第35話 宴の後


日が昇ってきたなと思ったら、あっという間に朝になっていた。

まわりには酔いつぶれて寝ている人たち。朝から元気に走り回っている子どもたち。

少し離れた場所では羊の群れがわさわさ動いているのが見える。


「さすがに朝まで宴が続くとは思いませんでしたねぇ。」


「俺は少し覚悟してた。

 あのじい様たちが酔いつぶれるまで飲んだとしたら朝になるだろうなって。

 本当に朝まで飲まされるとキツイな。」


「お水飲みますか?」


「いや、帰って休もう。どうする?今日も辺境伯の屋敷に戻るか?」


結婚の準備などのために半月前から辺境伯の屋敷に滞在していた。

伯母様たちが張り切って準備をしてくれたため、言われるままに泊ってしまっていた。

昨日の午後に結婚式があり、

魔獣討伐などでお世話になったみんなに参列してもらって、

夕方から広場で領民全員が来たのではないかと思うくらい盛大な宴だった。


その結果、広場の至る所で酔いつぶれた人が寝ている。

慣れているのか、寝始めたものがいると誰かが毛布をかける。

その毛布にくるまって寝ている人があちこちにいるせいで、

いつもの広場とは全く違う光景になっている。


さすがにもうお開きでいいよね。

このまま辺境伯の屋敷に戻って休んでもいいけれど…。


「師匠、帰りましょう?」


「帰る?塔にか?」


「はい。塔に戻って落ち着きたいです。」


辺境伯の屋敷も好きだけど、やっぱり自分が帰るのは塔の部屋だと思う。

準備があるのは私だけだったから、師匠とは半月も離れて生活していた。

今日は辺境伯の屋敷で休むとなったら師匠もそうするとは思うけれど、

うちに帰ってゆっくりしたいという気持ちが強かった。


「そうだな。帰るか。」


近くにいた屋敷の使用人に、塔へ帰ることを伝言する。

さすがに無断で帰ったらお祖父様に心配される。一言でも伝えておけば問題はない。

師匠に抱き寄せられると、一瞬で塔の入口へと転移した。

そこからいつものように手をつないで部屋へと歩いて戻る。



「やっと戻ってきたな。疲れただろう。湯あみして、早く休もう。」


ここでは私と師匠の部屋各自で湯あみができるように浴室がついている。

だから湯あみして、というのは自分の部屋に戻れということなんだろうけど。


「師匠、湯あみして来たら師匠の部屋に行って一緒に寝てもいいですか?」


「は?」


ぽかんとした顔の師匠に早口でたたみかけた。


「私はもう師匠の妻ですよね、妻だったら一緒に寝るのが普通ですよね、

 だから湯あみが終わったら休めと言うなら、

 師匠の部屋で一緒に休めばいいと思うんです。

 だから、湯あみを終えたら師匠の部屋に行きますね!」


言うだけ言うと、師匠の顔は見ずに自分の部屋へと入る。

心臓が激しくうるさいのを無視して、浴室へと向かった。

一通り綺麗にしてあがると、いつも通りの夜着を着た。

手首から足首まですっぽりと隠れるワンピース型の夜着だ。

伯母様たちには色っぽい夜着を薦められたけれど、

その薄さと短さを見ただけで無理だと思った。

だからいつも通りの夜着に着替えて、師匠の部屋をノックした。


「…入っていいよ。」


ドアを開けると、そこは黒の家具に紺の布地で統一された部屋だった。

今まで師匠の部屋に入る用事がなかったから、中を見るのも初めてだった。

師匠っぽい部屋だなと思っていると、師匠が浴室から出てくるところだった。


「…なんで裸なんですかぁ?」


「下は履いている…って、いつもこの格好で寝ているんだ。仕方ないだろう。」


振り向いたら上半身裸の師匠がこちらを向いていて、すぐに目をそらしてしまう。

いくらなんでもいきなり裸を見ると思っていなくて情けない声を出してしまった。


「疲れているんだろう?シアも一晩中話につきあわされていたみたいだし。

 ほら、寝るんだろう。おいで。」


寝台の中に入った師匠に半分開けられて、おいでと言われ、

ぎこちない動きでそこに横になる。

毛布を掛けられるとさすがに眠くなるけれど、ここで本当に寝てもいいのか迷う。


「師匠…今日って、一応は初夜じゃないんですか?」


「……お前な。人がせっかく休ませてやろうと思っているのに。

 眠いんじゃないのか?疲れているなら寝てもいいんだぞ。

 別に一日くらい遅れたって、俺が何年も待ったことに比べたら……。」


しまったという顔をした師匠に思わず腕を取って揺さぶる。


「師匠、何年も待ったってどういうことですか?

 ねぇ、師匠。」


「待ったに決まってるだろう。

 お前は子どもだったし、それ以上に成長が止まってたんだ。

 下手に手を出すわけにもいかないだろう。」


「私に手を出したかったっていうこと?」


「当たり前だ。

 好きな女に手を出したくない男なんているわけないだろう。」


「じゃあ、もう待たなくてもいいですよ?」


本当に待っていたと言うなら、早く手を出してほしい。

いつまでも私を子どもだと思っていないで、ちゃんと妻として見て欲しかった。

じっと見ていたら、師匠から唸った声がした。


「あぁ、もう知らないぞ。眠いって言っても寝かさないからな。」


師匠が覆いかぶさってくるのと同時に深く口づけされ、そのまま目を閉じて抱き着いた。

寝かさないの本当の意味を知るころには、

もう子どもだと思われているだなんて勘違いはできなくなっていた。


こうして私は、師匠の弟子を卒業し、オディロン様の妻になった。



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