだって。」


「そうなの?剣の稽古は嫌?」


「「魔術のほうが好き!」」


そう言われてしまうと、無理に剣の稽古をしろとは言いにくい。

困っていたら、話が聞こえていたのかオディロンが部屋から出てきた。



「お前たち、剣の稽古してないのか?」


「父様はしてたの?」


「父様も魔術しかしてないんじゃないの?」


三人そろうとそっくりすぎて笑いそうになる。

まるで小さなオディロンが二人、大きなオディロンに話しかけているみたい。


イヴァンとエヴァンも銀色の髪を後ろに束ね、小さなローブを着ている。

瞳の色は二人とも碧で、私には似なかったようだ。


「俺は塔に入るまでは毎日剣の稽古もしていた。」


「ええ!?」


「なんで?」


「まぁ、祖母が辺境伯領の出身だということもあるが、

 魔術師だって体を鍛えなくていいわけじゃないぞ。

 鍛えていたほうが魔力を出しやすくなるし安定しやすい。」


「そうなの?」


「今よりも出しやすくなるの?」


「そうだ。それに魔力が切れそうになったら、魔術がきかない魔獣だったら、

 お前たちは戦えなくなってしまうだろう。

 俺なら、魔術が使えない時でも剣で戦える。

 辺境伯の者が剣の稽古をしろというのは、

 そういう状況で死んだ魔術師をたくさん見ているからだ。

 お前たちにはそうなってほしくないんだろう。」


「そっか…。」


「だから、毎回ひいじいさまが稽古しろっていうのか。」


なぜ剣の稽古も大事なのか理解できたのか、二人とも真面目な顔になる。

その二人の頭をオディロンが優しく撫でている。


「俺、剣の稽古も頑張ってくる。だって、母様は剣を使えないもん。」


「俺も頑張ってくる。母様は俺たちで守らなきゃ。」


「よし、じゃあ、辺境伯の屋敷に飛ばすから頑張ってこい!」


「「うん!」」


一瞬で二人の姿が見えなくなる。

どうやらオディロンが二人を辺境伯の屋敷まで転移させたようだ。

帰りは迎えに行くだろうから、今日の夕食は向こうで食べることになりそうだ。

久しぶりだから、宴に付き合わされることになるかもしれないと思う。


「どうした?何か悩み事?」


「ううん、なんでもない。

 二人とも、剣の稽古もやる気になってくれてよかった。

 最近、体力も魔力も有り余っているみたいだったから。

 暴走するんじゃないかと思って少し心配だったの。」


「もう大丈夫だろう。

 シアを守るためなら剣の稽古も頑張るだろうから。」


話している間に、いつものように抱き上げられて膝の上に座らされる。

目の前のテーブルにはいつの間にかお茶と焼き菓子が置かれていた。

結婚して十年過ぎたというのに、オディロンは私を甘やかし続けている。


「頑張る、か。」


「どうかしたか?」


「最近思い出すの。

 あの頃、あの家で私が頑張っていたのは、間違っていたのかもしれないって。」


「間違い?」


「うん。私が頑張ればいいって、それだけしか考えていなかった。

 もっと早くお祖父様に相談することもできたし、

 お父様がいる領地に逃げることもできたし、

 お義母様に嫌われても屋敷の管理を手伝ってもらえばよかったし、

 妹たちにももうドレスを買うお金はないって突き放せばよかった。

 私が頑張りすぎたせいで、限界まで甘やかしてしまっていたんだわ。」


もしかしたら、私が何もしなかったら、

あそこまでひどいことにはならなかったんじゃないか。

私だけ頑張って維持できたとしても、それは意味がなかったんじゃないか。

どうして自分が、自分一人が我慢すればうまくいくだなんて思っていたんだろう。



「確かにシアは頑張りすぎていたと思う。

 誰かに頼ればいいと思っていた。

 だけど、あの義母と義妹たちは自業自得だ。」


「自業自得?」


「ああ。義母は知っていたはずなんだ。伯爵家にお金がないことを。

 それなのに、ドレスや装飾品、豪華な食事のお金がどこから出ているのか、

 考えることをやめてしまっていた。知ったらまずいとわかっていたんだろう。


 義妹たちは、シアが働いていたのに気が付かないわけがない。

 ずっと自分たちの世話をされていたのだから。

 それに自分たちが綺麗なドレスをたくさん持っているのに、

 シアは質素なワンピースしか持っていないのを見ていたはずだ。」


「それは…そうかもしれないけれど。」


「自分の行動を考えたら、人と比べてみたら、間違いに気が付けたはずだ。

 貧乏伯爵家なのに、いつも新しいドレスでお茶会に行くのはおかしい。

 毎日好きなだけ菓子を食べて、勉強もせずに遊んでいるのはおかしい。

 シアが跡継ぎなのに大事にされていないのはおかしい。

 ほら、ここで考えるだけでもおかしなことばかりだろう。

 気が付かないわけがないんだ。


 だけど、あの三人は本当のことを受け入れるよりも、好き勝手に生きるほうを選んだ。

 その結果なのだから、自業自得だとしかいいようがない。」


「……。」


そうなのかな。言われてみたらおかしなことばかりかもしれないけれど。

いつか自業自得だと思える日が来るんだろうか。


「じゃあ、シアはイヴァンとエヴァンだけを働かせて、

 自分は好き勝手に生きようと思うか?」


「思わないわ!だって、まだ二人は八歳の子どもなのよ?」


「シアは八歳の時にはもう一人で魔獣を狩って、あの家を支えていたんだよ。」


「あっ。」


「おかしい、そう思えたか?」


「うん…そうだね。おかしかったんだ……。」


そうか。イヴァンとエヴァンの歳にはもう一人で頑張っていた。

まだまだ甘えっ子な二人をそんな風に働かせたいと思うだろうか。

あぁ、思うわけがない。


ようやく、あの状況がおかしかったことが理解できた。


「お前が一人で頑張ってきたのはすごいとは思う。

 だけど、それはおかしなことなんだ。」


「うん。」


「俺は、いや、俺たちは、もうシアにそんな思いはさせたくない。

 一人で頑張らなくて良いんだ。

 俺やイヴァンやエヴァンがいる。四人で、みんなで頑張ればいい。」


「うん、そうだね。もう大丈夫。一人で頑張ったりしない。

 オディがいるもの。イヴァンもエヴァンもいてくれる。

 

 …それに、もう一人増えそうだから。」


もうそろそろ落ち着いたころだ。

オディロンに教えても大丈夫だろうと、まだ膨らみ始めたばかりのお腹を撫でる。


「……シア、本当に?」


「うん。今度はどっちだろうね?男の子と女の子、どっちがいい?」


「シア、とりあえず、本当に頑張らないで。

 お願いだから、無理しないで。

 なんでもっと早くに言わないんだよ…。」


「だって、オディはそうやって心配しすぎるから。」


「心配するに決まっているだろう…。」


はぁ…とため息をつかれながら、少しだけ強く抱きしめられる。


「シア、幸せだ。ありがとう。

 俺ばかり幸せにしてもらっている気がするよ。」


「ふふ。私のほうこそ幸せだわ。

 オディ、私を愛してくれてありがとう。」


軽いくちづけを交わし、笑いあう。

心からの笑顔に、ここにいる幸せを感じる。

これからもずっと、あなたと共に。



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愚図な上に地味で役立たずだと言われた長女は魔術の師匠に溺愛されている gacchi @gacchi_two

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